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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<3章:異郷の人々>
41/99

 意外と言えば意外なことに、この世界で賭博は神事に分類される。

 勝敗のわからない「偶然」は神の領分だからだという。

 なので、正式な賭博は神殿のお膝下で行われる。

 プレイヤーは神官に公正な審判をしてもらえて、神殿は胴元やって儲かるというウィンウィンな制度だ。

 奉じる神様によるけど、神官は誠実さも売り物だからそうそうアコギな真似はしない。

 都市によっては、武闘大会を派手に開催している教会もあるとかないとか聞く。


 というわけで、今回の賭け試合はヴァルナス神殿の練兵場を借りた。

 神官戦士が鍛錬に使うという練兵場は神殿にほど近い場所にあった。

 広さは学校のグラウンドほど。誤射防止用なのか、矢の刺さった形跡のある石壁に囲まれているのが特徴だ。

 地面は踏み固められていて、小石のひとつもない。普段利用している人たちの熱心さと几帳面さが窺える。小細工は難しそうだ。

 体をほぐしながら周囲に視線をやる。

 胴元と思しき神官の他にはイズミさんや他の新人冒険者たち、そして心配そうな表情のノキアと目が合う。


「怪我しないでくださいね、メイル」

「気をつける。ところで、ノキアはどっちに賭けた?」

「お小遣いは全額メイルに賭けました」

「よろしい」


 ふんす、と薄い胸を精一杯張るノキアにちょっと和む。

 ノキアのお小遣いのためにも頑張ろう。

 “人喰い(カルニバス)”を使わずにセキさんに勝つ。必ず勝つ。


 七メートルほどの距離を取って向かい合う。

 セキさんは使いこまれた板金鎧を纏い、背中に弁慶もかくやと言わんばかりに武器を搭載している。

 正面から見える限りで、剣、盾、槍、弓、戦鎚、鎖鎌等々。

 ドワーフの祖神でもあるヴァルナスは、本気になると腕が六本になってそれぞれに違う武器を持つと言われている。こんなノリでフェネクスを追い詰めたのだろうか。心なしかフェネクスの外套も震えている気がする。こわい。


