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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<1章:孤児院の天使>
8/99

 金曜日。朝の収穫と朝食を終えると、僕はそそくさと街へ逃げ出していた。

 どうにもリタやファウナ先生といるのが気まずい。

 先生は昨日のこと気にしてわたわたしてるし、空腹に耐えかねて籠城をやめたリタも近付けば噛みつきそうな顔をするばかりで、挨拶ひとつできなかった。

 お互いに感情を整理する時間が必要だろう。僕に至っては今日で進路を決めるという目標もある。


 そんなわけで街の中央にある『エルフ図書館』にやってきたのだ。


 エルフ図書館は真円状の建物の屋根を大樹がぶち抜いているロックな面構えで、街のどこからでも一発で場所がわかる。迷う人はいないだろう。

 そして、ここはその名の通り、エルフが運営していたり、エルフが生えてきたりする図書館だ。


 古木を切り出したと思しき重厚な扉を抜けると、すぐのところにエルフ受付がある。

 用件を告げると、ほどなくして顔見知りの女エルフが迎えに来てくれた。


「よく来たな、定命のメイルよ」

「ご無沙汰してます、フィンラスさん」


 表情は乏しいけど、微妙にテンション高く迎えてくれたのはフィンラスさん。

 腰まで届く金髪を背中に流し、ネクタイが似合いそうなクールな美貌をもつ長身の女性。エルフの特徴である笹穂のような耳には控え目にカフス飾りを着けている。

 外見レベルの高いこの世界でも飛びぬけて美形な彼女は、知識を担うビブリオエルフと呼ばれる存在だ。

 主な生息地は図書館で、専門は魔技の研究らしい。ちなみに、“昇華”(アセント)の命名も彼女だ。

 つまり、人類が今までに発現した魔技を全部知っている存在ということでもある。

 エルフという種族自体がそういう規格外の存在なのだ。


 この世界では人間と他種族、いわゆる亜人は混血を極度に忌避している。

 これは常識レベルで徹底していて、たとえばヴァーズェニトの色街でも「亜人お断り」が一般的だという。例によって冒険者のおっちゃんをヨイショして聞きだした。

 別種族同士のハーフは両親のどちらの魔技も引き継がない“紋なし”になるから、らしい。

 僕の知る限り、この街で魔技を持たない大人はいない。概算で三万人はいる大人の中に一人もいないのだ。そんな中で魔技を持たない人がどういう扱いを受けるかは、あまり想像したくないところだ。


 なので、この世界では基本、血が混じらないように種族単位で街を作っている。交流があるかは種族同士の相性次第だ。

 そんな中で、数少ない例外がエルフだ。

 例外というか、なんでもありというか。とにかく例外的な種族だ。

 エルフは木神リーンの眷属であり、古代から今の姿を保つ彼らはどの種族の街にもいるらしい。そして、常に数が一定である。

 生殖活動はしないようだ。少なくとも、子供のエルフを僕は見たことがない。

 増える必要がないからだろう。エルフは不老であり、寿命も――最古のエルフがまだ死んでないのでわからないらしい。

 おまけに、殺されても適当な木の中に現し身を作って再誕するときた。生物というより精霊的な存在だ。

 実際、【木の女神リーン】と最古のエルフを同一視する宗派もあるらしい。

 ……ふと思ったけど、長生きさせたいならエルフに転生させてくれればよかったんじゃないかな。それはできなかったんですかね、天使さん?


「ヌシとなったメタルボアとやり合ったと聞いたが、元気そうでなによりだ」

「ご心配をおかけしました」

「心配はしていないさ。おぬしの実力は信頼しているよ」


 フィンラスさんはほんの僅かに口元を綻ばすと、奥へ来るよう誘った。

 彼女に従って本棚の間を抜けている間にも、幾人かのエルフと都市行政を担う文官とすれ違う。

 彼らは一様にフィンラスさんに頭を下げていて、その後ろを歩く僕は虎の威を借る狐の気分だ。

 文官の人たちがいることに不思議はない。彼らの職場がここなのだ。

 ビブリオエルフはテレパシーのような遠隔連絡手段――おそらくは魔技だ――を利用して知識を共有する“生きた本”だ。

 彼らが他都市で集めた知識を共有しているために、この東辺境の地でも最新の世情や様々な知識を得ることができる。他にも、過去から蓄積してきた各種技術についても彼らが生き字引となっている。

