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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<1章:孤児院の天使>
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 立ったまま寝落ちするという醜態をやらかしてから数時間後。

 明けて水曜のお昼。僕はようやく目を覚ました。記憶にある限り、昼まで寝るなんてとんとなかったから新鮮だ。

 どうやらベッドまでは先生が運んでくれたようで、几帳面に整えられたシーツの跡からそれが窺える。

 あと、弟妹たちがそこかしこに寝転がっている。心配してくれたのだろう。

 彼らの寝顔を眺めているだけでも、胸がじんわりと熱くなる。

 僕は、この子たちを守れたのだ。


 充実感を胸に、そっと部屋を抜けだし、食堂へ。

 心配そうに駆け寄ってくる弟妹たちをあやしつつ、取り置きして貰っていたスープとパンをいただく。

 メタルボアに遭遇した昨日の今日では、さすがに孤児院も開店休業だ。

 子供たちは家事を済ますと、めいめい遊びに行ったり、二度寝を決め込んだりしている。

 この世界では基本、空曜日――前世の日曜日に当たる――が休みの日ではあるけど、畑仕事や家事に決まった休日はない。こうして丸一日休める日は貴重だ。

 僕も無目的にだらだらせずに休日を満喫したいところだけど、何をしよう。

 やりたいこと、やりたいことか――。



 ◇



「来たか、メイル。昨日は大活躍だったな」


 結局、休日らしい休日の過ごし方を思いつかなかった僕は、トーマスさんの鍛冶屋に来ていた。

 ナイフを新調するためだ。あと、鉄鞘を壊してしまったことを謝罪したかった。

 けれど、トーマスさんは小さく笑って、「気にするな」と僕の頭をがしがし撫でただけで済ませてしまった。逆に申し訳ない気持ちになってくる。


「それより、メタルボアの素材はどうする?」

「あの巨体ですもんね。骨と装甲だけでもけっこうな量でしょうね」

「オレも解体を手伝ったが、中身も相当なモンだったぜ。おめえはよくひとりで狩れたな」

「運が良かったんですよ」


 実際、相手が隻眼でなかったら勝てた自信はない。

 あと、そもそもナイフが首に刺さらなかったらアウト、泥浴を走馬灯しなかったらアウト、最後に相手の動きが急に止まらなかったらやっぱりアウト。スリーアウトでバッターチェンジ(昇天)だった。

