表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<1章:孤児院の天使>
2/99

 僕ことメイル・メタトロンは春の暖かい日の朝に孤児院の前に放置プレイをかまされていたらしい。

 傍らには養育費としては十分すぎる金貨と「この子を育ててください。あと私の名前はメタトロンです」というふざけた手紙。

 おかげで“手紙(メイル)”なんて名前をつけられてしまった。先生も随分と印象に残ったらしい。

 五歳の時にその手紙を見せられたのが、僕が魔技を使えるようになったきっかけだった。

 あの手紙も今頃は天に還っていることだろう。へへ、燃えたろ?

 あと、怒りのあまり前世の記憶も思い出した。色々不安だったけど転生は成功したようだ。


 前世の記憶を思いだしてから五年。十歳になった僕は、今日も今日とて孤児院裏の畑で芋を掘っていた。

 燦々と降り注ぐ春の日差しが心地良い。絶好の昼寝日和だけど、孤児院には腹を空かせたケダモノがたくさんいる。

 たしかに兄弟はたくさんいる第二の人生になったけど、孤児院スタートはちょっと予想してなかった。

 でも、これはこれで悪くない。弟妹たちの為にも芋を掘ろう。


「このお芋はリタの分、このお芋もリタの分、そしてこのお芋もリタの――」

「アタシそんな食べないわよ!!」


 ジャガとサツマを足してひと回り巨大化させた感のある謎芋を収穫していると、隣で同じ作業をしていたケダモノ筆頭のリタが噛みついてきた。

 肩口で切り揃えたブルネットの髪と日焼けした肌、切れ長の目と真っ赤な頬。

 弟たち曰く「リタねーちゃんもだまってれば美人なんだけどな」のリタだ。弟たちには改めてツンデレの良さを説かねばなるまい。


「リタは成長期なんだからもっと食べないと大きくなれないよ」

「アンタこそしっかり食べなさいよ。その、アタシたちの稼ぎ頭なんだから……」


 今度は照れで顔を赤くしながら、リタはふんっと顔を背けて芋掘りに戻る。

 照れるくらいなら言わなきゃいいのにかわいいな。

 とはいえ、心配されるのは素直に嬉しい。

 この世界の就業年齢はおおよそ十二歳。年上の子たちはもう独り立ちしていて、僕とリタが孤児院の最年長。心配される側ではなく、心配する側なのだ。

 リタも就職先に悩んでいるようだし、僕も気を配っておこう。


 そんなこんなで早朝の収穫は終了。収穫は大量。今年の出来はかなり良い。弟妹たちにひもじい思いはさせずに済みそうだ。

 籠にお芋を満載し、二人でえっちらおっちら運ぶ。

 と、そのとき、横から伸びてきた手が籠をひょいっと持ち上げてしまった。

 ちらりと見えた手の先にうっすらと青い燐光が灯っているように見えたのは、はたして気のせいだろうか。


「これで全部ですか?」


 声に応じて隣を見上げれば、着古した神官服姿に、淡い水色の髪を三つ編みにした女性――この孤児院の責任者であるファウナ先生がいた。


「おはようございます、先生。今朝の収穫はこれで全部です」

「……おはようございます」

「はい。おはようございます、メイル、リタ。朝からお疲れさまでした。すぐに朝食にしますので、手を洗って来てくださいね」


 先生はその細腕で芋を満載した籠を軽々と運んでいってしまった。

 ファウナ先生は二十代半ば。いつも向日葵のような笑みを浮かべたほんわかした雰囲気の美人だけど、二十人からなる孤児たちを女手ひとつで育てているパワフルな女性でもある。

 というか、片手であの籠を持ち上げるのは物理的にパワフルだ。頼もしい限りである。


 ともあれ、お腹はしっかり減っている。まずは朝食だ。

 孤児院の裏手に回り、井戸に桶を投げ込んで水を汲む。

 汲み上げた水桶には、日に焼けた肌に、黒髪と琥珀色の瞳をした中性的な顔の少年が映っている。

 これが僕、メイル・メタトロンだ。

 顔立ちは西欧風で、前世の面影は髪の色くらいしかなくて、まだ少し慣れない。


「手止まってるわよ?」


 順番待ちをしていたリタが背中に声を投げかけてくる。

 振り向いて、彼女の顔をじっと見つめる。

 まだ十歳とはいえ、前世基準でみるとリタも十分に美形に入ると思う。

 というか、この世界は外見レベルが全体的に高い。

 そんな中でも、自分で言うのもなんだけど、僕の容貌は整った方ではないかと思う。

 ……思うのは思うのだけど、髪の色を除くと、リコール隠し天使(自称)に酷似しているのが気になる。コンパチキャラは手抜きじゃないだろうか。やや納得がいかない。


「ねえ、メイル、ほんとにどうしたの?」

「うん? ああ、リタに見惚れてたんだ」

「なっ――」


 冗談めかして告げると、途端にリタは顔を真っ赤にして、プルプルと震えたかと思うと、ばしゃばしゃと乱暴に顔を洗い始めた。

 そんなに照れなくてもいいのに。かわいい妹だ。

 なお、孤児院に入ったのは僕が先だけど、年齢的にはふた月ほどリタが早く生まれているので、兄姉論争には終わりがない。

 昔はお兄ちゃん呼びだったり、その後は「おねーちゃんと呼びなさい!」とか言ってたりしたのに、最近は恥ずかしいのか呼び捨てばかりで寂しい限りだ。年頃の女の子は気難しい。


