幕間:人喰いの末路
オレの名前は“カルニ”。あいつがカルニと呼ぶからカルニだ。
たぶんオーガの中で一番強く、一番頭が良い男だ。なにせ他のオーガはどいつも頭がイカれてるからな。
……冗談はともかく、正直な話、オーガはもう種族的に限界が近い。
いや、オレが剣なんかになった時点で滅んだと同義かもしれない。
数年前、オレが先祖還りとして生まれた時、既に他の奴らは正気を失っていた。
“人喰い”だった魔技が“暴食”という手当たり次第に食い散らかすだけの狂化に退化していたからだ。今のオーガは餌と同族の見分けもつかない狂気の集団だ。
長くニンゲンを喰えずに世代を重ねてきた結果だろう。喰いたいモンが喰えずに狂っちまったんだ。ざまあねえ。
オレも生まれて最初にしたことは母親の牙から逃れることだった。あのとき、オレの代わりに喰われた弟も正気だったのかは、今でも気になっている。
奇跡的に正気で生まれたオレと血に刻まれた記憶から察するに、本来のオーガは人間と遜色のない知能を有していたようだ。
それどころか、昔の“人喰い”には人間に擬態する効果があった形跡がある。
どうも“暴食”に変化する過程で喪われたようなんだが、オレなら復活させることもできたかもしれない。
まあ、今は人になる代わりに剣になってるわけだが。
とはいっても、仮にオレが適当なメスのオーガを……どうにか喰われずに組み敷いたとして、おそらく子供に“人喰い”が受け継がれる可能性は低かったと思う。“暴食”の方が現状に、人間を喰えないという現状に適しているからだ。
オレが正気で生まれたことが、おそらく魔神イムヴァルトがオーガに与えたもう最後のチャンスだったんだろう。
だからオレは、血に刻まれた本能と魔技の命ずるままにニンゲンの街に攻め入った。
そして、負けた。完膚なきまでに負けた。
ニンゲンの兵隊でも、無茶苦茶硬え女の戦士でもなく、ピカピカ光るよくわからんガキに負けた。
手紙なんて名前のガキだ。
こいつは「この名前は天使さんから貰った手紙にちなんでいるんだ。ちなみに手紙はよく燃えたよ」とかちょくちょく頭の沸いたことを宣うガキだが、強かった。
身体能力でも、戦いの経験でもオレが勝っていた。
だが、負けた。悔しいが認めるしかねえ。
そんでもって、オレが全身全霊を尽くしても負けたってことは、オーガ種族が負けたことに等しい。
狂った頭で競い合いに勝てるほど甘くはない。
束になってもメイルには敵わねえ。そこらへんの石コロと合わせて“昇華”されておしまいだ。
だから、こいつはオーガの王――ニンゲンの言うところの“ヌシ”だ。
嫌がるだろうから本人には伝えてねえが、唯一正気のオーガであるオレがそう決めた。
翻って、オレはオーガの宰相か軍師あたりか。将軍ってのも悪くないな。他がトチ狂ってると好き放題できて楽しいな!!
まあ、今は剣なんだがな。
頭でっかちのニンゲンどもは忘れちまったらしいが、王ってのは本質的な支配者だ。
王は配下の魔技を奪うことができる。
そうして、唯一絶対の強者を生み出すことが魔神イムヴァルトの教義なのだ。
メイルも“人喰い”が自分にも適用されてるから、いつかはカラクリに気付くかもしれねえな。
……涼しい顔してるが、ぶっちゃけ、アイツは台風の目だ。
メイル・メタトロンはもうニンゲンじゃねえ。オレの魔技がそう言っている。
そのうち、ニンゲンも他の種族もこぞってアイツを殺しに来るハズだ。
異種族すら拒絶するニンゲンどもが、ニンゲンを嫌う異種族どもが、ニンゲンの昇華した姿なんて受け入れられるハズがねえ。
だが、そんな有象無象にオレを負かした王サマが殺されるのは我慢ならねえ。
だからこそ、オレだ。
オレが一緒にいて、アイツの敵を喰らっていけば、アイツは際限なく強くなる。
その先に何が待っているのか、今から楽しみだ。
アイツも“人喰い”の鬼になるのか、あるいは、ほんとに神になっちまうかも――
――そのとき、ごいん、と頭の方で凄まじい音が響いてオレは目が覚めた。
意識を外に向ければ、どうやら襲ってきた魔物に応戦していたところらしい。
できたてほやほやのクレーターの中心に、叩き潰されて原型を留めていない死体が転がっている。
『んだよ、折角いい気分で寝てたのによぉ……』
「カルニって寝るんだ、剣なのに」
大剣を背中に戻しつつ、ちょっと納得のいってない表情をする王サマ。
寝ていたオレをぶん回しといてなんて奴だ。
『意識があるからな。定期的に眠らないと狂いそうな予感がする』
「げ、そういうことは早めに言ってよ。不寝番のローテーション変える?」
『いや、オーガは元から夜行性だ。夜に起きてる方が楽だ』
「へえ。夜行性なんだ。カルニは比較的人間っぽい外見だったからちょっと意外だ」
『ニンゲンは夜に寝るからな』
「全然意外じゃなかった……」
そこで引くなよ。人喰い冗句じゃねえか。いや、ノリノリになられても困るんだが。
『それより、オマエは早く力加減を覚えろ。いつか折れるぞ、オレが』
「え、カルニ折れるの? ほんとに? 全力で叩きつけても欠けもしないから、物理的な手段じゃ折れないかと思ってた」
『ひでえ言い草だな――って、叩きつけてるのわざとかよ!? もっと剣を大事にしなさい!!』
「カルニが折れたら考える」
『それじゃ遅いっての!! 戦場で武器を失うことの危険性をだな……』
「カルニは素手だったじゃん」
『屁理屈!!』
「理不尽!!」
ふたりでぎゃあぎゃあ言い合いながら西へ向かって歩き続ける。
まったく、手のかかる王サマだぜ。
だからこそ、見ていて飽きないのかもしれないけどな。