「……準備はいいか?」

「あ、はい。いつでも大丈夫です」


 さておき。

 冒険者業界は荒っぽい上に実力社会なので、賭け試合に関わる機会はよくある。

 依頼がバッティングした時とか、討伐対象の取り合いになった時とか、僕も何度か経験した。

 けど、明確な格上とやるのは初めてだ。

 一応、勝ち筋はいくつか考えてきた。

 フルアーマーセキさんの実力が不明だからぶっつけ本番だけど、勝てるイメージは持ってきた。

 初見殺しっぷりではこっちだってかなりのものだ。やってやれないことはない、ハズだ。がんばろう。


「……イズミ」


 兜の面頬を下ろしたセキさんがくぐもった声を発する。

 応じて、イズミさんが五指を揃えて片手を挙げる。

 大きく息を吸って、意識を集中させる。


「この一戦を我らが祖神ヴァルナスに捧げる。――始め!!」

「――“昇華”!!」


 開始の合図と同時に、僕は後ろに下がりつつ、黄金の紋章の灯った右手を地面に叩きつけた。

 イメージは【粉塵】。

 十メートル四方の地面を範囲として、その表面を土煙にして巻きあげる。

 即席の目くらまし。設置技は基本。まずは視界を封じる。


 直後に、土煙を貫いて顔面を狙ってきた矢を裏拳で弾き飛ばした。


 ジン、と手の甲に痺れが走る。

 いつのまにか弓を構えていたらしい。防げたのは半分まぐれ、半分は訓練の成果だ。

 けど、今度はこっちの番だ。

 立ち位置を変え、もう一度地面に右手を叩きつける。

 昇華。イメージは【石柱】。

 応じて、黄金の光が地面をごりごりと吸い上げて、長さ十メートルのぶっとい柱を生成した。

 これをどう使うのか? ――もちろん、殴るのに使う。


「――どっせえええええい!!」


 両足を踏ん張り、鷲掴みした柱を地面と平行にフルスイング。

 ぶん、と野太い風切り音を残して土煙が吹き飛んでいく。

 カルニ直伝の石柱ホームラン。

 間合いが離れている初手だからこそ用意できる大技。

 そして、ファウナ先生をノックダウンさせた因縁の技でもある。

 つまり、それだけ格上相手にも効果が見こめるということ。狙わない手はない。


 天使腕力でいい感じに石柱を振り抜く。

 ゴン、と鈍い当たり。先端に手応えあり。

 けど、同時に石柱も砕けた――否、これは砕かれたのか。


 殆ど直感で視線を下に向ける。

 そこに、石柱を掻い潜るようにして接近したセキさんがいた。

 手には戦鎚。石柱を砕いて躱したのか。

 速過ぎる。視界を奪った上での奇襲範囲攻撃だったのに、完全に対応されている。


 けど、ここまでは想定の範囲内。

 本番はここから。ここから詰めにもっていく。

 相手はドワーフのウェポンマスター。

 その手に武器がある以上、奇策のひとつふたつで勝てるとは思っていない


 石柱を投げ捨て、下方から迫る戦鎚の嘴を全力で蹴り上げる。

 勢いよく弾かれた戦鎚が遥か上空へ吹っ飛んでいく。

 その時にはすでに、セキさんは鉄剣に持ち替えていた。

 この至近距離において、天使動体視力に見逃しはない。

 ただ、息を吸うかのように自然に持ち替えられたために、反応が遅れた。たったこれだけの動きにどれだけの鍛錬を重ねてきたのか、驚くばかりだ。


 即座に打ち込まれる鉄剣を抜剣したカルニで迎撃する。

 一発、二発、三発。甲高い刃鳴りが連続する。

 身体能力の差から、幾度かはこちらの手数が上回る。

 けれど、そのどれもが掠るだけか、鎧の堅い部分で受けとめられる。

 これも予想通り。

 この七日間でお互いの剣術はほぼ見切っている。

 どこまでいっても、尋常な斬り合いなら互角。

 あとは、手札の切り方で勝負が決まる。


「……フィンラスさんに会っておいて正解だったかな」


 おかげで、人前でも心おきなく全力を出せる。

 苦笑しつつ、リーチと上背の差を利用してセキさんの鉄剣を上から押さえこむ。

 束の間の均衡。

 絡み合った剣と剣を隔てて、兜に隠されたセキさんと視線を合わせる。


「セキさん」

「……なんだ?」

「本気でいきます。驚いてください」

「なに――」


 応えず、フェネクスの外套を操作。

 翼のように広がった裾をドーム状に展開して、諸共に包み込む。


「――“炎命(イグニス)”!!」


 直後に着火。

 急速生成された大量の炎が爆発じみた勢いで膨張する。

 爆発。

 ドンッとくぐもった大音量が大気を震わせる。

 外套に周囲を覆われたセキさんに逃げ場はない。

 新人たちが唖然としている気配がするけど勝利のため故、致し方なし。


 “炎命”には生成と操作を同時にできない欠点がある。

 だから、逆に考えた。操作しなくていいや、と。

 すなわち、逃げ場を封じた密閉空間で、生成に集中し、爆発的な火力で焼き尽くす自爆殺法。

 もちろん“炎命”の付随効果で僕にダメージはない。

 完璧だ。完璧な作戦だ――――!!