 ビブリオエルフに裏切られたら、人間はもう都市運営やってけなくなるんじゃないかな。そのくらい、彼らの存在は人間の生活に深く根付いている。


 そんなわけで、エルフ図書館は実質的な行政府としての役目も有している。

 真面目な話、都市国家として認められるには主要都市にエルフ図書館が必須なのだという。

 さもありなん。一歩街の外にでれば魔物とエンカウントする世界で、安全かつ即座に連絡の取れるエルフを重用しない手はない。

 だから、どんなに人口が少なくても、エルフ図書館のある所は村扱いにならない。最低でも街として扱われる。

 逆に、どんなに人口があっても、エルフ図書館がなければ村扱いであり、都市国家を形成することはできない。

 若干ふざけた名前ではあるけど、れっきとした国家機関なのだ。すごいぞエルフ図書館。




「さて、報告に来たということは、“昇華”(アセント)について新たになにかわかったのか?」


 図書館の中央を貫く大樹の根元。そこに据えられたテーブルの向こう側で、フィンラスさんが優雅に足を組む。

 すごく様になっているけど、その目は新しいおもちゃを与えられた子供のようにキラキラと輝いている。

 もったいつけたら怒られそうなので、素直に判明した諸々について報告する。


 どうもビブリオエルフの間では魔技の命名というのはとても名誉なことらしく、その機会をくれたことに対して、フィンラスさんは大層感謝してくれているらしい。

 こうして報告するだけで金貨を一枚二枚ぽんとくれるのもその為だろう。金貨一枚で成人男性が半年は生活できることを考えれば破格の報酬だ。


 それからしばらく、ひと通り報告を終えると、フィンラスさんは何かを考えるながら、いつのまにか供されていた薬草茶に口を付けた。

 エルフに飲食は必要ないらしいので、おそらくはこっちに合わせてくれているのだろう。そういう気遣いをさらりとするのがフィンラスさんだ。

 真似するように僕もカップに口を付ける。喉に抜ける爽やかさと後に残らない苦味がおいしい。けっこうな高級品なので孤児院で飲めないのが残念だ。


「ふむ、材質の善し悪しが出来に影響を与えている、か。同じ魔技を使ってナマクラと業物ができるというのはたしかにおかしな話だ」

「やっぱりそうなんですか?」

「普通でないのはたしかだな。“鍛冶”などの物質の形状や密度を変える変質強化は、行使者の技術がそのまま反映される。五の技量を持った者が二の素材に魔技を使えば七に、三の素材に使えば八になる」


 その喩えで言うと、僕の場合は二の素材で四に、三の素材で六になっているようなものか。

 素材を選べば儲けられそうだけど、現状、その良質な素材を手に入れる手段がないのが悩みだ。


「整理されるとわかりやすかったです。ありがとうございました」

「まあ待て。定命の者は結論を急ぎ過ぎだ。これはまだ仮説。実際に検証してみよう」


 そう言って、フィンラスさんはことりと、宝石を二つ、机上に置いた。

 透き通った青色と濃い緑色。

 前世の乏しい宝石知識に照らし合わせると、サファイアとエメラルドに近いだろうか。

 次いで、彼女は白い指先に光を灯し、宙に小鳥の姿を投影する。

 アトリのような胸元が鮮やかな橙色をした小鳥だ。

 そして、絵というより、限りなく写真に近い。どこかのエルフの視界に映ってるのだと言われても驚かない。

 ビブリオエルフの魔技がテレパシー的なものなら、それくらいできても不思議じゃないと思う。なにせエルフだ。


「この小鳥を模した像を二つ作ってほしい」

「は? ……こ、この宝石でですか?」

「そうだ」

「お値段とか訊いちゃ駄目ですか?」

「検証結果に影響するから駄目だ」


 ですよね。

 フィンラスさんは既にやる気満々だ。お金を貰っている手前、断るにも断れない。

 諦めて、右手に紋章を起動する。

 金色の光を伴って触れた宝石はやはり濡れた粘土の感触がする。

 その違和感を呑み下し、空中の絵姿と見比べながら宝石の形を変えていく。

 “昇華”は一回毎に対象を強化してしまうので、検証結果をちゃんとだすには一発勝負で決めなければならない。

 自分の美的センスには期待できないので、心を無にしてコピーすることに集中する。


 ………………。

 …………。

 ……。


 結果、美術的に抹殺されている僕でも違いのわかる二羽ができた。

 青の宝石の鳥はまあまあな再現度だけど、緑の宝石の鳥は明らかに出来が違う。

 今にも飛び立ちそうな小鳥の像。投影された絵と重ね合わせるとぴったりと合う。自分の能力ながらちょっとこわい再現度だ。

 というか、動いてる。鮮やかな緑色の羽がぱたぱた動いてる。え、大丈夫なのこれ?


