表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<3章:異郷の人々>
51/99

13

 翌朝のこと。

 うっすらと靄が立ち昇る川を、メイドインゴッドな船が勝手に進んでいく。

 静かだし揺れないしで不満はまったくないあたりが心憎い。

 このまま順調にいけば、剣闘都市ランガまではあと半月ほどだろう。


 そして、僕は自主鍛錬に励んでいた。

 勘が鈍っているというのもあるし、気になることがあって寝付きが悪かったのもある。

 昨日はトゥーラも公演に出ていたので、ちょうど朝の訓練もなかった。

 初歩の勘所を磨く内は疲労した状態では効率が悪いからだ。実体験である。


「メイル君、ちょっといい?」

「どうしました?」


 ……と。

 軽く柔軟していると、起き出したカーレの(見た目)お姉さんが先の欠けたナイフを持って来た。


「これ直せる?」

「はい。長さは元のままでいいですか?」

「大丈夫よ」


 その場で“昇華(アセント)”を起動してちょちょいと直してしまう。

 元手がかからないのはやはり便利だ。

 最近はカーレの皆さんも僕の利用方法を心得たのか、こうしてちょくちょく頼みごとをしてくるようになった。食事の世話もして貰っているし、ギブアンドテイクだ。

 でも楽器だけは勘弁な!! 使い方もわからない楽器を直してほしいって言われてもわかんないよ!!


「これでいいですか?」

「ありがとう。船旅だとこういうとき大変なのよね。メイル君がずっと乗っていてくれるといいんだけど」

「目的地が決まっていますので」

「そうだったわね。残念。気が変わったら言ってね」


 流し目をひとつ残してお姉さんは船内に戻っていった。押しが強い割にあっさりしているのは旅慣れているからだろう。

 こちらとしても付き合いやすくていい。かくありたいものである。


「おはようございます、メイルさん」

「おはよう、トゥーラ」


 しばらくして、寝ぼけ眼をこすってトゥーラが起きてきた。

 初めの頃と比べると彼女も流暢に会話できるようになったなあ。

 僕に歌を聞かせる無駄を悟ったのか、最近は日々の稽古を終えると会話をメインにしていることもあるだろう。トゥーラも楽しんでいるようだし、そっちの方が僕も役に立てる。

 “共感(エンパシー)”の発動もかなり安定してきている。

 効果を落とすのには苦労してるけど、ひとまず第一関門は突破したとみていいだろう。

 ブロフさんの悲願が叶う日も案外近いかもしれない。


「あ、あの、今日は、訓練なかった、ですよね?」

「そのことか。うん、だから自主鍛錬してるんだ」

「そ、そうですか。ちょっとびっくり、しました。メイルさん、早起きなんですね……」


 そう言うトゥーラは人目がないからか、上着だけ纏ったラフな格好の端々から褐色の肌が垣間見える。

 吸い込まれそうになる視線をがんばって彼女の困り顔に固定する。

 ……はて、困り顔?


