第11話「昼休みは部室で」
翌日。
生徒相談室の部員全3名+永崎楓を含めた計4名で昼休みにミーティングを行っていた。
「いやあ、まさか昼休みに集まって話し合いとか、ここも賑やかになったもんだね」
「部長、発言が中年のおじさんっぽいですよ。」
この中では一番部活動歴が長い神野ゆかりがしみじみと頷くので俺は突っ込みつつ本題へ。
昨日の件を俺と冬華が説明できるところのみ説明し、カッターナイフをもっていたことでこのままでは本格的にまずい、という空気になったところにノックの音が聞こえてきた。
こちらが返事をする前に田所先生が顔を出す。
ノックをした意味。
「おう、こんな時間に集まってるのかお前ら。...どうだ坂井。女の子に囲まれてる気分は」
「最悪です」
俺が言うと、冬華はショックを受け、神野ゆかりは苦笑い。永崎楓はどこか照れたような3者3様の表情をするので、俺は自分が失言したことを知る。
俺以外では唯一の男である田所先生は、そんな俺たちの様子を楽しんでいるようだった。
「俺はこの棟のベランダで煙草を吸いに来ただけだ。最も、君たちの様子も気にはしていたけどね」
「そういえば一応この部の顧問でしたね」
神野ゆかりが思いだしたように呟く。
部長である彼女すらこの態度ということは、普段から部活に関与すること自体が稀なのだろう。
「...ところでお前ら、ちょっと変なことに関わってないか?」
先生は探るように言った。
「変なこと?」
そう聞いて真っ先に思い浮かぶのは、昨日の永崎奏にまつわる一件だった。
俺たちの態度を見て、田所先生は深いため息を吐いく。
「...別にお前たちの動向に口を出す気はないけどな。ただ、危ない橋だけは渡らないように気をつけろ。それから、困ったときには真っ先に俺に相談しろ。いいな」
「はーい」
少しかっこいい台詞を堂々と言った田所先生は、俺たちの間延びした返事を受けてげんなりした顔つきで部室を出ていった。
変なこと、ね。
俺たちの預かりしれぬところで、何か問題でも起こっているのだろうか。
予鈴の音が鳴り響く。
「それで、どうするの?この件」
5限目の終わりの休み時間に机の上で突っ伏していると、俺の顔を覗き込む冬華と目があった。
近い。
鼻と鼻が触れてしまいそうな距離に冬華の顔がある。
「どうするって、どうするんだよ」
「質問を質問で返さないでほしいのだけれど。例の件、何か考えてるなら教えて頂戴」
お前、それが人に物を頼む態度かよ、という文句が喉元まで出かかった。
「...何か考えるつっても今回の件は俺たちには打つ手なしだろ。楓さんの方に頑張ってもらうしかない。」
困難にぶつかったとき、俺は逃げる性質がある。
「そう。そうよね。何か、出来ることがあればいいのだけど」
「そうだな。ところでお前、ミスコンの件はどうなってんだよ。何だかんだで結果発表まであと3日しかないんだろ?この部に入って、まだ一人二人しかアピールできてないぞ」
「...うーん」
俺がもう一つの懸念材料を上げると、冬華は困ったように頬を掻いた。
「実は、田所先生がね、宣伝してくれてるみたいなの」
「へー、やるじゃんあいつ。チラシでも配ってるとか?」
「いえ、どうやら学校の掲示板に部活の名前と一緒に貼ってるみたい」
「...」
俺と冬華は放課後、学内の掲示板のある食堂前の廊下で、開いた口の中に食堂の飯を突っ込まれそうなほど開いた口が塞がらない思いをした。
掲示板には、でかでかと「相談受付中!」の文字。
そしてその横には「ミスコン出場者」と文字が当てられた冬華の写真が添付されていた。
正直、ポスター作成のセンスだけみれば、かなりの物だと思う。
文章のチョイスや全体の見やすさは、見ているとついつい引き込まれてしまうほど洗練されていた。
だけど。
「~~っ」
