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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<1章:孤児院の天使>
3/99

「じゃあ、いってきます」


 週が明けて、今日は月曜日。戦闘訓練はお休みで、僕は外出日。

 ファウナ先生は子供たちに勉強を教えていて、リタも弟妹たちの選抜部隊を連れて買い物。

 ひとりで行動するのは僕だけなので、やや後ろめたいけど――


「このよく似た二つのベリーですが、片方のお皿には“毒”、もう片方には“薬”と書いてあります。どっちがどっちでしょう?」

「こっち!!」

「はい。よく考えずに選んだジェイクはそのまま食べてください」

「んぐっ……おえええええ!!」

「はい。文字が読めないとこうなるので、皆さんもちゃんと勉強しましょうね」


 先生は今日も先生だ。笑顔でえぐいことをする。

 ……ポイズンベリーは分類上は毒だけど、下剤にもなる薬だ。

 ただし、苦い。この世にこんな苦いものがあっていいのかと思うくらい苦い。

 おいしそうな見た目に騙されてはいけない。あと勧められたからといって毒を警戒しないのもいけない。学びの多い授業だ。

 まあ、ひとつふたつ食べたくらいでは子供でも影響はないから安心だ。すっごく苦いけど。


「あたしたちはまだお金を稼げない。だから、節約することに命を懸けるのよ!! 大事なのは愛想、そして目利き!! いいわね!!」

「はい、リタおねーちゃん!」

「返事が小さい!!」

「はいっ!!」

「愛想よく!!」

「てんしゅさんは今日もすてきですね!!」

「よし、出発よ!!」


 ……うん、買い物もリタに任せておいて大丈夫だろう。頼もしい限りだ。


 そんなわけで、僕はひとりで――ひとりで!!街に繰り出す。

 まだまだ短い足をせかせかと動かして、城壁近くにある孤児院から街の中心区画に向かう。

 歩くにつれて、徐々に古木のような匂いが薄れて、雑踏の醸し出す複雑な匂いにとって代わる。

 周囲を城壁に囲まれたこの都市はヴァーズェニトという。

 大雑把にいって大陸の北東部にある、辺境としては指折りの都市国家だという。

 実際、安定した耕作面積に、上下水道、エルフ図書館、その他文明的な生活に必要な設備がひと通り整っているのは事実であり、更なるド辺境から一発当てにくる人もそこそこいるらしい。

 実際、道行く人にも旅装姿の人や行商人が散見される。

 賑わうのはいいことだ。ついでにウチの教会兼孤児院への寄付が増えるとなおいい。


 さておき、今日の僕の外出目的だけど、もちろん遊びに来たわけじゃない。我らがサティレ孤児院にそんな余裕はない。

 目的地は冒険者の宿――の隣に併設されている鍛冶屋だ。

 勝手知ったるなんとやらで裏手から工房に入る。

 一歩中に入れば、工房内には用途不明の金属や魔物から採れた素材が吊るされ、壁際にはいくつもの武器鎧が物々しく立ち並んでいる。かなり異世界感の強い光景だ。


「こんにちはー!!!!」


 工房はごうごうと唸る炉のおかげでかなり騒がしい。

 こちらも負けじと大声で挨拶すると、どうにか気付いてくれた鍛冶師のトーマスさんが手を止めて来てくれた。

 トーマスさんは耐熱性の前掛けをつけた四十代の大柄な男性だ。炉の火で焼けてしまったのか、つるっとした頭が特徴的だけど、腕は確かだ。なにせ都市公認の鍛冶師であり、その称号はこの地域一帯で最も武器防具の鍛冶に優れていることの証明なのだ。


