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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<2章:銀色の少女>
34/99

12

「――メイルッ!!」


 やって来た“援軍”のうち、先頭を走っていた男性が声を張り上げる。

 降りしきる雨音にも負けない大声で、というか完全に怒声だこれ!?


「テメエ、まともに依頼内容言わずに金貨だけ置いていくとは何事だ!! あとぶち抜いた壁の修理費もちゃんと出せ!!」

「ごめんなさい!!」


 僕は初手謝罪した。

 なんというか、ヴァナールに来てから頭を下げる機会がすごく多い気がする。

 けれど、嫌な気分ではない。むしろ清々しいくらいだ。


「でも、依頼をうけてくれてありがとうございます、サルヴァ」

「代金を受け取っちまったからな」


 頭に巻いたバンダナをしとどに濡らしたまま、鋭い目の冒険者は照れたようにそっぽを向いた。

 一流の冒険者はひとたび依頼を受けると決めたなら、決して投げだすことはない。

 かつてヴァーズェニトの酒場でおっちゃんたちに聞いた話は本当だったのだ。


「まったく頭のおかしい依頼だぜ。岩山に置いてある荷車を火山まで運んで来いだと?

 正直な話、雨降ってるのが見えなきゃ手下どもが逃げ出してたぞ」

「ですよね」


 思わず苦笑する。

 ここに来る前、僕はヴァナールを通った際に黒ヤギ亭で依頼を出した。

 いや、依頼と言うのも恥ずかしいくらいだ。サルヴァに二、三言付けて金貨押し付けて、そのままこっちに急行したのだ。

 減速する手間が惜しくて酒場の壁もぶち抜いてしまったし、まだまだ頭を下げる機会には事欠かなそうだ。

 来てくれるかは半ば以上賭けだった。他人の善意をアテにした策とは言えない策だ。

 それでも、彼らは来てくれた。フェネクスの目覚めるこの夜に、この死地に来てくれたのだ。


「遅くなって悪かったな。馬が怯えて使いモンにならないもんだから、人力で運ぶしかなかったんだ」

「いいえ。僕も正直、望み薄だとは思ってました」

「そうかい。――で、フェネクスは倒せるのか? お前は言ったな、「不死鳥を倒す道具を運んでくれ」って。そう依頼したよな?」


 サルヴァは天をつく神話の威容を見上げて、しかし、恐れることなく問うた。


「この夜でフェネクスを倒せるんだな? 己の無力さに憤る日々が終わるんだな?