冬華は視界の端で、顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。
学校では取り繕っているものの、こいつの本心は人見知りで恥ずかしがり屋な性格だ。
自分の顔が掲示板に張り付けられ、全校生徒に見られているというのは俺でも恥ずかしい部分がある。
「どうする?先生にお願いして、外してもらうか?」
こういう時は正攻法が一番だ。
「生徒が困ってるから、やめてください」と声を大にして言うことが大切だった。
しかし、冬華の答えは俺の予想から外れていた。
「ううん。このままにしておきましょう。ちょっと恥ずかしいけど、宣伝になるのであれば、私は我慢できるわ」
ほう、と嘆息する。冬華がこういったものに寛容になることは滅多にないことだ。それ程このミスコンに賭けているということなんだろうな。
一生懸命になっている冬華が妙に健気に見えてきて、俺は冬華の頭を撫でながらエールを送る。
「お前、最近かわいいな」
「うぇっ?」
おっといかん、ちょっとニュアンスを間違えたか。
冬華もこんなところで変なことを言われたせいで顔を真っ赤にしている。
まずいな、よっぽど怒っているのかもしれない。
「すまん、こんなところで」
俺は冬華の怒りを鎮めようと謝罪を口にする。
「う、うん。謝らなくてもいいよ。...むしろ嬉しかったし」
「ん?なんか最後の方、聞こえなかったぞ」
俺が首を傾げると、冬華は何故かさらに顔を紅くして目をそらしてしまった。
何なんだ一体。
「も、もうっ!早く部室行くよ!」
そう言って冬華は俺の腕を引っ張り、一方の俺は第2棟へと引きずられる形になった。
帰りたい。もう。
「それで、昨日の話に戻るのだが」
俺は窓際にもたれかかりながら、例の件について言及した。
言わずもがな、永崎奏の奇行についてだ。
俺たちが部室に着いた頃には既に神野ゆかりと永崎楓が到着していたので特に何を待つでもなく本題に入ることができた。
ガラスの向こうには、ミスコンに出場していた女子たちが各々優勝を勝ち取るために奮闘している姿が、小さくとも確かに見える。
俺はちら、と冬華を盗み見た。
冬華は俺の視線には気づかず何やらそわそわしている。
前途多難だった。
「楓さんには悪いんだけど、どうもこの話は俺たちの手に余る気がするんだよ」
俺がそう切り出すと、楓さんはそう言われることは覚悟していたのか神妙な顔で頷いた。
「妹さんが妙な行動を起こすのは、大体が夜遅くなんだろ?だったら俺たちは思いっきり家でプライベートな時間を満喫してるだろうし、その時間に活動するには無理が生じる」
うん、うんと永崎楓は頷く。
一度も嫌な顔をしない辺り、こいつは案外物分かりが良いのかもしれない。
「そういう訳だから、俺自身がこの件で直接的に解決策を見出すのは難しいと思っている。」
それは遠回しに、永崎奏の件から手を引くことを示していた。
楓はじっと俺の顔を見つめる。
何かを探るような目つきに、俺はたじろぐ。
どうということはない。俺はただ、ここで彼女を見捨てるべきかどうか迷っているのだろう。
「そうだね。あーあ、しばらくは経過観察かー」
両手を頭の後ろで組みつつ、ぼんやりと呟いた。
その姿に痛む心がないわけでもないが、事実俺には手の打ちようがない。
「すまないな。相談くらいなら、いつでも乗る...か、ら」
楓に向けていた視線を再び外に移した時、俺の注意はある一点に釘づけになった。
「おい、あれって楓さんの妹じゃないか?」
ここからだと後ろ姿しか見れないが、パッと見で思ったことをそのまま口にした。
他の生徒たちと足取りや雰囲気が異なっていたため、目についたのだろう。
それはつまるところ彼女が何か危険な、例えば昨日のような状態であることを示唆している。
「...前言撤回だな。もう少し付き合うことになりそうだ」