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アセント 天使の右腕、炎の子  作者: 山彦八里
<1章:孤児院の天使>
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12

 早朝の礼拝堂はしんと静まっている。

 朝の澄んだ空気を集めたような、厳粛な雰囲気だ。

 そんな礼拝堂の中心で、先生は祈っていた。

 手を組み、膝をつき、女神サティレに祈りを捧げていた。

 折れそうなほどにぴんと伸びた背中、聞かずともわかるほどのあまりにも真摯な祈り。

 宗教画のような美しい光景に、声をかけることを躊躇う。


「……おはようございます。何か御用ですか、メイル?」


 淡い水色の三つ編みがふわりと揺れて、祈りを終えた先生が振り向く。

 慈しむような笑顔に定めた筈の決意が淀む。

 お互い辛いだけのことをどうしてしなければならないのかと、弱気な自分が囁く。


「先生――」


 だけど、気付いてしまった以上、見て見ぬふりは出来ない。


「――あなたに決闘を申し込みます」


 今日が僕の幼年期の終わりだ。

 ただ守られていた子どもから、先生の隣を歩む大人になるために。

 メイル・メタトロンは“戦乙女”ファウナ・イゼルトに勝負を挑む。



 ◇



 三日間の調査の結果、先生は僕の想像以上に有名な人だということがわかった。

 この世界の主なメディアは吟遊詩人とビブリオエルフだけど、後者はエルフが人間の経歴に頓着しないため、今回のような案件には不向き。

 必然、個人の経歴を追うには吟遊詩人に頼る必要がある。

 彼らの詩は芸術であると同時に過去の伝承でもある。

 人喰い鬼、竜災、そして、とある辺境都市の戦乙女。

 先生が活躍したのは十年も前だから見つかるか不安だったけど、全然余裕だった。

 さして探すまでもなく、彼女の武勲詩を歌う吟遊詩人が何人も見つかった。

 詩の内容をどこまで鵜呑みにするかはまた別の話だけど、どの詩も大きな違いはなかった。


 ファウナ・イゼルト。

 王剣都市グラディウムは騎士の名門、イゼルト家の長女。

 幼いころから兄と共に厳しい訓練を積み、十二歳で守護騎士の祈誓を立てる。

 十四歳で同盟関係の辺境都市ヴァーズェニトに赴任。

 十五歳で大規模な魔物禍に遭遇。都市防衛戦にて獅子奮迅の活躍を見せる。

 が、同年に出家してサティレの神官となり、今に至る。


 魔技は“戦乙女”(ヴァルキュリア)

