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第10話「眠り姫の独奏曲」

「それで、こんな時間に何の用だよ」

深夜。

時刻が11時を回った頃、俺と冬華は夜道を歩いていた。


家が近い俺たちは前々から二人で散歩に行くことはあった。

しかし、こんな深夜に誘われたのはいつぶりだろうか。

「ちょっと風に当たりたいかなって」


冬華はなびく髪を抑えた。

変わっていないように見えても春の兆しはそこかしこに現れていて、季節が移り行くのが肌で感じられる。


「星が綺麗だね」

見惚れたような顔で空を見上げる。俺もつられて空を仰いだ。


真っ黒のキャンパスに、輝く星々がちりばめられている。

自分がまだ子どもの頃も、こうやって冬華と二人で星を見たような気がするが、よく思い出せない。


「こうして星を見てると、願い事とかがしたくなってこない?」

冬華は星を見上げたまま、呟くように言った。


「まあ、それくらいだったらしてもいいんじゃないか。誰にも迷惑をかける訳じゃないし、それで何かがプラスになるなら、そうすべきだ。」

「ん、じゃあちょっと待って。お願いごと考える」


そう言って祈るような仕草をした後、冬華は少し周りを歩いていた俺の方へ駆けてきた。

一体、何のお願いをしたのやら。

「...ん?」


道を折り返していると、何やらふらふらとした足取りで歩く人影を見かけた。

酔っ払いか、ホームレスか。はたまた二次会を終えた会社員だろうか。


どちらにしても近づきたくはないが、俺たちの家に帰り着くにはこの道を通る他なかった。


目を合わせるなよ、と冬華に忠告し、俺自身も極力目を合わせないようにして人影とすれ違う。

が、その途中で服を引っ張られた。俺の動きが止まる。


「みーちゃん。見て」

「はあ?」

俺は不快感を隠そうともしなかった。


その視線の先にある人影に、俺も目を向ける。

女の子が立っていた。

どこか見覚えのある顔立ちは、遠目でもわかるほど虚ろな顔付きをしている。


「永崎奏さん」

冬華がそこに名前が書いてあるかのように、目の前の女の顔をみる。

「え...」

それは、今日の放課後に相談を受けた名前ではなかったか。


そう言われて俺も彼女の顔をまじまじと見てしまう。

言われてみると確かに顔立ちや雰囲気が、楓と類似しているような気がした。


「彼女か」

明らかに彼女へ聞こえる声の大きさで喋っていたのに、ピクリともしない。


まるで、ここではないどこかに意識があるようだった。

彼女はふらふらと、一本道を歩いていく。

俺たちは様子を見るためにあとを追った。


どれほど歩いただろうか。急に彼女は立ち止まった。

「...」

ぽつりと呟くようだった。

なんと言っていたかはわからない。


ただ、ブツブツと言葉にならない言葉を紡ぐ様子、精神のバランスを崩した人間のそれと合致しているように思えた。


「なあ、あんた」

俺は異常を察して声をかける。返事はない。


ふと、その顔がこちらへ向けられる。

表情のない顔はマネキンのようだった。


口元は何かを伝えようとしているのか微かに動き続けている。

彼女の手が、ポケットの中からカッターナイフを取り出した。


「永崎!」

永崎奏がカッターナイフを自分の手首に押し当てる。

意外なことに頭は冷静さを保っていた。

だから、距離から考えて今から駆けつけても間に合わないことが単純な計算でも解くかのような気持ちで理解できた。


見ているしかない。

俺は反射的に駆けつけてはいたが、彼女の肌を切り裂く刃物を止めることは出来ない。


終わった。そう諦念を抱いたとき、何かが起こった。

光だ。


白い輝きが一つ奏と俺たちの間に割り込むように落ちている。

それはゆっくり、ゆっくりと地面への歩を進めている。

俺たちの動きまで制御するかのような、悠然とした速度を保っていた。


白い輝きは降下を続け、やがて地面に落ちる。

「なんだ...これは...」


記憶が、頭の中に流れ込む感覚。

そうとしか言いようのない違和感。


同時に俺の意識は「違和感」に集中する。


―――

階段から落ちた。

私は、お母さんの胸の上で泣いている。

痛くて泣いていたわけじゃない。


悲しかった。

私はまだ小さかったから、その時は何が起こっていたのか正しく理解できていなかったのだけれど、ただひたすらに悲しかった。

その翌日から、お母さんは笑わなくなった。


誰かが亡くなってしまったかのような、落ち込みっぷりだった。

私はこの時も、何が起こったのか理解していなかった。


もし私がもう少し大きくなっていて、お母さんのお腹が大きくなっていることの意味がよく理解できていれば、私も余計な言葉はかけなかっただろう。

だけど私は言ってしまった。「大丈夫。お母さんは悪くないよ」と。


次の瞬間、私はぶたれた。

何が起こったかわからず泣きじゃくる私を、母は苦しそうな瞳で見つめていた。


いつも優しいお母さんが、この時から抱き締めてくれなくなった。

それからだった。


おかしな声が聞こえる。自分でも知らない内に外を出歩いている。自分ではない誰かが、自分の体を使っている。そういうことが続いた。

延々と繰り返される。悪夢のような毎日。

それを終わらせるために、私はー。


―――

彼女の手を取からカッターが落ちる。

コンクリートの道路にカランカラン、と乾いた音がなった。


その音に意識がハッとし、俺たちは辺りを見渡した。

はあーっ、はー、と息が弾んでいる。


体が汗ばんでいて気持ち悪い。

「なんだ..っ。今のは...」

周囲の景色はすっかり俺たちがいたざっくばらんな歩道に戻っている。


「みーちゃん、今のは...」

「...お前も見たのか。」


腕の中には未だ目を覚まさない永崎奏がぐったりとして動かないでいる。

彼女の頬を軽く叩いた。

パチン、と小気味よい音がなる。


おおよそ初対面の女性にするにはあんまりな対応だが、異常な事態が俺の感覚を麻痺させていた。


「...ん」

体の力が抜け、俺に抱えられる少女が今目覚めたみたいに目を開ける。

「...誰?ここ、どこ....?」

腕の中で、一人の少女の声が小さく響いた。

どこからか、海のさざめく音が聞こえた気がした。

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