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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<3章:異郷の人々>
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14

 わたしはノキア。姓は捨てたのでただのノキアです。

 「メタトロンを名乗ってもいいんだよ?」とは言われていますが、今そうすると義妹あたりに納まってしまいそうなので、ただのノキアです。

 カーレの皆さんの船に乗せて貰ってから早半月。当面の目的地である剣闘都市ランガもずいぶんと近づいてきました。

 岩屋にこもっていた頃は、こんなに遠くまで旅するなんて想像もしていませんでした。

 いいえ、あの頃の自分は、未来があるなんてことすら信じていなかったでしょう。

 今の自分があるのは、メイルがあの暗い場所から連れ出してくれたからです。

 だから、わたしの全部(いのち)はメイルのものと言っても過言ではないです。


「熱っ!? アチチチ!? カルニ、ごめん!!」

『ぎゃああああああ!? テメエ、なにしてんだ!?』


 ……過言ではないのですが。

 最近、自分もしっかりしないといけないんだ、ということがわかりました。


「なにを作っているんですか?」

「やあノキア。これ? これは……魔物、かな」


 カルニの分厚い刀身の上に乗せた黒焦げの物体……物体?を指差して、メイルは困ったように眉根を寄せました。

 剣の柄だけを形にしたような掌大の物体です。

 “発火(テンダー)”の紋章らしき残骸が刻まれているということは、先端から蝋燭のように火が灯る予定だったのでしょうか。あるいは、火打石のようなものなのかもしれません。

 察するに、ヴァルナス神の作ったこの船に触発されて、自分も魔技を持つ物を作ろうとしたのでしょう。

 そのあたり、彼は子供っぽいところがあります。

 もう成人も過ぎているけど……かわいいなって思います!!


 ……コホン。

 メイルなら神の御技にも案外あっさり届くかもしれません。

 彼が神さまから貰った魔技は普通のそれとは違って限界らしい限界がないからです。

 ただ、もう少し過程を踏んでほしいというか、普通の人の歩幅を考えてほしいなともちょっと思います。


「“発火”の紋章は起動した。けど、素体が燃えたってことは付随効果は発揮されてない……存在強度が足りなかった? でもそれなら発動しないはず。僕のイメージが間違っていた? どう思う、カルニ?」

『船が燃えそうだからってオレの上に置くんじゃねえ』

「ごめんって」

『ってかテメエ、金床代わりにオレを船倉から引っ張り出しただろ?』

「たまにはカルニも日光浴びたいかなって思っただけだよ」

『おう、オレの目ェ見て言ってみろ』

「目ってどこさ……」


 ふたりの掛け合いを聞いているとなんだか楽しい気持ちになります。

 本人たちに告げるとすごい微妙な表情(カルニに顔はありませんが)をしますけど。


 ともあれ。

 エルフも知らないことを知っていて、なんでも作れる神さまみたいなメイルは、時折すっとんきょうなことをします。

 後先考えていないというわけではないのでしょう。

 むしろ、予め結果を知っているような――ずっと未来に達成される技術を知っているようなところがあります。

 あるいは、時折口の端から零れる彼の前世がそういう世界だったのかもしれません。

 フェネクスを倒した時も、「見えない煙」を瓶に詰めて凍らせるなんて、誰も考えつかなかったことです。

 でも、メイルはそれができると確信していた。魔技は確固たる確信がなければ形を成しません。

 だからたぶん、メイルの見ている世界では「見えない煙」は瓶に詰められるし、魔物は作れるものなのでしょう。

 前世がどういう世界だったのか、気になるような、聞くのがこわいような、不思議な気持ちです。


「ひ、悲鳴が聞こえましたが、大丈夫ですか!?」


 そのとき、船室からトゥーラさんが慌てて飛び出してきました。

 他の方はまだメイルの奇行に慣れていないので大変そうですね。


「大丈夫です、トゥーラさん。実験がちょっと失敗しただけです」

「ノキアさんは、落ち着いて、ます?」

「よくあることなので」

「よくあることなんですか……」


 トゥーラさんの喉元で桜色の紋章が輝いて、呆れたような安堵したような感情が伝わってきます。

 ……いけない。わたしは、彼女に悟られないようにこっそり距離をとりました。


 彼女の魔技は感情を伝えるものですが、その度合いが強過ぎるようです。「嬉しい」という気持ちを聞くと、わたしもとても嬉しい気分になりますし、「悲しい」という声を聞くと、とても悲しい気持ちになります。

