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第5話「お菓子作りと女の子」

タイトルを変更しました!

内容は変更ありませんので、どうぞ引き続きよろしくお願いします。

夢。

夢には続きがある。


僕は空に浮かんでいた。

真っ暗な星の上に、自分と女の子だけが立っている。


これは夢だな、と思った。

だけど、肝心の夢の持ち主が誰なのかわからない。

記憶が曖昧で、自分が誰なのかもはっきりしなかった。


「誰もいないね。」

女の子は言った。

僕はゆっくりと頷く。

そうしないと、僕の身体が壊れてしまいそうだった。


この世界は死んでしまっていた。

僕らの他には何も住んでいないし、何も生まれない。

彼女の羽で、遠くまで飛び立っても誰も見つけることは出来なかった。

いつしか彼女は、飛ぶことをやめていた。

―――

「おっはよう!」

目を覚ますと、そこには見慣れた幼馴染の顔。

そこは俺の部屋。


「ああ、おはよう」

軽く目を擦りながら、俺は目覚まし時計を見る。

ふむ、7時か。起きるには丁度いい時間だな。

水道の蛇口をひねり、水が流れる心地よい音を聞きながら、俺は顔を水浸して軽く顔を拭く。

今朝の水は冷たくて気持ちが良い。


そうこうしている内に、トースターの焼ける音。

「はい、みーちゃん。食パンとカフェオレだよ!」

「おお、サンキュ」


俺はその人物からいい感じに焼きあがったトーストとバター、カフェオレを受け取る。

バターを塗った食パンを口へ運ぶと、サクッとした表面の中に筆舌に尽くしがたいもちもちした食感。

そこでカフェオレを一杯。

ふう。

ほんと、食パンとカフェオレってすごくよく合うよな。うん。


って。

「―――なんっで、お前が家にいんだよ!」

とうとう現実逃避も限界に達した俺は声を張り上げる。

ていうか何?あの身のこなし。まるでお袋が家にいるみたいな自然さだった...。危うく華麗にスルーしてしまうところだったぜ。


俺のツッコミを受けた音無冬華は、その無駄に整った顔を綻ばせた。


「今朝、日課の散歩をしてたらね!みーちゃんのお母さんが、『今日は早く出かけるから、湊を起こしてあげてくれない?』ってお願いされたの!どう?どう?私だって、ちゃんとみーちゃんのお世話、できる、よね?」


上目遣いでおずおずと見上げてくる冬華。

ちなみに俺の身長は180cm、冬華は155cmだ。

それはそうと、「ちゃんと○○ちゃんの~」という使い方は紛らわしくて仕方がない。


「お袋...。用事があるなら早めに言っとけよ」

ともあれこの発端は明らかに我が母にある。

ただ頼まれただけの冬華に文句をつけるのはいくらなんでもかわいそうだろう。


なので俺はポン、と頭に手を置き、面倒事を引き受けてくれた友人に精いっぱいの感謝を口にする。

「ああ、ありがとうな。冬華」

「は、はう...」

丁度俺に対面する形で椅子に腰を下ろそうとしていた冬華が、ハトが豆鉄砲を喰らったような顔をした。



カフェオレで食パンを胃に流し込み、自室で制服に着替えていると、ふと自分のベルトがないことに気が付く。

あー、昨日帰ってすぐ風呂に入って、その時にベルト外したまんまだったっけ。

まあいいや。あとで取りに行けば。


俺はYシャツに袖を通し、学校指定の紺のジャケットを羽織る。

あまりかっちりしすぎると優等生っぽいイメージを与えてしまうので、少し着崩す感じがベターだ。


ネクタイを締め、俺はベルトのないままの制服姿で居間への角を曲がる。


ドンッ。

「うわっ!」

「きゃっ!」

お互いの存在に気がつかなかった俺と冬華が、きれいに額と額をぶつけて倒れ込む。

「...―ッ!!」

直後、冬華の姿をその目に収めた俺は、絶句。


尻餅をついた冬華の、―同じく尻餅をついた俺の体制からは―スカートの中身が、見えてしまっているッ!