「……驚いた。その外套は聖遺物か」



 か、完璧な作戦だったハズなんだけどな……。

 操作を放棄した残り火が瞬く間に消えていく中、セキさんは伏せた体勢からむくりと起き上がった。

 左手にはいつのまにか盾が握られている。

 爆発を受け流されたか。行動不能になるほどのダメージは与えられなかったようだ。

 外套の操作はおろか“炎命”だって訓練では見せなかったんだけど……この状況判断能力と思い切りの良さがベテラン冒険者か。


「次は……何を見せてくれるのだ?」

「なんでちょっと嬉しそうなんですかやだー!?」


 悲鳴を漏らしつつ、カルニ片手に距離を詰める。

 一挙動で弓に持ち替えるセキさん相手に、下手に間合いを離すのは悪手だ。

 自爆殺法が効かなかった以上、接近戦で勝つしかない。

 それに、()()()()()()()。重要なのは位置取りだ。


 迎撃に放たれた鎖鎌を掴み、天使腕力任せに奪い、投げ捨てる。

 続けざまに迫る槍の穂先を潜り抜け、剣の間合いに踏み入る。

 瞬時の持ち替え。

 直後に襲いかかってくる鉄剣の切り下ろしを、斜めに構えたカルニで凌ぐ。


「――ッ、ぐっ!!」


 左手に痺れが走る。

 こちらがカルニを片手持ちしているということもある。

 が、それにしても重い。撃ちこまれる衝撃で足が地面に沈む。

 それでも強引に足を進ませる。剣の間合いを越えて、拳の間合いへ――――。


「――“昇華”!!」


 この戦闘中、何度も口にした掛け声にセキさんは機敏に反応する。

 一瞬で槍に持ち替え、刃圏を支配しつつ距離をとる。

 こちらの狙いが鎧砕きにあると見切ったのだろう。

 下方からしなるように伸びた槍柄に、右手をかち上げられる。

 みしり、と右腕が軋む。ヒビくらいは入ったかもしれない。

 構わず、反撃に振るったカルニで槍を叩き折る。


「……む」


 瞬間、失敗を悟ったのはセキさんの方だった。

 この状況、無理攻めした僕が、槍を犠牲に凌がれたように見えるだろう。

 けれども、実際はそうではない。そのことを僕たちは互いに理解している。


 “昇華”はブラフだ。


 かち上げられ、天に向いた僕の右腕は、狙い通り落ちてきたセキさんの戦鎚を掴んでいる。


「――――」

「――――」


 かちり、と兜に隠された視線と噛み合う。

 この瞬間、槍を折られたセキさんは武器を持ち替えようとしている途中だ。

 対する僕は戦鎚を掴んだままに振り下ろすだけでいい。


 正直なところ、セキさんの技量なら折れた槍でもこの一撃を凌げた。

 けれども、彼は武器の持ち替えを優先した。

 攻勢よりも守勢を重視する戦術。

 こちらの攻撃の手が尽きた間に、自身を十全の状態に持ち直そうとする()()だ。

 たしかに、そうした方が後々の展開は有利になる。

 だけど、そうとわかっているなら、それは付け入る隙になる。


 戦術選択のクセ、得意とする戦い方にこそ穴がある。


 この七日間で学んだ術理を握りしめて、僕は戦鎚を振り下ろした。



 ◇



 夕日が踏み固められた地面に長い影を投げかける。

 遠くで炊煙があがり、様々な料理の匂いが風に吹かれて漂ってくる。

 賭け試合が終わり、みんなが解散した後も、僕はセキさんと練兵場に残っていた。

 何か言いたそうな雰囲気だったからだ。

 この寡黙なドワーフとの付き合い方も七日間で随分と心得てきた。


「……約束の品だ」


 ようやく声を発したセキさんは、どこからともなく黒い手甲を取り出した。

 一対のそれは、二の腕から肘辺りまでを守るような構造だった。

 受け取ってみると、薄い鱗を何枚も重ねた作りになっているのがわかる。かなり大型の魔物に由来するらしく、鱗の一枚一枚が大人の掌ほどもある。


「“ブラインダー”という。……ここで着けていくか?」

「あ、はい。お願いします」


 セキさんに教えて貰いつつ、両腕に装備する。

 うまいこと重量が分散されているのか、ほとんど重さを感じない。肘の可動も一切阻害していないし、匠の技を感じる。

 ただ、肩から肘までしか覆わないものを、果たして手甲と言うのだろうか。

 疑問が顔に出ていたのか、セキさんは無言で手甲の内側を指差した。

 指示通りに肘をくいっと捻って内側から押し込む。


 途端に、カシャンと音を立てて鱗が展開して手の甲までを覆った。

 オーバーガードとか護拳とか呼ばれる形状だ。


「…………」


 逆側に捻ると展開した鱗が収納されて肘当てに戻る。


「………………」


 カシャン、カシャン、カシャン、カシャン、カシャン。

 カシャン、カシャン、カシャン、カシャン、カシャン。


「……なんと」


 まさかまさかのカラクリ仕掛けだった。なんという浪漫装備。

 何度も展開と収納を繰り返して、ようやく驚きに硬直していた思考が現実に追いついてきた。


「か、かっこいい……!!」

「うむ」

「なんですかこれ!? どうやって動いてるんですか!?」


 詰め寄るように問い詰めると、セキさんは心なしか誇らしげな表情で髭を揺らした。


「……ある種のドラゴンは、ブレスを吐く際に目を保護するための“動く鱗”を持っている。ブラインダーという名前もそれにちなんだものだ」

「なるほど。それを模した機構ですか」

「いや、それそのものだ」

「――――は?」


 ドラゴン、そのもの……?


「この手甲には、ドラゴンの鱗と腱がそのまま用いられている。彼奴等の遺骸には魔技が効かぬ故、すべて手作業で作り上げた。……ワシの弟の生涯最高の作品だ」

「ちょ、そんな貴重なものいただけませんよ!?」

「いや……お前に持って行ってほしい。神に親しむお前の技にこそふさわしい。弟も本望だろう」


 数瞬、言葉に詰まる。

 セキさんの口調はわずかな感傷と寂寞を感じさせるものだった。


「弟さんは、その……?」

「長く生きていれば、そういうこともある」


 言外に亡くなっていることを告げて、セキさんは寂しそうに笑った。


「……お前はワシのようにはなるな」


 そう言って、セキさんは右の掌を晒した。

 はっと息を呑む。

 そこには無数の古傷と、焼け爛れてケロイド状になった痕がくっきりと残っていた。

 現役時代にどういう戦い方をしていたのか、どれだけ鎧砕きに重きを置いていたのか、はっきりとわかる。


 そうだ。思い返せば、僕はセキさんが魔技を使ったところを見たことがない。

 ここまで損傷がひどいと、もしかしたら――――。


 そこまで考えて、僕はかぶりを振った。

 ノキアの時とは違う。奥さんと平穏に暮らしている彼に余計なお節介を焼くものではない。


「セキさんも鎧砕きを使ってたんですね」

「ああ、誇りだった。だが――ドラゴンには効かなかった」

「……」


 掌、すなわち手の内は雄弁だ。

 手の内を明かすという言葉の通り、そこを見ればどんな武器を、あるいはどんな技を使うかわかってしまう。

 この七日間で、セキさんが掌を見せたことはなかった。

 それを、自分が甚大な不利益を被るリスクを負ってでも、見せてくれた意味を噛み締める。

 天使ボディは丈夫だ。けれども、それは無敵を意味するわけではない。

 傷つくときは傷つくし、死ぬときは死ぬ。厳然たる事実を心に刻む。


「ありがとうございます。教わったこと、決して無駄にはしません」

「ああ、それでいい。……達者でな」


 差し出された手を取って、握手を交わす。

 それが寡黙なドワーフの心からの言葉だと、今ならわかる。


 そうして、僕らの七日間は終わった。


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