第2話『始まりの音』
とはいえ、武藤が言っていることは半分は正解なのだ。
俺と音無冬華は小学校の3年生から現在高校2年に至るまで全ての学年で同じクラスになるという、もし何かしらの意図が含まれていたとしたら完全にストーカーを疑われても仕方のない状態を維持している。
俺はあの切っても切れない関係性を思いだし、深くため息をつく。
俺はふと通りかかった教室の自席に座り、文庫本を開いた。
武藤は早速ミスコン出場者の見物に行ってしまった。
別にこのまま帰っても良かったのだが、家に開けっても何もすることがない。
いや、教室にいてもすることはないのだけれど。
そうして読書を続けること数分。
「いやーすごかったね冬華ちゃん!」
「ほんと、音無さんすっごい綺麗だった!」
...そして俺の読書タイムは、見慣れた顔が教室に入ってくると同時にぶち壊された。
一人の人物が教室に入ってくるなりクラスメイトたちが注目。賛辞の嵐である。
むろん、その中心にいるのは、幼馴染。音無冬華だ。
みんなの賞賛をその身に受けながらなおも無表情を崩さない冬華は、唯我独尊という言葉を地で行くように人混みをかき分け、教室の中を突き進んだ。
うわっ、カンジ悪っ。
1年の時から同じクラスだった生徒は音無冬華のこういった言動に慣れているから好き勝手褒め称えて勝手に離れているけど、そうじゃないやつの方が多いぞきっと。
こいつは才色兼備、学業優秀で顔もスタイルも良い。運動のみ平均的で、はっきり言うと人とのコミュニケーション能力という唯一の弱点を除けばほとんど隙のないステータスを示している。
聞くところによると学校内での隠れファンもいるとかいないとか。
こんなやつのどこがいいのかさっぱりわからんが、まあこの冷たい態度が好みという奴らもいるんだろう。
趣味は人それぞれ。俺が口を出すようなことでもないのさ。
しばらく文庫本を読みふけり、少し手足が冷えてきたところで駐輪場へ足を運ぶ。
俺の家は学校の坂を下りて海沿いを10分ほど走らせた場所にある。
冬華の家はその数件隣の一軒家だ。
「...ん?」
その海沿い。堤防の上に人影を見つけた。
「あの子...」
あの子だ。
髪を肩の高さにそろえた姿。
ミスコンに出場していた、神野ゆかりじゃないか。
なにしてるんだ。あんなとこで。
俺が自宅へ帰り着く頃には、そんなことは忘れていたけれど。
その海と空を背負うような後ろ姿が、何故だか頭に残った。
家に帰ると、俺は着替えもそこそこにベッドへ横になりスマートフォンを見つめる。
自転車に乗っていて見れなかったものの、確か先程、メールかなにかの着信があったはずだ。
「げ」
画面にはSNSの画面。表示されている人物は、「音無冬華」。
そしてその内容は、「助けて(泣)」である。
...ふぅ。
俺は即座にスマートフォンの画面をブラックアウト。
我ながらすがすがしいほどの完全無視だ。
俺は何事もなかったかのようにプラステ3を起動する。
ピンポーン。
今日の気分は格ゲーだろうか。それとも恋愛シミュレーションゲーム?音ゲーも悪くない。
俺は逡巡の末、恋愛シミュレーションゲームをやることにした。
特に深い意味はないが、何となくそういう気分だったのだ。
ピンポーン。ピンポーン。
ディスクを挿入すると、回転音とともにゲーム画面が表示される。
パッケージに惚れて買ったゲーム「お友達と恋しよっ!」は以前主人公とすでにルートが確立したヒロインとの壮絶な葛藤が終わり、いよいよ結ばれようとしていたところでセーブしてある。
主人公とヒロインの心理描写がとにかくこちらの共感を誘い、最後には涙で画面が見えなくなってしまったので、また後日進めようと思っていたところだ。
ピポピポピポピポピンポーン。
「ピンポンピンポンうるせえよ!」
全く誰だよこんな執拗に呼び鈴ならす馬鹿は!
いやもう出なくても誰かはわかっている。
俺は怒りに足を踏みしめながら玄関の扉を開ける。
「お前言い加減にしろよ!どんだけうるさくしてんだーー」
ドアを開けるなり怒鳴り込む俺。
だがその怒りは胸に飛び込んでくる暖かい感触で強制的にシャットアウトされた。
音無冬華が俺の胸に顔をうずめている。
「みーちゃーん!助けてー!!」
「お、おま、いい加減その呼び方やめろって!」
みーちゃん、というのは。
俺、坂井湊のあだ名だ。
小さい頃の付き合いであるこいつは、昔と変わらないあだ名で呼んでくるので、非常に照れくさい。
いい加減やめろというんだが、一向に改善の気配がない。
「わかったよみーちゃん!みーちゃんのことみーちゃんって呼ばないように気をつけるねみーちゃん」
「お前絶対わざとやってんだろ」
こめかみを抑えつつ、泣きついてくる冬華を引き剥がそうと...。
ぎゅ。
腰に回された冬華の腕に、一段と力が入る。
くっ、とれない。
「と、冬華っ。こんな玄関先で抱き着いてたら変に思われるからっ!だから離そう!こ、こら。離せ」
今度は少々強引に引き剥がしてやる。さすがに男の力には適わないと思ったのか今度は割とあっさり腕を離した。
近所の誤解を防ぐべく、慌ててドアを閉める俺を、きょとんとした上目使いで見上げる冬華。
と、見ての通りである。
こいつは学校とプライベートでは性格が180度違う女だ。
――俺の脳裏にはさっきのメール画面がフラッシュバックしていた。
曰く「助けて(泣)」である。――
俺は再度目の前の女の子。音無冬華を見る。
学校では物静かでミステリアスな美女。
はたまたプライベートでは、借りてきた子犬のように甘えん坊の女の子。
そんな女の相談事がまともな訳があるか?否。断じて否だ。
俺が良いとも言ってないのにいつの間にか我が家に足を踏み入れた冬華は。
「私、今日ミスコン出たよね」
と切り出した。
脈絡も何もない出だしだが、付き合いの長い俺にはそれがどこに繋がるのか大体の見当がつく。
おそらく、さっきの「助けて(泣)」の件だろう。
「ああ、出てたな」
「私、ちゃんとアピールできてたよね...」
「お前の容姿は、武藤いわく立っているだけで人を魅了するみたいだからよほど変なことをしない限り大丈夫なんじゃねえの?」
「そんなことはないと思うけど...。今、それは置いといて!」
急に振り返った冬華が、ビシッと俺に指を向ける。
「みーちゃんにお願いがあります」
「な、なんだよ。改まって」
冬華は少しためらうような仕草をしたあと、意を決したように口を開いた。
「わ、私を、ミスコン優勝者にしてください!」
...は?