甘ったれな日常
デスクトップパソコンの画面を睨み付けながら、舌打ちを一つ。
それから回転椅子の背凭れに上半身を預けて、深い息を吐き出し「イライラする」と一言。
同じ部屋の中で、ローテーブルの上にノートパソコンを広げ、座椅子に座り込みながら作業していた幼馴染みが、こちらに振り返る気配を感じる。
それから、抑揚のない声で「生理?ニコチン不足?」と、どう考えても煽ってるような言葉を投げた。
「どっちでもねぇよ」
溜息と共に吐き捨てて、目を閉じる。
ブルーライトを浴び過ぎた目が、その奥の神経がズキズキと脈打つように痛む。
それに合わせて頭痛までして来た。
「どれどれ」
「近い」
ギシリと座椅子から立ち上がった幼馴染みが、まともな足音も立てずに近付いて来て、ピタリと真横に張り付いた。
抗議の声を漏らしたにも関わらず、まぁまぁ、なんて言われて、画面を覗き込まれる。
作業中なので、自分が見ていたのと変わらない画面で、幼馴染身は僅かに目を見開いて視線を画面に固定した。
視線だけじゃなく、体も固めて動かない。
「完成楽しみ」と言う、独り言にも似た呟きは、まぁ、嬉しいが、疲れているので離れて欲しい気持ちの方が大きかった。
「オミくん、チョコいる?」
「要らねぇ」
くるりと顔をこちらに向けた幼馴染みの顔が、思いの外近く俺は眉を寄せる。
本人は気にした様子もなく、表情を変えない。
ローテーブルの上に、ノートパソコンと一緒に置かれている、チョコレートの箱を見て首を振った。
コンビニでもスーパーでも見掛けるシリーズのチョコレートだったが、そういう気分ではない。
むしろ、このままパソコンの電源を落として寝たい。
不眠不休で仕事をしているわけではないが、基本的な睡眠時間は確実に短くなっている。
本日何度目家の溜息を吐けば、再度、まぁまぁ、という言葉が聞こえて、頼んでもいないのにチョコレートを持って来た。
赤いパッケージを持って来たかと思えば、そこから鈍い銅色の包み紙に包まれたチョコレートを一つ取り出し、人のデスクから勝手にペンを抜き取る。
油性のペンを取った幼馴染みは、リズムの狂った鼻歌を漏らし、その包み紙にペンを走らせた。
横目でそれを見ながら、取り敢えず進行中の仕事のデータを上書き保存する。
保存完了の文字が出たところで、幼馴染みの方も終わったらしい。
「はい、どーぞ」
子供のような、ほんの少し誇らしげな声と共に差し出されたチョコレートが、無理矢理手の平に乗せられた。
視線を落とせば黒い油性ペンで『Ca入り』と、丸みを帯びた小さな文字で書かれている。
「イライラにはカルシウムが効くんだよ」
見つめた顔は真顔に近いのに、やはりどこか誇らしげで、書いてもカルシウムが含まれるわけもなく、その頭に手を伸ばす。
頭蓋骨の形でも確かめるように手を置いて、ぐしゃりと髪を掻き混ぜれば、ふぉ?なんて変な声が聞こえてくる。
「そうだな。効いた効いた」
大分適当な返事だというのに、何故か破顔した幼馴染みに対して、本気で苛立ちが引っ込んだのは言うまでもない。