第4話「あなたとなら」
翌日。
朝礼が終わるなり俺と冬華は職員室まで呼び出された。
「おめでとう。君たちは晴れて、「生徒相談室」の一員だ。」
「あまり嬉しくないっす」
そうして一枚の紙を受け取る。
そこには、「部活動許可書」と記載があり、左端には印鑑を押す枠が設けられていた。
どうやら、これに印鑑を押せば部員としてやっていけるらしい。
...本当に、一日で入部できてしまったな。
これからが本番だということはわかっているが、自分たちが新たな部活に入ることの期待と緊張は少なくない。
見ると、冬華はもちろん、田所先生までもが頬を緩め、緊張と安堵が入り混じった表情をしていた。
もしかしたら、思っていた以上に生徒会への申請が大変だったのかもしれない。なんせあと一歩で廃部になりかけていたクラブだ。
やや疲れも見える田所先生は、こほん、と咳込んだ。
「では急で済まないが、今日から部活動を開始してもらえるかね。報告が遅れたが、「生徒相談室』には部室もあてがわれている。第2棟の2-5室だ」
「わかりました。ところで、あの階の教室はどこも使われていなかったように記憶しておりますが、勝手に使ってもよろしいのでしょうか」
「勝手ではない。私が許可を出しているのだからな。それから、君たちにとって記念すべき相談者第1号もついてくるぞ。喜べ」
「教師としては、悩みのある生徒がいる、という状況は喜んではいけないんじゃないですかね」
俺が至極まっとうな疑問を口にすると、田所先生が「文句を言うな」と言わんばかりの目で俺を睨んだ。
だからおっかないっつの。
「とにかく、私たちは部室に行って、訪問者を待てばいいんですね?」
「ああそうだ。なに、心配するな。そのうち廊下に行列ができるくらいの人気が出るさ」
一体この学校にはどれだけ悩みを抱えた生徒がいるんだろう。万が一そんなことが起きれば問題校として認定されてもおかしくはないレベルじゃないか。
そして、放課後。
俺たちは第2棟の2-5室にて、部室の掃除を行っていた。
この第2棟は3階建てで、2階以上の教室は滅多に使われることのないエリアだ。
特に老朽化が進んでいるというわけではないが、長いこと使われていないせいで机や棚に埃が被っている。
ひょっとしてこれ、単に教室の整理を押し付けられただけなんじゃね?
部活動の申請所は本物だったしちゃんと受理されたことも確認済みなのでありえないと思いつつ、二人寂しく拭き掃除なんてやっていると、どうしても思考がネガティブな方向に偏ってしまう。
俺は濁ってくる思考から逃れるように、冬華に声をかけた。
「そういえばさ、ミスコンに出てた...えっと、神野、さん?かわいかったよな。もちろんあの場に立ってるってだけでみんな十分かわいいんだろうけど」
ミスコンの最終ステージに立てる倍率は、数十倍だ。
「...うん、あの人はすごくかわいいし、性格もいいよ。たぶん、一番の友達。」
「そうだろうな...あれは性格までいいに決まって...え?友達?」
この人見知りに、友達。
うそだろ...。
「嘘だろ...。って顔してるけど、それこそ嘘。彼女とは親同士が知り合いだから、随分前からの友達」
心を読むな、心を。
とはいえ、こいつに友達。
「マジか...」
「マジ」
真顔で頷く冬華。
やたらと友達であるところを強調しているような気もするし、どや顔に見えるのは俺の目の錯覚ではないだろう。
「...あれ?ていうか『一番の』友達って、俺は?」
自分を指しながら戸惑う仕草をする。
だってそうだろ。今まで友達がいないと思ってたんだから、俺にだってこいつの一番の友達だというプライドがある訳だし。
「え、えっと...みーちゃんはね、友達というより...その...」
夕日のせいだろうか。冬華は顔を赤くしてうつむいてしまう。
どうもさっきから様子が変だな。こうして時折学校で素を出してしまうのもそうだが、やたらと言葉に詰まっている様子だ。
最近ミスコンや部活設立で忙しかったから、風邪でも引いていなければいいが。
心配になった俺はさり気なく冬華に近づき、額に手をあててやる。
「顔赤いけど大丈夫か?」
「..っ」
うん、別に熱はなさそうだ。
一番の懸念が杞憂であることに安堵した俺は、珍しく能動的に活動している冬華を励ます気持ちで頭をなでなで。
昔は今よりも泣き虫だったこいつを、こうやって元気づけてやってたっけ。
「...みーちゃんの、バカ...」
夕日にかき消えそうな声。
「うん?なんか言ったか?」
「ううん、何でもないよ」
この時。
俺にとっては冬華は「女の子」のままだった。
微笑む冬華が、いつの間にか「女の子」の殻を必死に脱ぎ捨てようとしていたことに、このときの俺は全く気付いていなかった。
部活設立初日である今日は、部室の掃除をしてから特にやることもなく、冬華と俺は文庫本片手に下校時刻を待っていた。
そもそも相談者がいなければ何をする部活でもないのだから、さっさと帰ってしまってもいいような気もするが、初日からそれだとどうにも締まりがない気がして最後まで残ることにした。
元来帰宅部だった俺たちにとって、この時刻まで学校に残っているというのは珍しさを乗り越えて新鮮ですらある。
そういえば、俺たちの他にも一人、部員が残っていると聞いたが、今日は見なかったな。
きっと一人の教室で下校時刻まで待機するのも酷なのだろう。
「さて、そろそろ帰るか」
下校時刻を告げる鐘の音がなり、俺たちは席を立つ。
「そうだね。...えっと、今日一緒に帰らない?」
「むしろここまで残って別々に帰るのもおかしいしな。帰ろうぜ」
冬華はパッと表情を輝かせた。
こういうところ、変わってないよな。二人でいる時には。
昔は誰かと一緒にいることが好きで、よく遊びにも行ってたっけ。
もっと学校でも、素を出せばいいのに。
校門を出ると、下校時刻まで部活をしていた生徒たちが点々としているものの、その人通りは極めて少ない。
それもそのはず。この学校へ辿り着くまでにはそれなりに長い坂道があるので、大通りに出るまでの道のりにおいて学校関係者以外と出会う確率が極めて低いのである。
「なんか、こうやって二人で何かするの、すごく久しぶりだね」
隣を歩く冬華が、不意に懐かしそうに言う。
それは、俺も感じていたことだった。
昔は気兼ねなく冬華と遊んでいたけど、いつの頃からかそういう機会もなくなっていった。
別に、何があったというわけでもないのだが。
「まさか部活に入ることになるとは思わなかったけどな」
「くすっ...そうだね。私も最初は戸惑っちゃった。」
苦笑いする冬華。
こいつ、学校ではそんな素振りをほとんど見せないが、実は結構テンパりやすいからな、相当混乱したしたんだろう。
「でも、みーちゃんとなら、できる気がしたから」
俺の少し先を歩いていた冬華が、俺の方を振り返って笑顔を向けてくる。
うっ、なんだよその笑顔は。
その幸せそうな顔をみるにつけ――
「そうか」
一瞬こいつがかわいく見えてしまい、何となく不機嫌になった俺は、沈む太陽を視界に収めた。
昔、どこかの作家が「太陽は万人の心を映し出す」と表現していたことを思いだす。
東に沈む太陽はまるで自分の存在を散りばめるかのように、空全体を紅く染め上げていた。