 その後、アライグマ状態のリタを引きずって食堂に入ると、そこは戦場だった。

 幼い弟妹たちが空腹を訴えて暴れ回っている。

 教会の古い床板がギシギシと音を立てて今にも抜けてしまいそうだ。

 僕は一歩前に出て、大きく息を吸いこむ。


「サティレ孤児院隊、整列!!」


 弟妹たちの声に負けじと大声で促す。

 途端に、暴れ回っていたケダモノたちの動きがぴたりと止まり、次いで、テーブル脇に一斉に並んだ。


「点呼はじめ!!」

「いーち!」「にー!」「さん!」「よん!」……以下続く。

 前世の体育でやっていた点呼を真似してみたけど、これが思った以上に楽だった。

 子供たち相手だと並ばせるのもひと苦労だけど、こうして自分たちで点呼させるとそこに興味を持ってくれているらしい。ついでに数も覚えられると先生にも好評だった。


「よし、全員いるね。配膳係を残して着席!!」

「はい!!」


 元気のよい返事と共に、ぎったんばったんと音を立てて弟妹たちが席に着く。

 それを見計らったかのように、ファウナ先生が朝食を運んできた。

 今日のメニューは黒パンが一切れに、ふかし芋と野菜クズのスープだ。

 春の間は畑で野菜が採れるので食生活は割とマシだ。


 こっちが多いの少ないのだと騒がしい配膳を済ませ、全員でお祈りを捧げる。

 この教会が奉じる女神さまへの祈りだ。


「石の女神サティレよ、今日も豊かな糧を与えて下さったこと、感謝いたします」


 やや舌足らずな幼い声が幾重にも唱和する。

 【石の女神サティレ】は石曜日――前世で言うところの土曜日にあたる、豊穣を司る女神だ。

 大地を支えるために自らを石に変えたという伝承を持つこの女神様は、その教義から農民間での信仰が盛んであり……都市部では寄付金が少ないのが悩みだ。

 寄付金がもっと増えますように、と愚にもつかない祈りを重ねて、朝食に手を付ける。


 堅い黒パンをスープに浸してふやかしながら、まだ温かいお芋に齧りつく。

 ふかすだけでも甘みが増すこの謎芋は甘味の乏しい異世界生活の救世主だ。お芋おいしい。お芋のある異世界でよかった。


「ファウナ先生、来週に大型の商隊が来るから、保存が利く食べ物は今週の内に買い込んでおいた方がいいわ。逆に消耗品は商隊の荷を見てから決めてもいいと思う」

「ありがとうございます、リタ。そうしますね」

「当然のことをしただけよ」


 二人の会話を聞くでもなく聞く。

 去年くらいからか、リタのファウナ先生への態度がつっけんどんとしたものになっている。

 思春期というやつだろうか。小さい頃はべったり懐いていたのに、年頃の女の子の心理は謎だ。

 もっとも、それでいて孤児院のことは誰よりも熱心に考えているあたりは、リタがリタたる所以だろうけど。

 そのうちに、他の子たちも会話に混ざって有耶無耶のてんやわんやになったが、いつものことだ。食事は賑やかなくらいがいいだろう。



 ◇



 朝食を終えると、その後は戦闘訓練だ。

 もう一度言う。戦闘訓練だ。遺憾ながら、戦闘訓練、なのだ。


 この世界は人間同士の戦争はあまりないけど、治安がいいとまでは言えない。特にここらの辺境では傭兵崩れや逃亡犯罪者なんかが落ち延びてくることも少なくない。

 それになにより都市の外には“魔技”を使う動物――魔物がいる。

 したがって、生きていくにはある程度の戦闘技術が必要だ。

 なにせ、魔物が大挙して都市に侵攻してくることもままあり、市民は納税の義務と共に都市防衛のための兵役義務を負っている。

 この街でも、僕が孤児院の前に放置プレイされるちょっと前に激しい防衛戦が行われたとか。

 ……そういうときに、孤児という後ろ盾の乏しい存在がどう扱われるかは自明だろう。


 当時、まだ若かった先生も――笑顔で凄まれた。こわい。

 えっと、今より若くて麗しくあらせられた先生も騎士として都市防衛戦に従事していたらしい。

 大したことはしていませんが、と本人は謙遜しているけど、当時を知る人からはすごい尊敬されている。

 あと“戦乙女”とか呼ばれていた。かっこいい。

 ……逆算すると、先生は十五歳で激戦に放りこまれたことになる。

 僕もあと五年でそのくらい強くならないと生き残れない可能性があるのだ。日々の訓練に手は抜けない。


