第六話 死闘の行方
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「危ねえトコロだったゼエ……。まさかコレを使わされるハメになるとはナア……」
風弾が立てた砂埃がおさまったことで見えてきたクラウスの姿は、先ほどとは全く違うものになっていた。
下まぶたと目じり、そして手首から肘にかけて、茶褐色の羽毛が生えている。手は鳥の鉤爪のようになり、肩にはゆったりと大きな翼を広げている。
「あんた……猛禽類の獣化能力者だったのか。だからって"青嵐ノ風弾"を受けて無傷なんて……」
不思議に思ってよく見ると、ただの獣化にしては少し様子がおかしい。
ダメージを受けていないように見える割には息が荒く、またその目からは徐々に理性が失われていくのが分かる。
普通の獣化よりも荒々しく、かつ禍々しい感じだ。
「【麒麟第零門・狂歌兇】……。我がヴァンダーファルケ家に伝わる秘術だ。莫大な獣気と戦闘力を得るカワリに、術が効力を発揮している間は獣の本能に支配されちまう。闘いを楽しめなくなるカラ使いたくなかったが、アノ霊弾を凌ぐにはコレしかなかった」
「ここにきてそんな隠し玉があるとはな。こっちはもうほとんど獣気が残ってないってのに――」
思案していたところに、突如としてギィン、と硬い物同士がぶつかり合った音。
クラウスが一瞬で距離を詰め、片手半剣を振り下ろしてきたのだ。「堅鉄拳」で硬化したシュンジの拳がすんでのことで刃を弾く。
「随分見境がなくなってきたな……!」
「モウ頭で行動を制御できネエんだ。非常に残念ダガ、『狂歌兇』を使っちまった以上お楽しみは終わりだ」
クラウスの姿がぶれたかと思うと、次の瞬間には体が宙を舞っていた。
一瞬見えた、こちらに拳を突き出すクラウスの姿から考えると、どうやら見切れない速度で正拳突きを食らったようだ。
クラウスは吹き飛ぶシュンジの体に猛スピードで追いつくと、今度は背中を蹴り上げた。
「ぐぉっ……!」
あまりの衝撃に息が詰まる。
空に打ち上げられたシュンジの体は、地上から大人の身長10人分くらいの高さでやっと上昇を止めた。
「【青龍第四門・咆哮砲】【青龍第五門・鯨波睨】」
背中の痛みが引く間もなく、獣気の塊が体を貫き、獣気の波に体を呑まれる。
範囲が広くリーチも長い青龍は、直接的に叩き込む必要のある白虎より威力で劣る傾向がある。しかし今の状態のクラウスが放つ青龍は、並みの獣術使いが放つ同門の白虎より数段強力なように思えた。
「これはヤバいな……!」
空中で体勢を立て直し、なんとか反撃の糸口を探ろうと下を見ると、そこにクラウスの姿はなかった。
「シネェ!! 【白虎第五門・爪牙奏】!!」
いつの間にか空に飛びあがっていたクラウスが、背後から獣気を帯びた剣で斬り下ろす。
体をひねって反転し、刃を手の甲で受け止めるが、剣の勢いをわずかに削ぐこともできなかった。
斬撃と衝撃波によって弾き飛ばされ、今度は地面に向かって真っ逆さまに落ちる。
「……【玄武第一門・剛々】……!」
地に叩きつけられる寸前に、残った獣気をかき集めて獣術を発動する。
第一門の獣術で精一杯だったが、これが功を奏したのか、なんとか立ち上がることができるくらいのダメージにまで抑えることができた。
「シュンジィィ……!」
クラウスは自身の大きな翼で羽ばたきながら空に留まっている。
目が据わっていて、先ほどまで僅かにあった理性も今は完全に失っている様子だ。
大型の獣術を連発しているにもかかわらず、感じられる獣気はいまだとてつもなく大きい。
「…………黒白を抜くしかないか……?」
腰に帯びる愛刀の黒白をちらりと見る。
クラウスに言ったようにこの刀が大切なのはもちろんだが、これを使わないのにはもう一つ理由がある。
この刀は他人に見せるべきではない。シュンジが人里離れた森で独り暮らさなければならない理由、もてる時間の全てを鍛錬に充て強さを求め続けなければならない理由が、この刀と深く関係している。
「オワリだシュンジィィ……!!」
クラウスの体から濃い紅色の光が迸り始める。今日一番の獣気の高まりだ。
獣気も体力も底をついたシュンジに、やれることはそう残っていない。
「ここまでクラウスが我を忘れているのなら、あるいは……」
黒白の鯉口を切る。
「キエロオォォ!! 【青龍第七門・暮時雨】!!!」
広げた翼から無数の獣弾が降り注ぐ。
外れた最初の一発が地面に大穴をあけた。その大きさと深さを見るに、ゆうに百を超える獣弾そのひとつひとつが第四門の獣術以上の破壊力を持つようだ。
「《死者が鎧う聖甲冑――」
流星群が降り注いでいるような、ある種幻想的な光景の中、シュンジは静かに聖詠を詠んだのだった。