 ――もう誰も、生贄にならなくていいんだな!?」

「――ッ!!」


 サルヴァの血を吐くような問いかけに、ノキアが驚いた表情を見せた。

 岩屋に籠っていた彼女は知らないだろう。

 僕は、初めて会った時のサルヴァの表情を覚えていた。

 自分たちの力不足を嘆く顔を忘れてなかった。

 だから彼に依頼した。

 誰も彼もが犠牲を許容していたわけではないと、そう信じられた。


「終わらせてみせます、必ず」


 だから、自信をもって告げて、サルヴァの手下たちが地面に置いた荷車の蓋を引っぺがす。

 サルヴァたちに運んでもらったのは、僕がこの四日間で作ったまま岩山に置いてきた冷凍爆弾の在庫だ。


 驚くなかれ、その数なんと二千個。


 おかげで、馬車みたいな車輪付きクーラーボックスまで作らなきゃいけなかった。

 天使精神力が枯渇するまでひたすら作り続けた甲斐もあったというものだ。


「こいつは毒かなにかか?」

「フェネクスにとっての、ですけどね。効果があることは既に確かめてます」

「投げつけるだけでいいのか?」

「おや、やる気ですか」

「大物狩りの機会を逃しちゃ冒険者の名折れだ。手伝ってやるよ」


 にやり、と歯を剥いてサルヴァは笑い、手下たちに指示を出し始めた。


「メイル様、私も助力いたします。手は多い方がいいでしょう?」


 そのとき、体を引きずるようにしてやって来たクランさんが毅然として告げた。

 ふらつく体を咄嗟に駆け寄ったノキアが支える。


「クランさん、でも、その火傷じゃ……」

「ご心配なく。痛みには慣れています」


 そう言って、クランさんは腕に“強化(ヴィス)”の紋章を輝かせた。


「クラン」

「ノキア様、今は言葉は必要ありません。お互いにできることをしましょう」

「……うん!!」


 一瞬、雨にまぎれてノキアの頬を雫が流れ落ちる。

 けれども、彼女はそれを袖で拭い、こちらにまっすぐに視線を向けた。


「メイル、あなたはその右手でフェネクスを倒す気ですね?」

「そうなるね。あいつを弱らせた上でこの右手が触れれば、僕らの勝ちだ」

「わかりました」


 彼女のかんばせは、幼くとも戦士の貌だった。


「――でしたら、わたしにも手伝えることがあります」



 ◇



「野郎ども、気張れよ!! オレたちで神話をぶっ倒すんだ!!」

「女もいますよ、サルヴァ様」

「……淑女も気張れ!! 今夜で決着をつけるんだ!! いくぞ!!」


 声も高らかに、サルヴァたちが冷凍爆弾を投げ放つ。

 彼らの投擲技術は高い。冒険者にとっては、それが実力を測るバロメーターだからだ。

 ひとつとしてフェネクスを外れるものはない。


『――KRRRRRFFFFFッ!!』


 対する不死鳥は体中を穴だらけにされながら、怯むことなく十六翼を振るい、炎弾を放つ。

 降りしきる雨の中でなお燃え盛る無数の炎弾が迫る。

 けれども、それは悪手だ。


「――逆巻け」


 ノキアが告げると同時、地面にできた水たまりが噴き上がる。

 水のカーテンに呑み込まれたちゃちな炎弾はじゅっと音を立てて消えていく。

 その間も雨は降り続け、サルヴァたちによる投擲は続いている。

 炎の操作と生成を同時に行えないフェネクスにとってはジリ貧の状況だろう。

 無論、立て直す暇は与えない。

 削れていく炎翼は残り十四。その全てが尽きた時がフェネクスが敗北する時だ。


 と、そのとき、フェネクスの翼のうち二翼が渦を巻いて嘴に呑み込まれた。

 おそらく、先ほど撃ってきた火炎放射の予兆だ。

 一度防がれたというのに剛毅なことだ。


「強力な攻撃が来ます!! みんな集まって!!」


 指示を出しつつ、昇華で岩壁を生成する。

 十メートル四方の立方体。現状で僕が作れる最大級の物体。

 熱を防ぐにはやはり分厚さが最も適している。


「手伝います」


 隣に駆け寄ってきたノキアが手を振ると降りしきる雨のいくらかが岩壁の前に集まってきた。

 局所的集中豪雨というか、殆ど滝の勢いだ。

 随分と器用な真似をする。あるいは、魔技を使えなかったからこそ、その使い方をずっと想像していたのか。

 魔技の根幹はイメージの確立にある。であれば、ノキアは今、誰よりも“水冠(アクア)”の使い方に長けているのかもしれない。


 全員が岩壁の後ろに退避したのと前後して、フェネクスが火炎放射を放ってきた。

 雨のヴェールを突き破り、直撃した岩壁が真っ赤に燃えて融けていく。

 相変わらず凄まじい熱だ。岩壁の後ろにいるのに濡れた全身が瞬く間に乾ききっていく。

 もうもうとたちこめる水蒸気も、火炎放射の赤色をいささかも減じることはできない。


 そのとき、フェネクスがさらに二翼を呑みこんだ。

 間をおかず、火炎放射が赤色から白色に変じた。

 燃料を足して温度を上げてきたらしい。

 それでも自慢の岩壁は耐える。

 業を煮やしたのか、フェネクスはさらに四翼を呑み込んだ。

 文字通りの出血大サービスだ。

 炎の色は、白からさらに青色へと変化した。

 これにはさすがの岩壁を耐えられなかったのか、直撃した面から凄まじい速度で融解していった。

 だけど、そっちがその気なら、こっちにも考えがある。


「――“昇華”!!」


 熱したバターのように融けていく岩壁に右手を叩きつける。

 こうは考えられないだろうか。

 今、この岩壁とフェネクスは火炎放射で繋がっていると。


 すなわち、ひとつの物体だと。


 合成昇華。

 殆ど自己暗示じみたイメージを脳裡に叩き込み、こっちから向こうまでを一気に鉄に変える。

 岩壁が即座に鉄に変化し、火炎放射もまた接触面から遡るように鉄の橋に変わっていく。


 やったか、と正直思った。


 だけど、あと少しで嘴が鉄化するというぎりぎりのところでフェネクスは火炎放射を中断した。

 惜しい。けど、炎翼を六枚まで削った。

 押し切るなら、ここだ。


「一気にケリをつけます。残った翼を重点的に狙ってください!!」

「了解!!」


 威勢のいい返事を耳にしつつ、僕はカルニを背中に戻し、右手に火炎窮鼠の外套を巻きつける。

 これで準備は完了だ。

 ノキアに向き直り、ぴんと人さし指を天に向ける。

 勝負の決め手は僕たちだ。冷凍爆弾の在庫もすごい勢いで減っている。失敗は許されない。


「ぶっつけ本番だけど、いける?」

「あなたと一緒なら」


 嬉しいことを言って、ノキアは右目を隠していた前髪をかきあげた。

 空色の瞳の中で、翼の紋様が輝く。


 やりすぎることに定評のある僕と詫びチートだけど、もちろん今回もやらかしている。

 すなわち、“二重魔技(デュオスマギ)”。

 僕はノキアを人間(ニンゲン)天翼人(ウィリス)の両方の魔技を使える存在にした。

 自身を昇華した時と同じだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 お手本はいつも背中に背負っている。真似するのは難しくはなかった。

