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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<3章:異郷の人々>
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17

 気付けば、真っ白な空間にいた。


 ふわふわとしてあやふやな浮遊感。それでいてどこか安堵する自分を知覚する。

 視線を巡らせれば、四角に切り取られた窓からは遥か下方に大地が見える。

 魔神に砕かれ、女神の石像に支えられた僕の生きる異世界――


「ここに来たってことはまた呼吸が止まっているのか……」


 せっかくいい気分で寝ていたのに、天上に意識をダンクされると微妙な気持ちになるな。

 せめて、事前に一言あってもいいと思う。


『――“存在”の抜け出た肉体は急速に朽ちます。それを押しとどめる為に肉体が仮死状態になるのです』

「あ、天使さん。お久しぶりです。半年ぶりくらいですね」

『壮健なようでなによりです』


 僕のコピー元こと天使さんは瀟洒な椅子に腰かけてニコリと微笑んだ。

 雲を固めて形作ったような白い椅子はこの空間と天使さんによく似合っている。

 周囲を見回せば、他にも岩を削りだしたような黒くてゴツい卓子や煌々と燃える暖炉が据えられている。

 この空間の白さと比べるとあまりにもチグハグ。暖炉に至っては煙突すらない意味不明さだ。

 前来た時は何もなかったはずだけど、天使さんが持ち込んだのだろうか。


『私ではありません。ここは宇宙であると同時に貴方の“存在”の内側ですから』

「……ああ」


 卓子、すなわち()()()()()()。あいつの性質を端的に表している。

 暖炉については言わずもがなだ。僕の持つイメージが視覚的に反映されているのだろう。


 ……イメージ、イメージか。


 僕は天使さんの対面に座ってぬぬっと頭を振り絞った。

 いつも“昇華(アセント)”で物を創り出すのと同じように確固とした造形を脳裏に浮かべる。


 次の瞬間、僕の手元に湯気の立ち昇るカップが顕れた。

 一口啜ってみる。苦い。懐かしい薬草茶の味だ。


『流石です。理解が早くて助かります』

「コタツとかパソコンとかも実装できませんかね。ネットがあると尚良いのですけど」

『あ、貴方の意思次第ですね……』


 おや、天使さんの困った表情とか初めて見た。

 今日はいい日になりそうだ。呼吸止まってるけど……呼吸止まってるけど!!


『あと言っておきますが、私の翼は伸縮自在です……伸縮自在です!!』

「膝枕してあげましょうか?」

『結構です』

「……それで、本日はどのようなご用件ですか?」

()()()()()()()()()()()


 天使さんの告げたその一言で、浮ついた雰囲気は消し飛んだ。

 目の前に、ごおっと音を立てて炎が立ち昇る。

 炎の柱、黄金の熾火、炎で編まれた二重螺旋階段。そのどれにも近く、どれでもないもの。

 熱さは感じない。これは「そう在ること」のイメージでしかないからだ。

 階段の輪郭は以前よりもはっきりと見える。より近くに感じられる。


 ……今ならわかる。これが僕の想像する“存在”の形なのだろう。


 そういう目で見ればイメージの元はDNA構造図だというのもわかる。我ながら安直な話だ。


『あまり頻繁に会うつもりはなかったのですが。貴方は随分と駆け足ですね』

「なにか問題がありますか?」

『あると言えばありますし、ないと言えばないでしょう』

「……」


 天使さんにしては珍しい迂遠な言い方だな。

 いつもビジネスライクにストレートばかり投げてくる印象だったから意外だ。

 ひとつ溜め息をついて、天使さんはゆっくりと立ち上がり、炎の階段を見上げる。


『貴方の昇っているこの階段は「神を解体する」道です』

「神を解体する……?」

『かつて貴方のいた世界で神秘が科学に置換されたように、貴方は神の偉業(マグナ)魔技(マギ)に貶めようとしている』

「!?」


 聖遺物のパチモンを創ろうとしたことか!!

 なるほど。そう言われれば理解できる。

 僕は神様がやった「よくわからないけどすごいこと」を分解して理論的に再現しようとしている。

 理論が確立されれば、僕以外の人も再現できるようになるだろう。

 不可能ではない。今までだって亜神は生まれているのだから。


「それはマズいですね。一億総神様化の責任とか僕はとれませんよ」

『まあ、その時はその時です』

「あ、あれ? それが問題なんじゃないですか?」

『こちら側は騒がしくなるでしょうが、今を生きる者たちがそれを選んだのなら、その時はその時です。……それに、早いか遅いかの違いでしかありませんしね』


 今なにか不穏な言葉が聞こえた気がする。

 藪をつついて何が出るかもわからないし、スルーしておこう。


「じゃあ、なにが問題なんですか?」

『…………』


 そういう意味深な沈黙やめましょうよ!!

 コタツ召喚して雰囲気ぶち壊しますよ!!


