第一話『ミスコンテスト』
クリスマス前に一つ何か書きたいなー、と思いながらキーボードパチパチやってたら「○○(名前)クリスマスに見つめてるのがパソコンじゃないといいわね」と親から真顔で皮肉られた黒猫アイスです。
なんだか心配のされ方に現実味を感じる...。
どうぞお楽しみくださいm(__)m
夢を見ている時、僕は鳥だった。
僕は夢の中で、定まりのない漠然とした視点から世界を眺めている。
遠い昔、あるいは遠い未来。この世界には一人の女の子が住んでいた。
少女に周りには、誰一人として友達がいない。他には人っ子一人存在しない。
少女はこの世界でたった一人の知的生命体だ。
足元では、地面がまばゆい輝きを放っている。不思議と熱くはない。
その星はあまりに小さく、少女が一人住むだけで精いっぱいの広さだ。
そんな少女に、何者かが翼を与える。
少女が空高く、どこまでも飛べるように。
僕はその背中をただ眺めていた。
相変わらず、視界は煙のようにぼんやりとしている。
忘れもしない。
それはまるで永遠のように長く、一瞬のように短い、夢の始まりだった。
――
朝。
俺は日曜だというのに制服に袖を通し、通学路を歩いている。
「おはよう坂井!」
後ろから背中を叩かれ、見知った顔が目に映る。
「おう、おはよう」
武藤俊介。俺のクラスメイトにして、中学時代からの友達だ。
海沿いの一本道を歩いた坂の向こうに、俺たちの学校はある。
「お前、冬華ちゃんに投票すんだろ?」
「あいつがあの中で一番かわいければそうするだろうが、たぶんそれはない」
校舎の隙間から少しだけ見えている体育館をチラ見してから、俺は制服のポケットから事前に配布されていたプリントを取り出す。
20名ほどの女の子の名前が記載されたプリントの中には、俺の幼馴染、『音無冬華』の名前も確かに載っていた。
ミスコン、というのだろうか。こういうの。
見ると、プリントの下の方には投票用紙がついている。
このミスコンの順位はこれの投票数で決まるらしい。
選挙かよ、という突っ込みが頭に浮かぶ。
「つれないなー。あんなにかわいい子。なかなかいないぞ?」
「語尾を疑問形にするな気持ち悪い」
まあミスコンなんて男からしたら一大イベントなのだし、暗い表情をしているよりは100倍マシなのだけれど。
「ていうかぶっちゃけた話、お前たちそろそろ付き合おう、とか考えねーの?いつも一緒にいるじゃん」
「いつも一緒にいる男女が必ずくっつくと思ったら大間違いだ」
俺はほとんど間も置かずに即答してやる。
そう、時々そういう風に囃されるが、どう転んでも俺と彼女がくっつくなんてありえない、とかぶりを振る。
俺と武藤は既に普段と異なる装いをした体育館へと足を忍ばせる。
ステージには20数名の女の子が、それぞれがコーディネートされた衣装で落ち着きなく座っていた。
うちの学校ではこういったイベントを積極的に行う部分があり、なんでもこのミスコンも3回の予選を行った上で選抜メンバーが選ばれたのだそうだ。
こういってはなんだが「うちの学校のうちの学校にこんなかわいい子いたんだ」という気分にならないでもない。その中の一名を除いては。
開いた席を見付けて腰を下ろすと、パイプ椅子の擦れる音が微かになった。
客席はステージが目立つように暗幕を張って暗くしてある。
視界が悪いな、と思わざるを得ない。
ステージでは司会者の女性がマイクを片手に最右部の椅子に手を向けていた。
『さあ、とうとうこのミスコンも最後のアピールタイムになりました!音無冬華さんです!』
名前が呼ばれ、俺と武藤は反射的にステージに注目する。
スポットライトが当てられ、前髪が陰になった状態でもわかる端正な顔立ち。ただ立っているだけで上品な存在感を醸し出していた。
「はあ、やっぱりかわいいな。冬華ちゃんは」
武藤が俺の隣に腰を下ろし、熱に浮かされたような声を出す。