 あるいは、彼女自身の気持ちよりも強く、感じてしまうのです。

 たぶん、彼女が全力で悲しい歌を歌ったら、聞いた人は自殺してしまうと思います――


 ――メイルを除いて。


 他の誰が死んでしまっても、きっとメイルは生き残る。

 そのことに安心する自分がいて、そんな自分が嫌いになってしまいそうです。



 船の上では火気厳禁だと怒られたメイルは、諦めて他の物を作り始めました。

 休むという発想にはまだ慣れていないようです。

 今後もわたしの方で気をつけないといけません。


 それに、その間も、通りすがったカーレの頼みごとを請けています。

 びっくりするくらいきれいなお姉さん方に頼まれてデレデレしているメイルはちょっと情けないですが、珍しく人間らしい表情なので安心もします。

 それに、なんでも作れてなんでも直せる“昇華”は旅暮らしのカーレにとって天の恵みにも等しいでしょう。

 わかります。甘い蜜をどんどん注がれて、自分がダメになっちゃうのがわかるんです。

 この贅沢に慣れたあとで、一人暮らしとか始めたらどうなっちゃうのか不安でしょうがないです。

 メイルは優しいです。優しすぎて「人生で一度くらいは一人暮らしをしてみるもんだよ」とか言い出すことがあります。ほんとに善意なのがひどいです。

 ……それが、自分がいなくなったあとのことを考えているのだと、最近気付きました。


 わたしはメイルがいなくなっても呼吸の仕方を覚えているのでしょうか。

 そんな不安を時々覚えます。


「そういえば、メイル――」

「ん?」


 自分を誤魔化すようにわたしはメイルを呼びました。

 作業の手を止めて、メイルがこちらを見ます。

 真剣に手元を見ていた琥珀色の瞳が、わたしを見て優しく細まります。

 それがうぬぼれでないと実感するのにとても時間がかかりました。


「メイルは嫌いなものってないんですか?」


 ドクドクと激しくなる鼓動を秘めて、わたしはいつも通りの声をだします。

 たぶん、うまくいきました。うまくいっていたらいいなあ。

 もう手遅れだという自覚はありますが、それはそれとして取り繕うくらいはしたいのです。


「ん、んー、……隕石、かな。特にトラック型の」


 ずいぶん悩んで、メイルは自信なさげに言いました。

 悩まないと嫌いなものがでてこないのは、メイルらしい不思議さです。


「隕石? 流れ星が嫌いなのですか? とらっく、というのはよくわかりませんが……」

「当たったら痛いからね」

「ええ……というか、そんなことあるんですか?」

「あるんだなこれが。死因にもなるよ。ルパンだったかな? あ、初代の方ね」

「物語ですか?」

「そうそう。けっこう無茶苦茶な超人でね――」


 やっぱりメイルは不思議な人です。



 ◇



 日が沈む頃になってもメイルはずっと何かを作ったり、体を動かしたりしていました。

 特に暗さが気にならないのは天使アイなるもののおかげでしょう。わたしも似たようなことはできます。

 ずっと何かしているのは暇だから、というわけではないでしょう。陸の上でも同じだから。

 これで疲れ知らずなのですから、つくづく「天使」なる種族は並はずれています。記憶にない天翼人の母もこれくらい丈夫なら、わたしの未来は違ったと思います。


 でも、これではいけません。

 人間になりたい、とメイルは言っているのに、どんどん人間だった頃を忘れていってしまいます。

 というより、メイルはもう自分が人間だった頃を思い出せないのでしょう。

 だから、これはわたしの役割です。


「トゥーラさん、洗濯物はもう取り込みましたか?」

「は、はい!! ……あの、それが、どうかしましたか?」

「もうすぐ“雨”が降ります」

「そう、ですか。なら、みんなに伝えてきますね!」


 踊りの稽古を止めて、トゥーラさんは燕のように軽やかに走っていきます。

 トゥーラさんもずいぶん明るくなりました。

 メイルとの時間を取られちゃったことに悔しさはありますが、背筋がぴんと伸びた彼女の後ろ姿は美しいと思います。

 あの姿を取り戻せたならいいかなって思えます。

 これが人の間で生きることなのだと、実感するのです。


「――さて」


 気持ちを切り替えて、わたしは魔技を起動します。