「どうかしたの、トゥーラ?」

「えっと、メイルさんは東方から、来たんですよね。ボクは行ったことない、ですけど、遠い、ですか?」

「徒歩五年くらいだけど、この船なら一年かからないかな」

「ご、ごねん……ずっと、こんな生活を?」

「そうだね」


 トゥーラが絶句している。

 ちょっと危険球投げた気がする。変に気遣うのも違うし、加減が難しい。


「あの、つかぬことをおききしますが、五年間ずっと、歩いていたわけじゃ、ないですよね?」


 不意にトゥーラが怪訝そうな表情で尋ねてきた。

 なにが引っかかったのだろうか。


「そりゃそうだよ。僕だって……雨宿りはした!!」

「待って」


 ん!?間違ったかな。素に戻ったトゥーラの顔を見ながら考える。

 普通の人だと徒歩五年じゃ済まないか。いやでも、地図もなかったからかなり遠回りしたしイーブンかな。

 ぽくぽくと悩んでいると、考えをまとめたらしいトゥーラがおずおずと声をかけてきた。


「失礼を承知で、ききますけど、メイルさんは、休日って知ってますか?」

「え、安息日は日曜、じゃなくて空曜日のことじゃ…………あっ」


 その段になってようやく、トゥーラの言いたいことを理解した。


「船に乗ってからのメイルさん、ずっと鍛錬するか、ボクに付き合ってくれるか、何か作ってるかしてて……」

「い、いや、夜はちゃんと寝たよ?」


 もちろんそういう問題でないことは理解している。

 まずい。いや、僕は別に問題ない。天使ボディは僅かな休息で万全のコンディションを維持できるし、物心ついた時からそうなのでメンタルも慣れている。


 けど、ノキアはそうではない。


「トゥーラ、ごめん。行くところができた」

「はい。その、ごゆっくり、してください」


 それはちょっと違わないかな。



 ◇



「ノキア、もう起きてる?」


 船室の扉をノックすると、「ひゃい!?」みたいな返事とドタバタと走りまわる音がした。

 数分して扉が開かれると、いつもの装いのノキアが顔を見せた。

 雪のような銀髪もきれいにセットされている。けど、寝癖がひどいことを僕は知っている。

 勢いのままに来るべきではなかっただろうか。


「おはようございます、メイル。なにか問題ですか?」

「……」


 僕は思わずノキアを抱きしめていた。

 少し冷たい朝の体温を感じる。

 ああ、こんな細い身体で文句も言わずに旅について来てくれたのか……。


「ななななな、ど、どうしたんですか、メイル!?」

「ごめん、ノキア。僕が間違ってた」

「ええええ!?」


 反省しなければならない。

 僕は彼女が世間知らずなのをいいことにあまりに好き勝手振る舞っていた。



 ――ここ5年ほど、僕は「休み」をとったことがなかった。




「というわけで、今日はお休みの日です」


 カーレの皆さんの好奇の視線に耐えられなくなったノキアに船室へ引っ張り込まれた後、僕はそう宣言した。

 あまりにも遅い宣言だった。

 思えばこの数カ月、雨宿りした二日を除いてずっと旅を続けていた。

 都市での宿泊も最低限。いくら天使ボディが頑強とはいえ、あまりにもオーバーペースだ。


「ちょうど安息日だしね。寄港の予定もないし、最低限の警戒だけしておいて」

「それはいいのですが、お休みってなにをすれば、ああああ泣かないで、メイル」


 泣いてない。偉そうな顔してスケジュールひとつまともに組めない僕に泣く資格などない。

 しかし実際問題、休みってなにをすればいいのだろうか。

 孤児院ではそんな余裕はなかったというか、安息日はむしろ稼ぎ時だった。


「一般的には、溜まった家事を片付けたり、仕事をしているとできないことをするんだと思う」

「どちらも特にないですね。洗濯物も昨日干してしまいましたし」

「なら、あとは休むだけだ。疲労は気付かないうちに蓄積していて、ふとした時に表出するんだ」

「……」

「うん。お前が言うなって話だよね」

「そこまでは思っていません」


 フォローしたいけどさすがに無理という表情をノキアは浮かべた。

 言い訳をしておくと、この世界だとあまり休日は意識されない。

 雨が降れば諸々の対策だけしてあとは休みだし、晴れていれば安息日だろうと畑の世話はする。

 晴耕雨読と言えば聞こえはいいけど、天候に大きく左右される生活だった。定期的な休日をとれるのは鍛冶師のような都市内で完結した専業くらいだ。


「まあ、今日はおとなしく部屋で休むよ」

「それなら、少しお話しませんか?」


 そう言って、ノキアは腰かけているベッドをぽんぽんと叩いた。

 断る理由もないので、彼女の隣に座る。

 ぎしりと軋むベッドは、かすかにチャンダナの香りがした。


「なんの話をする?」

「これからのことです。ランガに着いたらメイルはどうするおつもりですか?」

「そうだね……フィアにも聞いたけど、ランガでは義勇兵をいくつかの団に分けて運用しているらしい。心当たりのある名前もあったし、まずはそこに当たってみようと思う」


 開拓最前線を支える都市ランガでは、冒険者は屯田兵のような扱いらしい。

 普通の兵隊と違うのは、相手が魔物であることと、開拓のための拠点を敷設することも仕事に含まれていることか。

 そういう状況なら“昇華”は使い道も多いし、配属先に困ることはないだろう。


「基本的には最前線に行くことになるね。魔人とかいう魔物もいるらしいし、人化する魔物を探すにも都合がいい。だから――」

「わたしはランガに残されるんですか?」


 視界の端をふわりと銀髪がよぎる。

 ノキアは下から覗きこむようにして、顔を寄せた。

 前髪に隠された右目の奥で翼を模した模様が潤んでいる。


「……気付いてたんだ」

「最近はずいぶん対人戦の訓練が多かったですし、もしかしたらと」

「……ランガには亜人の流入も多い。ノキアなら紛れることができると思う」


 天使の気配はフェンラスさんが一目見てわかるくらいには人間と異なる。

 けど、開拓地に来る人なんてそもそもが訳アリの人ばかりだ。いちいち気にしてられないだろう。

 飛べもしないのに粘土の翼が生えている僕はそうもいかないけど、ノキアが普通に生活する分には問題ない環境だ。

 最善は人化できる魔物を“昇華”して装備することだけど、次善の案としては悪くない。


「僕もちょくちょく戻るし、ノキアがひとりだちするまでは――」

「メイル」


 けれど、日頃、自己主張の少ないノキアは珍しく強い口調で遮った。


「あなたはわたしを大事にしすぎです」

「いや、そんなことはないと思う、よ?」

「あります。せっかく丈夫に作ってくれたのですから、もっと頼ってください。メイルにはまだまだ及びませんが、わたしにもできることがあるはずです」


 ふんす、と胸を叩いて主張するノキアは背伸びしたがりの子供のようだ。

 ちょっと可愛くて、思わず笑ってしまった。


「ノキアが足手まといだと思ったことはないよ」

「でしたら、開拓地にも連れて行ってください…………お願いですから、おいていかないで」

「ん、ごめん」

「わかっていただけたなら、いいのです」


 ノキアは微笑み、それからふっと悪戯っ子のような表情になって僕の袖を引いた。

 逆らわずにいると、そのままこてん、とノキアの膝の上に頭を載せられてしまった。


「メイルはひとりにすると休みそうにないので、こうします」

「ノキアが休めないじゃん」

「いえ、やすらぎます、とても」

「そ、そう?」

「はい。せっかくですから耳かきもしましょう」

「……」


 恥ずかしいけど、ノキアが楽しそうなので止めてとも言い難い。

 諦めて体から力を抜くと、体の奥から眠気が湧いてきた。

 そういえば、ちゃんと眠るのっていつ以来だったかな。

 やっぱり休みはちゃんととらな、いと、だ、め――――。



 ◇






「ノキア、さん。お洗濯、乾いたの、持って来ました」

「ありがとうございます、トゥーラさん。今ちょっと動けないのでそこに置いておいてください」

「はい。……ふふ、安心しきって、ます、ね」

「そうですね。いいお休みになりました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