「検証は成功だな」


 軽くカップを掲げて、フィンラスさんは満足そうに頷いた。

 ついでにどこかから取り出した鳥かごに緑の小鳥像をいれる。用意いいな。あと小鳥さんはこっち見ないでください。


「ちなみに青の宝石は普通の鉱石だが、緑の宝石はジュエルエルフが千年ほどかけて生み出した一点ものだ。値段で言うと百倍近い差があるな」

「え゛、ちょ、そんな貴重品を検証に使ってよかったんですか!? 普通の宝石だって僕の稼ぎじゃ買えないんですよ!?」

「気にするな。出来も大層いい。今度本人に会ったら自慢してやろう」


 うわあ、すごい楽しそうな笑顔。

 エルフは娯楽に飢えてて新しい物好きって聞くけど、本当だったんだ。

 ……失敗したらどうなってたんだろう。訊くのがこわい。


「しかし、これでわかったことがある。定命のメイルよ、おぬしは“存在強度”という言葉を聞いたことがあるか?」

「存在強度? いえ、初めて聞きました」

「とある定命の学者が打ち立てた仮説だ。存在自体の持つ内在的な強さ、だという。

 おぬしも鍛冶屋で働いているのなら、『魔技の効かない物』については知っているな?」

「ドラゴンの骨に“鍛冶”の魔技が効かなかったって話をトーマスさんに聞きました」

「うむ、あやつも定命の者にしては優れた鍛冶師だが、いかんせん寿命が足りぬな」

「エルフと比べればみんなそうですよ」


 人類の歴史と年齢がイコールの種族の時間感覚はちょっと信用ならない。


「惜しい話だ。……して、この存在強度は魔技の行使力と抵抗力を決定するものである、というのがその学者の主張だ」

「ドラゴンの骨は存在強度が高いから、存在強度が低い相手からの魔技に抵抗できたということですか」

「その通り! おぬしとの会話はやはり楽しいな、定命のメイルよ」


 涼しい顔でどきっとすること言うなあ!

 年の功というやつか、フィンラスさんの対人コミュニケーション能力は高い。あまり図書館から出ることはないけど、ふらっと酒場とか行くとすぐに誰とでも打ち解けるらしい。

 このヴァーズェニトで彼女を知らない人間はいない。都市サーの姫だ。

 高嶺の花どころか高嶺の世界樹みたいなエルフ相手では惚れた腫れたという話にならないのは、人間にとって幸いなことだろう。


「この仮説は便利でな、同じ魔技の持ち主ふたりが同じ物に行使しても、効く者と効かぬ者に分かれる、というような事例を説明することができる」

「片方の存在強度が『閾値』に足りなかったからですね」

「イキチ?」

「あー、反応を起こすのに必要な最小の値のことです」

「境目の値ということか。なるほど、記憶した。おぬしとの会話はいつも新しい発見に溢れていて新鮮だな。ああ、これまで通り、どこで聞いたのかは黙っておこう」

「お気づかいありがとうございます」


 うっかり口にした僕も問題だけど、出典不明で大丈夫なのか、エルフペディア。

 僕も話聞く時は眉に唾つけといた方がいいのだろうか。今のとこ誤情報で困ったことはないけど。


「しかし、言われてみるとたしかに便利ですね、存在強度理論」

「うむ。他にも、炉で金属を熱すると、そのままでは魔技が効かない高位金属にも行使できるようになる、といった場合も説明できる。おぬしの言うところのイキチを引き下げた、というわけだな」


 早速、記憶した単語を使ってドヤ顔するフィンラスさん。

 遥か年上に言うことでもないけれど、時折みせるこうした茶目っけが、超常の存在であるエルフが人間に受け入れられている理由なんじゃないかなと思う。


「話の流れからすると、“昇華”は存在強度に干渉しているんですか?」

「うむ。喜べ、おぬしの魔技はおそらく史上初の【存在干渉系】の魔技だ」


 そう告げて、フィンラスさんはそれはもう楽しそうな笑みを浮かべた。

 史上初ですって!! すごいぞ天使謹製の詫びチート!!

 ……で、それは本当に喜んでいいことなんですかね?


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― 新着の感想 ―
[一言] ワイの会社だとイキチはシキイチっていうなぁ。地域によって違う??多分、どっちでもいいんだろうなぁ。
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