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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<1章:孤児院の天使>
9/99

 その後、フィンラスさんと魔技トークが盛り上がってしまって、つい長話してしまった。

 一応、図書館には時の司という時刻を知らせてくれるビブリオエルフもいるのだけど、そもそもエルフは食事も睡眠もいらないので一旦話し始めたら時間など気にしない。

 あと、時の司は虚空を見上げてぶつぶつと規則的に秒を数えていてちょっとこわい。人力で時刻を正確に割り出しているのはすごいけど、もっと楽する方法はなかったのだろうか。

 そんなわけで、もう夕方だ。炊き出しの準備もあるので、キリのいいところでお暇させてもらうことにする。


「将来に迷っているなら私のところに来ないか?」


 帰り際、図書館の入り口まで見送りに来たフィンラスさんにそう囁かれた。耳に当たる吐息がこそばゆい。

 色々と見透かされていることには苦笑するしかなかった。やはり年の功か、年の功なのか。

 雇うというのはたぶん「私の話し相手になれ」とかそういうのだろう。前に一回言われた記憶がある。

 悪い選択肢ではない。暮れなずむ帰り道を小走りに駆けながら考える。


 本当に悪くない。安全だし、フィンラスさんと話すのも楽しい。孤児院の経営とも兼業できそうだ。

 いっそ前世の記憶があることを話してみてもいいかもしれない。

 他のエルフの反応を見る限り、フィンラスさんは相当偉い立場にいるっぽい。まあ、本人は相当フリーダムに振る舞っているけど。

 考え得る限り、前世知識を活用するならフィンラスさんに協力してもらうのが一番の近道だ。

 転生という概念が受け入れられるのか、という懸念があるから安易に試すつもりはないけど、内政チートの道が拓けると思えば魅力的な選択肢ではある。


 ただ気がかりもある。詫びチートこと“昇華”(アセント)のことだ。

 存在自体に干渉する、おそらくは唯一の魔技。たしかに納得する部分もあった。


 仮に、存在強度がレベルみたいなものだとすれば、詫びチートでレベルを上げたら性能(ステータス)も上がるのだろう。

 そして、割合上昇なのか、元のレベルが高いほど上昇幅も大きい。

 存在自体に干渉する魔技だから、対象も選ばない。

 ついでに、進化するようなノリで鉄塊を剣にしたりと鍛冶の真似事――物質の形状や密度を変える変質強化もできる。


 実際には、存在強度は外的要因で乱高下するというからレベルと言い切るには乱暴だけど、一応の筋道は立つ。

 それでもって、ここからが本題。

 僕はこれに似た事象に思い当たる節がある。



 ――死した命は七柱の【創神】の御許に送られ、そこで死後の位を得る。

 ――生前に偉業を達成していた場合は創神によって【亜神】と呼ばれる存在に引き上げられる。



 似ていると思うのは不遜な考えだろうか。

 ただの人間に神の御業が宿るわけがないと言われれば、まったくもってその通りなんだけど――


「天使謹製の詫びチートなんだよね、これ……」


 あのリコール隠し天使がとりあえずの体面を取り繕うために、その場にあったものを粘土(ぼく)へ突っ込む様を想像する。

 ……有り得る。すごく有り得そうだ。

 むしろ、外見すら自分のコンパチで済ます天使がやらかさない筈がないまである。


 もしもフィンラスさんのところに就職すれば、この相似関係は確実にばれる。

 というか、たぶん現時点でリーチかかってる。

 なにせ魔技は血筋で継承されるものだ。変化するにしても、効果が増すとか、対象が広がるとか、特化するとか、あくまで合理的な範囲での話だ。

 そこに、ぽっと出の存在干渉系詫びチートが出現したのだ。しかも本人は孤児で両親不明。


 ……うん、よくバレなかったな。奇跡だ。

 一応、僕の考え過ぎで、既にバレているけど放置されている可能性もある。けど、転生概念なし、且つ、異種族排斥が常識の世界で楽観視はできない。

 粘土コネコネされて出来たこのボディが人間扱いされるのか正直なところ自信はない。

 バレたときの僕の扱いがどうなるかも調べたいのだけど、難しい。

 なぜなら、この世界における情報伝達はエルフと吟遊詩人頼りで、その中でもいわゆる知識とされるものはエルフネットワークに依存しているからだ。みんなググるかわりにエルるってるのだ。