こいつ、何にも分かってないな。こんなの、かわいい内に入らない。
見慣れた顔は、どんなに整っていようがただの顔だ。
音無冬華は司会者からの質問には当たり障りのない回答で受け流していた。
そっけない。こんなののどこがいいんだ。
俺がこの中で一番かわいいのは...そうだな、髪を少し短くそろえたあの子とか。
名前が確か、神野ゆかり。
遠目からでもわかる活き活きとした目元と、一見それとは不釣り合いにも思える穏やかな表情は、ミスコンという美の祭典の中でも趣の異なる魅力があるように思えた。
ああいう活発そうで、それでいておしとやかな女の子と友達になりたい、と思うのはきっと俺だけではないはずだ。
ふと、会場内の雰囲気が変わる。
舞台の上ではマイクを片手に持った冬華が、パフォーマンスとして歌を歌っていた。
「この曲...」
聞き覚えがある。
少し前にヒットした「first love」だ。
初恋の切なさと苦しさをテーマにした曲で、最近の若者の流行曲となっている。
音無冬華はやたら歌が上手い。
最近はあまり一緒にカラオケに行ったりはしていないが、もともと透明感のある声の上に人を引き付ける張りのある歌唱力。中学生の時点ですでに歌手のそれを見ているかのようだった。
その過剰に上手い歌を聞いた観客席は、今はざわめくこともせずにただ会場内の一点を見つめ続けている。
まるで何かの中毒症状だ。
『ありがとうございました!それでは後日結果をこの会場にて発表致しますので、ぜひ投票をお願いします』
司会者の言葉によって〆られたコンテストは、謎の安堵感を持って解散した。
先ほど司会者も言ったが、この学校のミスコンは後日アンケート結果を集計したあとでもう一度仕切り直して結果を発表するのだという。
せっかく会場内の熱が上がってきているのだから、今集計してしまえばいいものだが、どうもこのやり方には学校側の戦略があるらしい。
戦略その①
まず単純に人数と正確性の問題。この体育館に集まっているのは、全校生徒とはいかないまでもその数はおそらく1000人を超えている。
それなりの人員を使えばその場で集計することもできるかもしれないが、集計ミスが多くなる上に万が一不正があっても見抜けないという欠点から、即時集計は数年前に廃棄された。
戦略その②
これが普通のミスコンとは大きく違う部分だと思う。
このミスコンではステージに上ってアピールする以外に、本人たちが個人的な動きを取ることができ、観客たちはそれを踏まえて投票用紙に記入をする。
観客と同じ視点で接することで、ステージでへまをしたとしても挽回できる仕組みだ。
ステージでのパフォーマンスから発表までの数日間は、そのための自由なアピールタイム。
アピールするもしないも本人が選択することができるらしい。
自分の学校ながらどんだけ本気なんだよアイドルのイベントかよと思うが、これが学校の一大イベントと化しているのだから文句を言う者は少ない。というかほぼ0だ。
どちらもイベントに対する本気度が見え隠れする理由である。
「いいよなあお前は。あんな美人と小学校からずっと同じクラスだなんて」
「ああ、いい加減うんざりしてくるよ。こういうの、なんていうんだっけ?腐れ縁?呪い?」
「何が呪いだ。このっ」
武藤が俺の背中をバシバシ叩いてくる。
こいつは、どうも幼馴染の女の子というのに憧れを抱いているらしい。
「はあ、ほんとこの時期は幸せだよなあ...。かわいい女の子たちをどれだけガン見してもキモがられないんだぜ!?最高じゃね?なあ!?」
武藤が妙なテンションで俺の方に腕を回してくるので、
「ソウデスネ」
俺は特別感情を込めずに返事をする。
いや、気持ちはわかるんだが、こいつの言う「かわいい女の子」の中には冬華も入っているんだろうから、同意の念が濁ってしまう。
あいつをかわいいと認めてしまうのは、何となくシャクなのだ。
何故なら、俺はあいつの本性を知っているのだから。