「よう、メイル。いつものやつか?」

「はい。そろそろ溜まってる頃じゃないですか?」

「よくわかってるな。こっちだ」


 案内されたのはまさしく工房の隅の廃材置き場だ。

 折れた剣やら、製造の過程で出た端材やら。そのままでは到底使えそうにない、けれど捨てるには惜しい程度には貴重な廃材だ。


「造って欲しいモンはこっちの紙に書いておいた。余ったら好きに使え」

「ありがとうございます!」


 トーマスさんに愛想良く返事をして、僕は廃材の山の前に座り込み、意識を右手に集中させる。

 遅滞はない。五年前から幾度となく繰り返してきた予備動作だ。


「メイルさん、今日は何を作るの?」

「包丁」


 よし。リラックスするための一人芝居も済んだ。

 後ろでトーマスさんが噴いた気がするが、気のせいだ。トーマスさんは頑固で職人気質のおやっさんなのだ。

 ……真面目にやろう。

 励起した意識を、杯を傾けるように右手に注ぎ込む。

 すると、手の甲を中心に金色のラインが走り、幾何学的な紋様が浮かび上がってきた。

 俗に、紋章と呼ばれる“魔技”の発動状態だ。

 この状態を維持しつつ、半ばで折れた剣に指先を触れさせる。

 意識を集中し、脳の奥から望む結果を引き寄せる感覚を強く持つ。

 すると、硬い筈の鉄がぐにゃりと溶けて、徐々に包丁の形に変わっていく。

 何度見ても不思議な光景だが、これがこの世界の常識なのだ。


 ――この世界には“魔技マギ”と呼ばれる不思議な能力がある。


 前世の知識に当てはめると、魔技マギ魔法マジックであり、技術アーツであり、血の記憶(メモリー)である。

 手から炎を放つ、触れた鉄を剣に鍛えるといった目に見えるものから、計算が早くなるとか、電話のように遠方に声を届けるものとかもあり、魔技と一言でまとめてはいても千差万別だ。