 同じことをもう一度やれと言われても無理だと思う。次はもう少し安全な方法を講じよう。


「そういえば、素材って預かってもらうことはできるんですか? うちだと小さい子もいますし、持って帰るのはちょっと怖いです」


 全部売って孤児院経営の足しにしてもいいが、ヌシとなるほどの魔物を素材にすれば、“昇華”の効果も高くなると思われる。

 つまり、素材のまま売るより、僕が加工してからの方が高値で売りつけられるということだ。持つべきものは手に職である。


「こっちで預かることはできる。倉庫には空きがあるし、賃料も勉強してやれるが……“肉”は腐るぞ」

「あ、あー」


 だが、申し訳なさそうなトーマスさんを見上げて、僕もまた困ってしまった。


 人間以外の魔物はわりあい経済的な動物だ。

 皮は強固な防具に、骨は強力な武器に、歯や腱なども使い道がある。実際、冒険者の装備には魔物由来のものが多い。

 生物故に個々で性能のムラはでるけど、兵隊のように均一な性能を求めるわけじゃないなら有用らしい。その気になれば材料を自分で調達できるというのも大きい。

 他、細々とした部位も、塗料やら楽器やらと、とにかく色々使い出がある。


 問題は魔物の肉だ


 この世界において、魔物――魔技を使う生物の肉を食べることは各教会の戒律で禁じられている。

 七柱の創神すべてがそうだ。亜神は多過ぎて全部は把握しきれてないけど、僕の知る限り、とある一柱を除いてどこも魔物食いを忌避している。

 理由は、血が混じると魔技が使えなくなるから、らしい。この理由は亜人差別と同じだ。


 食べたくらいで血が混じるわけないだろう。血液なんて四カ月で全部入れ替わるじゃん。

 ……と思わないでもないが、これは建前で実際は別の問題があるのだろう。

 たとえば、主食が鉄鉱石のメタルボアを人間の胃袋で消化できるとは思えない。ゴブリンなんかも何を食べて暮らしていたかわかったもんじゃない。

 というか、食べるなと言う以上、昔に食べてみた人がいるのだろう。

 その人がどうなったかは推して知るべし。先人の知恵、経験則というのは偉大だ。


 それになにより、教会付きの孤児院で戒律を守らないのはまずい。

 サティレ孤児院はいつでも寄付を受け付けております!なのだ。寄付金を渋られる可能性は極力排しておきたい。


「そういえば、魔物の肉って普通はどうするんですか? いつも商店で売り払ったきりなんですよね」

「モノによるな。ここらの魔物だと灯り用の油をとることが多いが、メタルボアはなあ」


 メタルボアの主生息地は鉱山。本来、この一帯ではお目にかかることはない魔物だ。

 ノウハウは調べるにしても、処理する施設あるいは専門の職人がいるとは思えない。あの巨体を鉱山を有する都市まで運ぶとなると確実に足が出るし、これは詰みだろう。


「となると、勿体ないですが、買い手がつかなければ廃棄でお願いします……」

「わかった。こっちでうまくやっておく。内臓なんかはエルフがヌシの解明に使うらしいから売れるだろうし、肉も試し切りに使うようかけあってみる。廃棄部分はそこまで多くはないだろう」

「よかった。なにからなにまで、ありがとうございます」

「気にするな。成り行きとはいえ、俺の工房に出入りする男が大金星をあげたんだ。このくらいは苦労の内にも入らん」


 ぱしんと禿頭を叩いて掛けあうトーマスさんに、僕はもう一度頭を下げた。

 この人に恩を返せるような大人になりたいと思った。

 あるいはそれが、自分の向かう先を決めるということなのかもしれない。



 しかし、ヌシになるポテンシャルを持ったあいつに逃げを打たせた相手は誰なんだろう。

 右目の傷からして真正面から殴り合ったっぽいし、この世界の鉱山って世紀末地帯なのかな……。



 ◇



 その後、いくつかの雑務を請け負ったり、当座のナイフを新調したりして、サティレ孤児院に帰ってきた。

 窓の外では既に日は沈みかけている。昼に起きると一日がすぐに終わってしまう。これはこれで勿体ない気がしてならない。

 夕食まで体感で一時間ちょっとくらいだろうか。

 残った時間でできることを考えてみる。

 “昇華”の魔技は汎用性に富む。畑仕事で使う鍬や鋤から調理器具、子供服、はては教会の整備までなんでもござれだ。

 実際、こつこつ修理してきたこの教会付き孤児院で、僕の手が触れていないものはない。

 新人神官だった先生が孤児一号の僕を拾ってから早十年。思えば遠くに来たものだ。


 ……などと遠くを見てみるものの、同じ対象を昇華できるのは二回までである以上、僕だけでは限界がある。

 特に、孤児院の建物はけっこう古くてところどころガタがきている。元々、孤児の急激な増加に対応するために、老朽化して使われなくなった教会を応急的に使い始めたからだ。

 ぼちぼち建て替えないと危険だろう。床が抜けて弟妹たちが怪我でもしたら目も当てられない。


「けど、お金がなあ……」


 会計担当のリタに相談するまでもなく、建て替え資金がないことなど百も承知だ。

 さすがにちゃんとした建物を魔技でポンと建てられる人はいない。少なくとも、このヴァーズェニトにいないことは確認済みなので、専門の大工さんを長期間拘束する依頼になる。

 一応、昨日のメタルボア級をもう五体ほど単独討伐すれば確保できる資金ではある。冒険者なんていうヤクザな商売がなくならないわけだ。

 けど、さすがにそう都合よくヌシが都市近郊にでてくることはないだろう。それに、昨日のようにうまくいくことが五回も続くとも思えない。

 そんなわけで、「お金、お金……」と若干危うい感じで孤児院の廊下を歩いていると、突然どんっと後ろから思いっきり押された。


「っとと」


 どうにか踏み留まって振り向くと、弟たちが団子になって僕の背中に張り付いていた。

 おんぶおばけか君たちは。


「にーちゃん、あそぼー!」

「今日はやすみなんだろ。あそぼうぜ!」


 順番も何もなしに口ぐちに話かけてくる弟たち。

 彼らの顔は明るく、明日の心配など欠片もしていない。

 だが、長い付き合いだ。どうやら気を遣わせてしまったらしいことはわかる。この子たちの中には昨日のメタルボアとの戦いを目撃していた子もいるのだ。心配になるのも当然か。