慌てて目を逸らし、今しがた目に入ってしまったそれを見ないようにと、立ち上がって冬華に手を貸そうとするも、俺は自分が更なる間違いを犯していたことに気づかされた。


俺の腰の辺りでは、恥ずかしそうに顔を伏せる冬華。

そして自分の下半身を包み込む爽快感に、頭が覚醒する。


ベルトをしていなかった制服は、本来隠すべき部分を、むしろ強調するかのように足元までずり落ちていた。


「...そ、その、ごめん」

「...い、いや、その」


通学路を歩く俺たちの足取りは、重い。

朝っぱらからあんなハプニングが起こったとなっては、いくら冬華が幼馴染だといっても正直言って気まずいものがある。

不幸中の幸いというべきか、俺の身に起こった災難については感付かれなかったみたいだが。



「あ、そういや今日も部活行くよな。昨日田所先生に言われたんだけど、今日相談者をこっちへ寄越すらしいぜ」

沈黙に耐え切れなくなった俺は、丁度坂の上に見えた学校へと話題を変えた。

「へえ、そうなの。別に興味ないけど」

冬華は早くも学校フェイスになり、クールな返事を寄越した。


放課後。

俺と冬華は――


部室の清掃活動をしながら、来訪者を待っていた。

俺は静かに、だが確かに綺麗になっていく教室を見るのが好きだ。

意味もなくざわついている場所よりよほど居心地が良い。


「――?」

気のせいだろうか。

前にもこんな状況に陥ったことがある気がする。


脳裏に浮かぶのは、同じ制服を着て、同じ場所に立っている俺と冬華の姿。

言うまでもなく部活動というものに馴染みのないので気のせいだとは思うが、どことなく既視感のような曖昧な感情が残った。


ふと時計を見れば、すでに終礼時刻から30分が経過している。

ここに相談をしにくるという奇特な生徒は、どんなやつだろう。


その疑問は、その数秒後に解消された。

こんこん、とノックの音。


「どうぞ」

音無冬華が良く通る声で返事をする。

(ちなみにこいつは掃除もせずにずっとそわそわと椅子に座り来訪者を待ち構えていた。)


教室の扉の上半分が透明になっているせいで見えたが、来訪者は女の子だ。

辺りをきょろきょろ、周りにみられていないか注意を払うような仕草で、取っ手に手をかける。


「こ、こんにちは」

慣れない場所に来た緊張感からか、よほど悩みが深刻なのか、その声には覇気がない。


「垣根京子さんですね。どうぞ、お掛けください」

「...私のこと知ってるんですか?」

いきなり名前を当てられた垣根は驚いた顔を見せる。


無理もないだろう。

こいつが全校生徒の名前を覚えているなんて、そうそう容易に想像できるものではない。


彼女は美人に分類される風貌をしていた。

髪を後ろで一つにまとめて化粧を必要最低限に絞った顔は、クラスのお姫様グループがするそれよりよほど洗練された印象を受ける。


ちなみに急いで走ってきたからか服、特に胸元が少し乱れてしまっていた。


「それで、ご用件は何かしら。心配せずとも、私たちは秘密は厳守しますよ」

なかなか離そうとしない垣根さんに、冬華が容赦なく口を開く。

こいつ、いつも俺が相談に乗ってる時にはなかなか話さないくせによくそんな態度でいられるな。


「実は...」


「ふむ、なるほど」

俺は納得の声を上げた。


今聞いた話をまとめると、こうだ。

まず、この子には好きな男がいる。

そして、その男子の誕生日が3日後だから、それに合わせてケーキを作ってあげたい。


だけど身近にそういうことを相談できる人物がいない。

さらに今はミスコンの選定が掛かっている期間だ。男子の注目はそちらに傾いているので、そんな中渡す度胸がない。


とまあこういうことらしい。


どうも最後の方に本人の意思の弱さが見え隠れしているが、まあ本筋はわからんでもない。

「それで、美味しいケーキの作り方を、一緒に考えてほしい。ということでいいのね」


話を聞いた冬華がそうまとめると、椅子に座る垣根京子さんが目を輝かせて頷いた。


「...。」

俺と冬華は家庭科室で、今までに味わったことのない感動に身を震わせていた。


キッチンには調理器具と、ケーキをつくるための材料がところ狭しと散りばめられている。

意外なことにちゃんとレシピを確認しながら料理をする派だった垣根京子は、それはそれは見事な手つきでケーキを作り上げた。


ボールを片手で持ち、涼しい顔でミックスする姿は、明るく純粋な少女を思わせ、一言でいうと綺麗な絵面だった。


なのに...。

「どうしてこうなった」


俺はフォーク片手に文字通り震えてみせる。


フォークの先には、赤なのか黒なのか色すらよくわからない物体が、今か今かとまるで戦場における伏兵のように待ち構えていた。


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