 共通しているのは、『発動すると体のどこかに紋章が現れる』、『魔技の行使は精神力を消耗する』、そして『子供は両親のどちらかの魔技とその使い方を引き継ぐ』ことだ。

 だいたいの人は年齢が一桁のうちに自然と使えるようになるらしい。手紙を燃やす必要はないのだ。


 さておき、僕の魔技は“昇華(アセント)”という。

 人類史上、前例がないので専門家がありがたくも勝手に命名してくれた。

 そして、能力の解明はまだ途中だったりする。

 わかっていることは、『右手で触れたモノを変化させる』、『同じモノは二回までしか昇華できない』そして『昇華したモノは元に戻せない』、以上のみっつだけ。

 より詳しい性能については目下検証中で、こうして生活費の捻出を兼ねて廃材リサイクルに励んでいる訳である。

 ほんと、随分と扱いに困る詫びチートをくださったようで感謝するべきか、文句を言うべきか迷うところだ。せめて説明書が欲しかった。

 ただ、唯一(ユニーク)であることはかなりの利点だ。

 なにせ、検証結果を報告するだけで報奨金が貰える。天使(自称)がそこまで考えてこの魔技をくれたのなら、(自称)をとることもやぶさかではない。


 などなどと徒然に思考を転がしながらも、集中は薄皮一枚も欠かさない。

 “昇華”の発動は十歳児の拙い精神力をごりごり削っていく。

 のんびりやってノルマが終わらなかったら、こんな子供に仕事を回してくれたトーマスさんに申し訳が立たない。

 なので、折れた剣やら、元が何かわからない鉄塊まで、触れたものを次々と昇華させていく。

 指先に触れる感触はぐにゃりとして、湿った粘土に近い。

 この感覚は人それぞれらしい。僕は天使(自称)が粘土をこねていたイメージが強いのだろうと思う。


 昇華して出来あがるのは、包丁、ナイフ、火打金、鏃、バケツにフライパン等々。

 だいたいは旅人向けの商品なのは冒険者酒場付きの鍛冶屋ならではだろう。

 馴染みが薄かったり、イメージが難しそうなものは隣の棚に実物が置いてあるのでそこから逆算する。トーマスさんの心づかいが眩しい。

 仕事を回して貰うようになってから早三年。僕に何ができるのかはほぼ正確に見切られている。

 たとえば、今の僕では、厳密な寸法が求められるものや、内部構造が複雑なものはまだ難しい。

 今の僕では、だ。

 魔技は僕からすれば超常の異能にみえるけど、れっきとした技術でもある。

 だから、磨けばできることが増える。鍛えればそれだけ応えてくれる。

 僕がこうして仕事に熱中しているのも、お金が貰えるからというだけではないのだろう。


「終わりましたー!!!!」

「おう」


 余った廃材で潰しの利くナイフをいくつか試作し、頃合いを見計らって声をかける。

 やって来たトーマスさんは、ちらっと出来栄えを一瞥すると、長く息を吐いた。


「メイル、おめえの魔技は相変わらず常識外れだな」


 そう言って、トーマスさんは僕の作った道具類を順に並べていく。

 いつも通り、かみからしもへの品質順だ。ぱっと見ではどこに差があるのかわからない。

 彼の“鍛冶”(ファベル)の魔技も手で触れなきゃ効果を発揮しないから、これは純粋な目利きの差なのだろう。


「下の包丁、こいつはナマクラだ、刃がねえ。研がないと売り物にならねえし、それでも普段使いが精々だろう」

「はい……」

「けどな、一番上のナイフ。こいつはかなりの業物だ。このまま戦場に持って行っても使えるだろうよ。うちの棚に置いてもいい。どうする?」

「研究用にいただいていいですか? 代金は払いますから」

「そんなケチくさいことは言わねえよ。持って行け」


 トーマスさんは赤い紋章の輝く右手で残った廃材に触れると、あっという間に鉄鞘を作ってしまった。

 投げ渡されたそれは寸法もぴったり合っている。驚くような職人技だ。

 これが受け継がれてきた魔技なのだ。新米の見習いみたいな僕が言うのもおこがましいが、これは憧れる。


「メイル、代金代わりだ、よく聞け」

「は、はい!!」


 鞘に見惚れていると、トーマスさんが真剣な表情で僕を現実に引き戻した。

 慌ててナイフを鞘に納めてベルトに吊るし、居住まいを正す。


「普通、“鍛冶”とかの変質強化系でこんな上下の差はでねえ。イメージがしっかりしてりゃ、モノの出来はまっすぐに自分の技術を反映する。それか、そもそも行使できねえかだ。ドラゴンの骨なんかはオレも魔技が効かなかった」


 物作りのことになるとトーマスさんは饒舌だ。職人気質でとっつき辛いけど、話はすごく為になる。

 というか、ドラゴンの骨を扱ったことがあるのか。さすが都市公認鍛冶師だ。今度詳しく話を聞こう。


「だがな、おめえの魔技はちっと特殊だ」

「え、何かわかったんですか!?」

「応よ。この下の包丁な、元は素人が精錬した鉄だ。あまりに粗悪だったんで鍛える前から廃材行きよ」

「うわぁ。やっぱりそういうのあるんですね」

「魔技だって技術だ。鍛えねえと屑鉄よ。んで、そのナイフはオレが一年がかりで鍛えた上級鎧の端材だ」

「なるほど、素材の質の差ですか」

「相変わらず理解が早いな。その通りだ」


 おそらくトーマスさんは既に察しはついていたのだろう

 僕にわからないように粗悪な鉄を廃材っぽく偽装していたのがその証拠だ。

 しかし、素材の差が出来にも反映されるっていうのは不思議な話だ。というか、包丁作ろうとして刃がないのはかなりマズイだろう。

 “鍛冶”が金属や骨などの硬い物体にしか効果がないのに対して、僕の“昇華”は布や皮にも効果がある。手近にある物はだいたい試してみたけど、今のところ効かなかったものはない。

 なので、将来の進路として「リサイクルショップ」はかなり有力候補だったんだけど、世の中そううまくはいかないようだ。


「おめえはイメージはしっかりしてるし、覚えもいい。しっかり経験を積めばオレ以上の鍛冶になるだろう。

 ……世間知らずのおめえの為に言っとくが、一代でその域に至るってのはマジモンの天才だからな」

「!!」

「だが、鍛冶屋を開くとなれば話は別だ。精錬専門でいいから“鍛冶”の魔技を雇え。出来が安定しねえ鍛冶師は信用されない。おめえひとりじゃ無理だ」

「はい。ありがとうございます、トーマスさん」


 きちんと頭を下げる。トーマスさんの言葉は厳しいけれど、こちらを慮ったものだ。

 今、僕は十歳。もうすぐ十一歳だ。前世では早すぎるくらいだけど、こっちの世界ではそろそろ進路を決めないといけない時期だ。

 しかし、鍛冶屋は同業者必須、リサイクルショップも素材の厳選が必要となると、どうするかは迷うところだ。

 “昇華”の対象は広いけど、その効果は元の素材に左右される。

 かといって、高級素材で高級志向を狙っても現状では専門の魔技に劣る可能性が高い。

 そもそも高級素材は基本的に希少だから高級なのだ。そうなると、トーマスさんの言うところの「経験を積む」という部分がネックになる。

 親から継いだ知識もないから、どんな分野に活かせるかも自分で見つけないといけない。

 あと自分で言うのもなんだけど、センスはない。前世でも美術の成績は息してなかった。

 技術と知識、そして魔技を脈々と受け継いできた職人たちと競うには色々と力不足だ。


 僕はどこに向かえばいいのか。どう生きればいいのか。

 猶予は一年。それまでに決めなければならない。

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