 そして、ひとたび都合の悪い情報がエルフに伝われば、瞬く間に大陸中のエルフに拡散される。炎上どころの話ではない。リアルに命が燃え尽きる。


 というわけで、期せずして将来の選択肢がふたつに絞られた。


 ひとつは、この街に残る場合だ。

 その場合、身バレ(天使製)するのはほぼ確定とみていいので、早い段階でフィンラスさんに事情を打ち明けて根回しや隠ぺいをする必要がある。

 ちょっと特殊な生まれですけど怪しい者じゃないし分類は人間なんです、と。

 受け入れられるかはフィンラスさんの宗教観次第だろう。もっとも、彼女も“昇華”についてはまだ研究したいだろうし、可能性がまったくないとまでは言えない。

 ただ、人の善意に期待する以上、リスクは負わねばならない。

 あるいはフィンラスさんになにかしらの代償を支払う必要があるかもしれない。ちょっと解剖されるくらいは覚悟しておこう。

 その代わり、リターンは大きい。

 なにより、根回しに成功すれば孤児院に残って先生の助けになれる。

 昇華の活用方法もみえてきたし、お金を稼ぐことも可能だ。孤児院の立て直しも見えてくるだろう。


 ……もうひとつは、この街を出ていく場合だ。

 こっちの場合は、身バレの危険を最小限に抑えられるのがメリットだ。

 そして、この世界には冒険者といううってつけの職業がある。

 旅から旅への渡り鳥、冒険者酒場の非正規雇用でお金を稼ぐ傭兵旅人だ。主な仕事は危険・怖い・死亡率高いの三拍子揃った魔物退治。

 その代わり、身入りは大きい。一獲千金はロマンだろう。

 異世界を旅するというのに憧れる部分もある。必要な自活能力は孤児院生活で鍛えられたし、ない選択肢というわけではない。


 デメリットはこの街を出ていくことそのものだ。


「……それは、嫌だな」


 意識せず漏れたひとり言が、すとんと胸に落ちる。

 先生と手を繋いでこの道を帰った記憶を思い出す。

 育てて貰った恩を返したい。言葉にすればシンプルだけど、きっとそれが今の僕の核だ。

 ……なんだ、初めから選ぶべき道は決まっていたようなものじゃないか。


 ――――僕は、この街に残る。



 ◇



 進路を決めたことで足取りは随分と軽くなった。

 懸念も困難もまだまだあるけど、目標が定まっているなら怖くない。

 さしあたっては、フィンラスさんにどう説得するかを考えないといけない。

 完全に手探りなのが辛いけど、目標は定まっているんだ。こわくはない。


 と、そんなことを考えながら冒険者の宿の前を通った時、ふと違和感を覚えた。


「ずいぶんピリピリしてるな……」


 理由はすぐに判明した。武装した冒険者が多いのだ。それに馬車が停まっている。

 今は夕方、もうすぐ夕食の時間だ。いつもの彼らならお酒が入っている頃合だ。

 夜に狩りをする冒険者もいるとはいえ、全体としては少数派。なにかトラブルが発生したとみていい。

 冒険者が動くということは都市の外で何かあったのだろう。都市が危険なら騎士団が動いている。

 だから、すぐにどうこうなるものではないだろうけど、情報は仕入れておくに越したことはない。

 孤児院(ウチ)は子どもが多い。避難にも時間がかかる。

 とはいえ、切迫している当事者に直接尋ねるのは憚られる。

 僕はまだ子どもだし、そうでなくても急いでいる時の客ほど煩わしいものはない。


「ごめんくださーい。トーマスさんはいらっしゃいますか?」


 というわけで、隣の鍛冶屋にお邪魔する。

 討伐なら武器を扱っている鍛冶屋で動きがあるだろうし、トーマスさんなら何か知っているだろう。


「メイルか。いいところに来たな」

「何すればいいですか?」


 慌ただしく商品を運んでいたトーマスさんに駆け寄る。

 どうやら倉庫に備蓄していた武器を放出しているらしい。

 これは予想以上に大事かもしれない。