 わたしは世にも珍しい二重魔技(デュオスマギ)です。

 空を飛ぶ魔技と、雨を降らせる魔技が使えます。

 といっても、メイルはみっつの魔技を使えるのですから、それを誇ることはありません。

 メイルを見ていればわかります。

 魔技は“存在(ジブン)”を表現するための道具でしかありません。それ自体は無意味です。

 岩屋にこもっていても生きているとは言えないように、魔技はその使い方にこそ意味があるのです。


「――“水冠(アクア)”」


 わたしの全身を覆う紋章が青い光を放ち、意識を空に繋げます。

 そして、意識の手を伸ばしてあたりの雲を集めます。

 雲をたくさん集めてぎゅっと握ると雨が降るのです。

 原理はわかりませんが、血の記憶が“水冠”の使い方を告げているのです。

 体が命じるこの感覚が、わたしの確信なのです。

 でも、この感覚をメイルに伝えたら「大気中の水分を飽和させているのか」と別の納得をしていました。

 雨は雲から降るのですから、おかしなことはないと思うのですが……。

 なにに納得したのか、説明を受けても理解できなかったのはちょっと悔しいです。フィアさんなら理解できたのでしょうか。


 ともあれ、雨は降ります。

 このあたりは雲が少ないのですぐに止みますが、メイルが休む口実にはなるでしょう。


「メイル、雨が降ってきました。今日はもう休みましょう」

「あれ? そんな予兆はなかったと思うけど……」

「雨、です」

「……ん、わかった。ありがとう、ノキア」


 メイルはわたしが濡れないように外套ですっぽり包んで、連れだって船内に向かいます。

 わたしの目論見などお見通しなのでしょう。

 なのに、なにも言わないこの瞬間が、実はちょっとだけ好きです。

 自分が彼と繋がっているのがわかるから、と言うのはうぬぼれでしょうか。


「あの、これからメイルの部屋に行ってもいいですか?」

「いいけど、どうして?」

「休むためです」


 断言するわたしをちょっと困ったように見下ろしながらも、メイルは否とは言いません。

 察するに、弟や妹がたくさんいたメイルはあまり自分だけの時間というものにこだわりがないのでしょう。一緒に寝ても熟睡してます。こっちの気も知らないで。

 甘えている自覚はあります。でも、今はこの距離を楽しんでいたいのです。



 わたしはメイルのことが好きです。

 いつから好きになったのかはわかりません。

 生贄だったわたしに普通に接してくれたからかもしれないし、魔技を与えてくれたからかもしれない。

 フェネクスを倒して未来を与えてくれたからかもしれないし、あるいは、外の世界に連れ出してくれたからかもしれません。

 たぶんその全部だと思います。

 理由に意味はありません。

 メイルは諦めていたわたしに全てを与えてくれました。生きることを教えてくれました。


 もしかしたらそれは誰でもよかったのかもしれません。

 助けてくれるなら、誰でも。

 でも、実際に助けてくれたのは他でもないメイルなのです。

 メイルが新しいわたしをくれたのです。

 だから、好きになっちゃうのも仕方ないと思います。



 ……でも、同時に、わたしはメイルを神さまみたいに思っています。

 ひどく憧れています。

 崇拝、と言ってもいいと思います。

 メイルに死ねと命じられれば、きっとわたしは迷わない。

 でも、それでは生贄だった頃と同じになってしまう。

 依存する先が、運命を委ねた相手が、フェネクスからメイルに変わっただけ。


 だから、この気持ちを口にすることはできません。少なくとも、今はまだ。

 優しすぎる神さまの重荷になってしまうからです。


 だから、わたしには夢があるのです。

 いつかメイルを神さまから人間に……ちょっと違うかな。

 わたしが彼を人間だと思えるようになること、かな。

 彼の隣に立って、彼を助けて、ありがとうって言ってもらえるようになりたいのです。

 それがわたしの夢です。


 メイルにはきっとそれが必要だから。

 ずっと遠くを見ている彼が転ばないように、その手を握ってあげられる。


 そんな自分に、わたしはなりたい。



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