 これまでの半生で魔技を使えなかったのだから、これからの人生では二倍使えたっていいだろう。誰にも文句は言わせない。


 天翼人は空神アリアルドに連なる翼持つ亜人だ。

 けれど、彼らは天使さんのように翼を生体器官として持っている訳ではない。


 ――身体拡張系魔技“天翼(ウィル)”。それこそが彼らの翼だ。


 ノキアの肩甲骨を中心にもうひとつの紋章が光り輝く。

 銀の光。“水冠”に劣らない眩い光が装束の背中を突き破る。


 それは、まさしく翼だった。

 紋章が形作る一対の銀翼。

 僕の背中の粘土の翼とは比較にならないほど大きく、優雅な翼。


 これなら空を飛べると確信する。



「おいで」


 手を差し伸べると、ノキアはちょっと恥ずかしそうな顔でおずおずと抱きついてきた。

 首に両手が回されるのを確認して、彼女の細い腰を抱き上げる。


「しっかり掴まっててね」

「それは、こちらのセリフです」


 言って、ノキアは大きく翼を羽ばたかせた。

 ふわりと足元が浮き上がる。


 直後、弾丸のように僕らは飛びだした。

 フェネクスの下へ、真っ直ぐに飛翔する。

 見れば、不死鳥は残る翼を三翼まで減らしている。サルヴァたちは見事な働きをしてくれた。

 次は、僕たちの番だ。


「――く、あ、あああああぁぁぁぁぁっ!!」


 恐怖を振り切るようにノキアが叫び、翼を打って加速する。

 火の海と降りしきる雨の間を凄まじい速度で駆け抜ける。

 これが“天翼”の魔技。まるで重力から解き放たれたかのような飛翔だ。


 そのとき、フェネクスが残る三翼を一挙に呑み込んで、口腔に炎を充填した。

 本能かあるいは知能で、ここが勝負の分かれ目だと理解しているのだろう。

 だから――


「――いけ、カルニ!!」

『ヒャッハー!!』


 僕は背中のカルニを抜きざまに投げ放った。

 ぼっと空気の壁を突き破る音をたててカルニは飛翔し、過たずフェネクスの顔面をぶち抜いた。

 並の武器では近付いただけで融解してしまうけど、カルニなら余裕で耐えられる。

 もっとも、完全に貫通したというのに、フェネクスは数秒で頭部を完全に再生させてしまう。これだから高位の魔物は度し難い。

 だけど、その数秒が欲しかった。

 フェネクスが頭部を再生させた時には既に、僕の右手は外套越しにその胴体に触れていた。


「――ノキア!!」

「はいっ!!」


 腕の中でノキアがぐっと背を反らし、地面を叩くように翼を打った。

 応じて、僕らはフェネクスを持ち上げるようにして夜空へと上昇した。

 空へ、空へ、空へ――――!!


 賭けの部分はあった。

 もしもフェネクスが持ち上げられないほどの重さであれば、分の悪い勝負になっただろう。

 けれども、そうはならないと予想していた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。重量はないに等しいとみた。

 予想は当たっていた。片手で持ち上げたフェネクスに重さは感じられない。

 ノキアの“天翼”も絶好調で、夜空の底に落ちていくような速度で飛昇する。


 それでも、余裕があるとは言えない。

 間近で触れるフェネクスは熱い。もはや痛みすら感じないほどに熱い。体中の水分がもっていかれるようだ。

 ノキアがバリアのように周囲に水を張ってくれているけど、それも凄まじい勢いで蒸発している。

 長くはもたない。

 だけど、それは敵も同じだ。


「お前の縄張りは火山を中心に半径三キロ。じゃあ、()()()()()()?」


 元々は自分に二度目の昇華をかけて、この形にもっていくつもりだった。

 鳥っぽいくせに飛べないフェネクスに、空の縄張りなんて必要ないだろう。

 なにせ、空の上には炎はおろか、燃えるものすら、なにもない。

 散々に雨に打たれ、翼をもがれ、纏う炎すら小さくなった今。

 高度を増すほどに、縄張りから離れるほどに、大気が薄くなるほどに、フェネクスは弱体化していく。


「決着をつけましょう、フェネクス、不死の赤――わたしの死」


 一瞬、ノキアが泣きそうな表情になり、それでも涙を堪えてフェネクスを睨みつけた。

 不死の魔物が怯んだように見えたのは、はたして気のせいだったのだろうか。

 それでも構わない。

 やるべきことは変わらない。

 この刹那に全てを賭ける。


「――“昇華”!!」


 息を吸うことすら辛い空のてっぺんで、僕は紋章を起動する。

 イメージは【外套になれ】。

 応じて、右手に巻きつけた火炎窮鼠の外套にフェネクスの巨体が巻き取られていく。


『――KRRFFッ!! KRRRRRFFFFFッ!!』


 徐々に小さくなっていく不死鳥が、甲高くいななく。

 最後のあがきとばかりに、燃え盛る炎が夜空を焼き尽くす。


「――消えろおおおおおおおおッ!!」


 残り少ない呼気を咆哮に変えて、気合と共にフェネクスを握り潰す。

 それがトドメになった。

 長く、長く慟哭の尾を曳いて、不死鳥は外套に呑み込まれた。




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