「近くの村にブルファングの群れが出た。うちからも冒険者が十人ほど討伐に出る」

「何が足りませんか?」

「矢と鎖、それに楔だ。鉄はそれなりのがある。悪いが手伝ってくれ」

「わかりました」


 工房の隅、僕の定位置には既に鉄のインゴットが運んである。

 この様子だと、孤児院に使いを出していたのだろう。顔を見せてよかった。

 床にどっかりと座り、右手に紋章を起動する。触れた感触はやはり濡れた粘土のそれ。

 行政府か冒険者かはわからないけどけっこう奮発したらしく、僕に回された鉄は見てわかるほどに不純物が少なく、質がいい。おそらくは存在強度も相応に高いだろう。

 一人芝居する時間も惜しいのでそそくさと作業を始める。

 矢と鎖と楔。優先すべきは鎖だ。矢と楔は在庫があるけど、鎖は恒常的な需要があるわけではないからだ。


 討伐対象は牙猪(ブルファング)。このあたりの草原でも比較的みかける魔物だ。

 普通の猪を凶暴にした程度の下位の魔物だけど、集団で“熱狂”(フレンジイ)を使われると小さな村なら押し潰される。

 注文から察するに、群れの動きを鎖のバリケードで封じて一網打尽にする気だろう。


(群れの暴走……ヌシがいなくなって統制がとれなくなったのかな?)


 先日のメタルボアを思い出す。

 奴がどこまで縄張りを広げていたかは定かでないけど、近郊の草原くらいは支配下に置いていても不思議ではない。

 鉄の輪を順々につなげて鎖を伸ばしながらそんなことを考える。

 新興勢力が上から押さえつけていたところで、肝心のヌシがいなくなって激発。有り得そうな話だ。

 となると、この一回で鎮まるとは思えない。魔物たちの中に新たな秩序ができるまで、しばらく森に行くのも控えた方がいいだろう。

 春の森は貴重な食料源だけど、看過できないリスクを負ってまで行くわけにはいかない。


 それから一時間ほどで必要な装備は用意できた。

 冒険者たちに渡すと、そのまま馬車に積み込まれ出発していった。

 人避けの角笛の音が夜の街に響き、次いで蹄鉄と車輪が石畳を蹴る音が続く。

 対応早いな。でも、この世界ではそうしないと生きていけないのだろう。


「助かったぜ、メイル」

「トーマスさんにはいつもお世話になっていますし。それに見過ごせる話でもありません」

「そう言ってくれるのはありがたいよ。今日の分の賃金は割増ししておく。しばらくは備蓄を増やすし、回せる仕事も多くなるだろう」

「がんばります!!」

「いい返事だ。じゃあ、気を付けて帰れよ」


 無骨な手ががしがしと僕の髪をかき回す。

 急なことでトーマスさんも大変だったのだろうと思うと、手伝えてよかったと思えた。

 いいことをしたと喜ばしい気持ちになりつつ、家路を急ぐ。

 ちらりと空を見上げれば、既に日はとっぷりと暮れている。

 たぶん事情は伝わっているのだろうけど、急ぐに越したことはない。

 あとは、これからの食糧計画も考え直さないといけないか。

 森に入れないとなると出費が嵩む。畑の拡張も考えよう。謎芋なら収穫も早いし、なによりおいしい。




 それから、急いでサティレ孤児院に帰ってくると、こっちはこっちでてんやわんやとしていた。

 そこかしこを弟妹たちが走り回っている。

 討伐の話に慌てているのだろうか。

 ……いや違うな。群れの出現なんかは稀によくあることだから、みんながこうも慌てることはない。

 それとは別に、なにかあったのか。


「ただいま。いま帰った」

「にーちゃん!?」

「ジェイク、なにがあったの?」


 泣き腫らした弟妹たちを宥めていたジェイクを捕まえる。

 振り向いたジェイクは顔面を蒼白にしていた。

 嫌な予感がする。なにより、こういうときに率先して行動する彼女の姿が見えない。



「――リタが家出した」





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