 ……そういえば、最近遊んだ記憶がないな。


 その事実はちょっとした衝撃だった。

 最近忘れかけていたけど、僕はまだ十歳児だ。就業開始のカウントダウンが始まっているとはいえ、十歳児なのだ。休日くらい遊んでもいいだろう。

 というか、前世でもインドア派だったので、休日に遊ぶという発想が抜け落ちていた。

 これはいけない。心の健康にもよくないし、夕食までの時間は思いっきり遊ぶとしよう。

 そうと決まれば話は早い。遊び相手は目の前にたくさんいる。


「よし、じゃあなにする?」

「おにごっこ!」

「かくれんぼ!」

「ヌシのはなしききたい!」

「ふむ、ならまずは鬼ごっこだ。次にかくれんぼ。ヌシの話は夕食の時にしよう」

「じゃあ、にーちゃんが鬼な!!」


 そう言って弟たちはきゃーきゃー言いながら一目散に駆け出していった。

 廊下を走るな、と注意する声も聞こえていたかどうか。

 いいだろう。そっちがその気にならこっちにも考えがある。


「十数えるぞ。一、二、とんで十!! いくぞー!!」


 ふっふっふ、甘いな弟たちよ。

 君たちはこの天使製ボディのスペックを舐めたッッ!!

 鬼を変わるなんて悠長なことはしない。三分で全員捕まえてみせる。


 決意と同時に走りだし、スタートダッシュに遅れた一人目を捕獲。そのまま肩車して走る。

 きゃっきゃと楽しげな肩上の弟を落とさないように注意しつつ、二人目を捕獲。小脇に抱えて追跡続行。

 そうして、とても頑張った結果、きっちり三分でおんぶおばけ完全体が背中にできた。重い。


「僕の勝ちだ!!」


 ぽいぽいっと弟たちを引き剥がし、腰に手を当てて勝利宣言。

 楽しい。年下相手にめちゃくちゃムキになってるけどこれ楽しい。


「さあ次はかくれんぼだな!!」

「もっかい! いまのもっかいやろう!」

「そうきたか。いいよ。敗北の味を刻みつけてやろう」


 完全に悪役気分でそう宣言した時、とんとんと肩を叩かれた。

 振り向けば、ファウナ先生がにこにこと笑みを浮かべていた。


「楽しそうですね、メイル」

「先生?」


 うん、この笑顔は大丈夫な笑顔だ。こわくない。ちょっと子供っぽい笑顔が童顔の先生に似合っている。

 昨日の今日だから安静してなさいとか言われるかとも思ったけど、そういうわけではないらしい。


「私も混ぜてもらっていいですか?」

「せんせーもあそぶ?」

「ええ、一緒に遊びましょう」

「じゃあせんせーが鬼ね!」

「わかりました。手加減しませんよ?」


 そう言って腕まくりする先生はどこかわくわくしている様子だ。かわいい。

 というか、言動を見る限り、先生はけっこう良いとこの出だ。たぶん、こうやってみんなで遊んだこともないのだろう。

 なら、遊びというものを教授するのも僕らの役目だ。

 不肖、サティレ孤児院長男メイル。先生の遊び相手を務めさせていただきます。


「じゃあ十数えますよ。いーち、にー……」


 ところで先生。なんでちょっと青く光ってるんですか? 幻想的できれいですね。

 でもそれ魔技ですよね? 森からすごい勢いで飛んできたアレですよね。本気と書いてマジってやつです?



 ……その後、僕は最後まで逃げ切ったものの、きっかり二分で捕まってしまった。不覚。


 そんなこんなで、最後は締まらなかったけど、おおむね有意義な休日だった。

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