「では、年少組は走り込みを。メイルとリタは私と乱取りしましょうね」


 そう言って、ファウナ先生は身の丈ほどの木剣を構えた。

 先生の身長は概算で165センチ程度。それと同じ長さの大木剣をびゅんびゅん振るう姿は何度見ても常識を疑う。

 天使製と思しきこの体は十歳としてはかなりスペックが高い。貧しい食事事情の割に背もぐんぐん伸びて筋肉もついている。それでも、さすがにあれは真似できない。


「メイル、左右から突っ込むわよ」

「了解」


 リタの声を受けて、意識を切り替える。

 短く作戦会議を済ませ、子供用の木剣を手に、暴風のように振るわれる大木剣の間合いに踏み込む。

 日課ということもあり、リタとの息はぴったり合っている。

 向かって左から僕が突っ込み、一拍遅らせてリタが右から斬りかかる。

 大木剣を盾にするだけでは防ぎきれない時間差攻撃。

 薙ぎ払おうにも、フィジカルに優れる僕が受けてる内にリタの攻撃が決まる。

 完璧だ。この戦い、我々の勝利だ!!



 ……。

 …………。

 ………………。


 気付いた時には、視界一杯に青空が広がっていた。

 どうやら僕は寝転んでいるらしい。ああ、いい天気だな。このまま昼寝したいなあ。


 と、まどろんでいた視界に突然翳りが差した。

 翻るは擦り切れた神官服の裾。

 次いで、すらりと鍛え上げられた健康的な太ももと、その奥の神秘の白布が垣間見え。

 そして、顔面狙いで急降下してくるブーツの踵が――!?


「うわっ!?」


 反射的に背筋を総動員して跳ね起きる。

 直後、僕の眼球があった空間を先生の踵が抉り抜いていた。


「メイル、倒れたらすぐに起き上がりなさい。死にますよ」


 笑顔でさらりと宣うファウナ先生。超こわい。

 というか、ストンピングって。騎士様がそんな残虐バトルしていいんですか!?

 ……あ、この世界の騎士の仮想敵って魔物か。お互いルール無用の残虐バトルだったわ。


 先生に注意を向けつつ周囲を見回せば、少し離れた場所でリタが尻もちをついて目を回していた。

 おそらく先の攻防で、先生は大木剣を()()で振って僕を吹き飛ばしつつ、近付いて来たリタの襟首を掴んでぐるぐる回した後、投げ飛ばしたのだろう。

 驚くべき怪力だ。とはいえ、先生がパワータイプであることはわかっていたのに、片手振りの可能性を考慮に入れてなかったのは作戦ミスだ。

 まだまだ見た目の印象が抜け切っていない。あとでリタと反省会だ。


「まだやりますか、メイル?」

「はい!!」


 ……その後、三回ほど吹っ飛ばされた後、その日の戦闘訓練は終わった。

 またひとつ先生の手札を切らせたのは収穫だったけど、この調子では一本とれるのがいつになるかわかったものではない。

 もっと強くならないといけない。

 決意を新たに、早速痛みを発し始めた筋肉痛を我慢しつつ、細々とした日々の仕事を終わらせる。

 そして、清貧なる夕食。その後にうとうとしている弟たちの体を拭いて寝かしつけ、就寝。


 僕は弟たちが雑魚寝している子供部屋とは別の二人部屋で寝起きしている。

 体がでかくなって彼らと一緒に寝るには手狭になったからだ。

 少しだけ寂しいが、これまでに独り立ちしていった兄さんや姉さんたちも通ってきた道だ。我慢しなければならない。

 隣のベッドで早々に眠りについたリタに「おやすみ」とだけ告げて蝋燭を吹き消す。


 横になると、色々な考えごとが湧きだしてくる。

 ファウナ先生も方々に手を尽くしたらしいけど、僕の両親に当たる人物はみつからなかったらしい。

 たぶんこの世界には存在しないだろう。

 あの天使(自称)は色々と問題があるけど、どこかから子供を攫ってくるような輩にはみえなかった。

 やっぱり、あのこねこねしていた粘土がこの体なんだと思う。それはそれで恐怖だけど。


 つまるところ、僕にあるのはこの体と、この孤児院だけ。それでいいのだと思う。

 食事は貧しいけど、騒がしくも可愛らしい弟妹たち、リタ、それに先生がいて、割と満ち足りている。

 今のところ、この世界で生きるのは楽しい。楽しいのはいいことだ。

 だから、ありがとう、と。

 この世界の神ではない存在に日々の感謝を告げて、僕の一日は終わった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