『それはやめてください。貴方の内側が居心地いいのは否定しませんが』

「居心地いいのか……」


 天使さんにしてみれば映画館みたいなものなのだろうか。

 一日中僕の人生を上映しているし。中々に波乱万丈な人生を生きている自信はある。


『……問題は、貴方の人生に立ち塞がるであろう“存在”のことです』

「どういうことですか?」

『“運命の代替”』


 ……それはつい最近聞いた単語だ。

 ブロフさんがトゥーラの母親、あるいは前世に救われた要因。

 その単語を聞くと僕の胸はざわつく。ずっと前からその単語を知っていたような既視感に襲われる。


『貴方はとある“存在”と代替関係にある。近しい運命を辿っているとも言い換えられます』

「……それで?」

『階段を登るほどに貴方の“存在”は大きくなる。そして、相対的に世界は縮まる。結果として、その“存在”に近付く。――貴方風に言えば、代替のツケを払う時が来る、ということですね』

「だから、それがどんな問題なんですか?」


 思わず、声に険が混じってしまう。

 今日の天使さんは変だ。迂遠な言い方が多いし、なにかを隠している。


「……すみません。取り乱しました」

『いえ、私も少々迂遠でした。率直に話を進めましょう』


 天使さんはコホンと咳払いして場を整えると、直球で告げた。


『このままでは貴方は死にます』

「ストレートすぎぃ!!」


 豪速球のデッドボールだよ!!

 過程を、説明してください!! プリーズもつけますから!!


『私は未来が見えるわけではないので、どうしても抽象的な物言いになるのはご寛恕下さい。

 貴方の人生を道だと思ってください。道はいくつも分岐し、貴方はいずれの道を選ぶこともできる。

 ……ですが、どのような道を行こうとも必ず通る地点がある。すべての道が交わる場所が』

「たとえばそれは“死”だったりするわけですか」

『その通りです。現時点で貴方が“死”を乗り越えられるかは危うい境界にある。貴方はあまりにも速く、己の人生を駆け抜けている』


 そうきたか。たしかに生き急いでいる自覚はある。

 ノキアやフィアともっとのんびりするべきだったかもしれない。


「今から開拓地行きを取りやめたらどうなりますか?」

『あくまで予測ですが、誤差でしかないでしょう。今はまだ死因に気付かれていませんが、気付いてしまえば貴方の存在を無視はできない。貴方はあの世界に於いてそれほどの存在なのです』


 いつのまに僕はそんなビッグになっていたのか。

 いやあ、困った困った。


「ところで、僕が人生のタイムアタックに挑んでいる理由の半分は天使ボディのせいなんですが」

『職人気質でして、手を抜けなかったのです』

()()()()ってことは天使さん的には予定タイムがあったってことですよね?」

『そういう説もあります』


 露骨に煙に巻こうとしてる!!

 でも、ここで諦めるとまた呼吸止めないといけなくなる。一旦話を整理してみよう。


 今の僕が死ぬ……まあ、天使さんの雰囲気的に「殺される」って言う方が正確だろうけど、それをできる相手というのは限られる。

 もちろん油断すればポックリいく可能性はあるけど、天使さんが忠告してなお死ぬかもしれないってレベルになると――


「――相手は“竜”ですか?」

『そうとも言えるし、そうでないとも言えます。現時点では確定していません。確実なのは彼らの足跡を追うことは無駄ではない、とだけ』


 当たらずとも遠からずか。竜は魔物の祖にしてハイエンドだし、あの世界の歴代死因を突き詰めれば半分は竜に行きあたるって言うしね。

 とりあえずフィアに色々と訊いてみよう。ノキアに模擬戦で勝ったご褒美もあることだし、機会を設けないと。

 ……って、あ、現世のこと思い出したら意識が遠くなってきた。時間切れか。


『貴方は聡い。次にお会いする時はきっと答えに辿りついているでしょう。……その日があまり早くに訪れないことを私は祈っています』


 ぼやける意識に天使さんの声が沁み渡る。

 どう聞いてもフラグでしかないセリフに文句を言おうとした瞬間、僕の意識は地上へと戻っていった。


 それにしても、この戻る時の息苦しさはどうにかならないのだろうか。



 ◇



 目が覚めると、ノキアがお腹の上に馬乗りになっていた。


 すわ夜這いかと身構えたものの、明らかにそういった甘い雰囲気ではない。外も明るいし。

 というか、今にも泣き出しそうな表情だ。


「メイル、ご無事ですか!?」

「大丈夫だけど、どうしたの?」

「どうしたのではありません!! 呼吸が止まってて、わたし、わたし……」

「ああ、ごめん。ちょっと僕の神様のところに行ってたんだ」

「死んでるじゃないですか!?」


 どうなんだろう。呼吸が止まった程度で天使ボディが死ぬのかは検証の余地があると思う。

 ひとまずノキアをベッドからひょいっと下ろして起き上がる。


「それで、朝からノキアが来るなんて何かあったんでしょう?」


 そう尋ねると、はっとしてノキアが表情を改めた。


「――魔物の襲撃です。この船が狙われています」




 急いで甲板にあがると、フィアやブロフさんはすでに集合していた。

 周囲を確認すれば、川の左右の景色がすごい勢いで流れていく。

 船の速度が速い。自動車並みの速度は出ている。そこそこ大きい船なのに、飛沫をあげて川面を滑る様はジェットスキーを思わせる。

 現在進行形で追われているのだと理解する。


「すみません、遅れました!! フィア、敵はなに?」

「見る限り……竜だ」


 フィアは苦り切った表情でそう告げた。


 ……フラグの回収早すぎじゃないですかね?


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