 フィンラスさんに裏取りしたところ、やはり知覚と身体の複合強化の系統だという。

 特に防御力については凄まじく、この魔技の持ち主にとっては紋章が鎧の代わりとなる。

 結果、鎧の重量がない分だけ、機動力も上がる。

 詩の中にでてきた「青き疾風」とか「天翼人(ウィリス)の如く」とかの謳い文句はそのためだろう。


 武勲詩の中の先生は誰よりも率先して敵陣に斬り込む猛々しさと、傷ついた仲間を守る慈愛とを併せ持つ完全無欠の存在だった。

 それはたぶん実際にあった光景なのだろう。

 魔技の効果が情報通りなら、先生ならきっとそうする。それが出来てしまう。

 そういう生き方を周囲に期待されて、今日までその通りに走り続けている。


 けど、先生がそれだけの人ではないことを僕らは知っている。

 歌が好きで、機嫌のいい時は鼻歌を歌っているとか。

 掃除や整理整頓は好きだけど、料理はあんまり得意じゃなかったりとか。

 実は不器用で、子どもたちに隠れて裁縫の練習していたり、金銭感覚に疎くてよくリタに怒られてたりとか。


 本当は、戦うことが好きじゃなかったりとか。


 詰まるところ、もっと自分を省みて欲しいというのが僕らの主張だ。

 前世風に言うなら「もう若くないんだから」といったところか。


「なにやら邪念を感じますが……」

「気のせいです」

「本当ですか? 信じますよ?」


 裏庭に佇む先生はいつもの神官服に身の丈ほどの大木剣を携えて、茶化すように笑った。

 急な決闘とはいえ、悲壮な感じで臨むつもりはないらしい。

 まあ、気負ったところで勝てるものでもなし、僕もいつも通りでいこう。

 立ち合い人はリタひとり。負けたところで失うものもない。


「あ、得物は真剣でもいいですよ。今回はお互いなんでもありですし」

「息子に向ける剣を私は持ちません……と言いたいところですが、その、昔使っていたのは支給品でしたので……」

「お国に返したんですか。先生らしい」


 今回の決闘は参ったと言わせた方が勝ちだ。

 殺し合いではないので、重量のある真剣の方が速度が落ちて僕の勝率は上がったのだが、いたしかたない。

 どちらにせよ、僕のやることに変わりはない。


 全力で勝ちにいく。それだけだ。


 木剣片手に準備運動で体をほぐしながら、それとなくズボンの両ポケットを確認する。

 切り札は用意した。あとは、確実に決められるところまで詰めていくだけだ。

 紋章起動。“昇華(アセント)”の準備よし。

 今回も詫びチートにはがっつりお世話になります、天使さん。


「僕が勝ったら言うことをひとつ聞いてくださいね。約束ですよ」

「反故にしたりはしませんよ。万にひとつ、貴方が勝てたらの話ですが」

「……」


 煽り戦術(トラッシュトーク)までしてくるのか。ほんとこの世界の騎士はなんでもありだな。

 それだけ本気で相手してくれていると思えば、嬉しいくらいだけど。


「リタ」

「うん、両者位置について――始め!!」


 そうして、甲高い声が開始を告げた途端、場の雰囲気が一変した。

 まず感じたのが、澄んだ青色。“戦乙女”(ヴァルキュリア)の紋章の光。

 改めて見ると、ほんとに鎧みたいな紋様だ。

 紋章から溢れた光が編み込まれるように各所を覆っている。

 あの輝きを突破しないといけないのかと思うと身の竦む思いがする。

 空気もどんどん張り詰めて、対峙しているだけで息をするのが辛くなる。


 けど、それがどうした。相手は格上。このくらいは想定済みだ。


「いきます!!」


 わざとそう吼えると、先生は警戒するように軽く腰を落とした。

 何をするかわからない相手に無闇に突っ込まない。定石通りだ。

 だから、その隙をついて、僕は真後ろに跳んだ。


「距離を……?」


 先生が疑問に思っているうちに、右手をポケットに突っ込み、無数の鉄片を取り出す。

 即座に“昇華”。イメージは【尖れ】。

 泡のように膨張する鉄片を自分と先生の間にばら撒けば、即席のまきびしの完成だ。

 設置技は基本。まずは厄介な足を封じる。これでも廃材利用には慣れているのだ。


「メイル、小さい子が怪我したらどうするんですか?」

「後でちゃんと片付けます!!」


 いけしゃあしゃあと宣いつつ、先生の出方を窺う。

 こっちは事前に安全ブーツばりに靴裏を硬化してある。足場の不利は向こうにだけ押し付ける。

 そして、持久戦はこちらに有利だ。『魔技の行使は精神力を消耗する』、強力な魔技なら消耗も甚大な筈だ。

 けれど、先生は顔色ひとつ変えず、代わりに溜め息をひとつ吐いた。


「発想は悪くありませんが、想定が甘いですよ」


 そう言って先生は一歩踏み出すと、問答無用でまきびしを踏みつけた。

 瞬間、ぱきんと氷柱を折るような音がして、まきびしが砕けた。

 まじか。足裏まで魔技が及んでいるのか。いや、それがわかっただけでも恩の字か。


「これで終わりですか?」

「まだこれからですよ……」


 もう少し時間を稼ぎたかったけど、仕方ない。次の作戦に移ろう。

 すなわち、正面突破だ。


 木剣を構え、一気に間合いを詰めていく、

 狙いはもちろん左側。円を描くように執拗に先生の左側を占位する。

 残虐ファイト心得その1、相手の弱点は徹底的に狙え、だ。


「――シッ!!」


 ここだと見当をつけ、左の脇腹を狙って全力で打ち込む。

 それを、先生は敢えて大木剣を盾にして受けた。

 カンっと甲高い快音が互いの木剣から響く。

 直後、切り返しの一撃がとんできた。

 避けきれず、やむを得ず木剣で受ける。受けてしまった。

 先生は大して力を込めているようには見えないのに、木剣がみしみしと軋み、足が地面に沈みこむ。

 そうして、足が止まったところに連続して大木剣が襲いかかってくる。

 これが先生の勝ち筋だ。強化した身体能力で何もさせずに押し込む。

 対人というより、対魔物を想定した技術だろう。


 このまま先生の息切れまで受け切るのは不可能だ。基礎となる身体能力が違い過ぎる。

 適当なところで仕切り直しに持ちこむ――直前、とんっと突き出された先生の手が盾にした木剣に触れた。

 やばい、と両足を踏ん張った直後、ずんっと重い衝撃が全身に走った。

 前世知識でいうところの寸勁だ。魔技による身体強化を活かすと、自然とこういう形に行き着くらしい。


「くっ――」


 地面に轍を曳きながらも、どうにか転倒は免れる。

 けど、まずい。「受け」のリズムを崩された。

 慌てて顔を上げれば、間髪いれずに大木剣の追撃がくる。先生は本気だ。

 ごう、と斬風を巻いて胴薙ぎが迫る。

 避けられない。

 咄嗟に木剣を防御に回す。

 異音。

 衝撃。

 ぶわりと足が浮く。踏ん張りがきかない。木剣ごと体を持っていかれた。吹っ飛ばされる。

 覚悟していたこととはいえ、これはひどい。

 トラックと力比べしてる気分だ。根本的な膂力が違い過ぎる。これが本物。これが“戦乙女”か。


 数秒間の空中浮遊。腹の底が浮き上がるような独特の感覚。

 いつもなら、この後に何もできず着地を狩られておしまいだ。

 けれど、今日は違う。


 追撃に向かってくる先生に向けて、()()()()()()()()()()()()()切り札を投げ放つ。

 それは紐の両端に錘のついたアメリカンクラッカーのような形をしている。

 切り札その2、ボーラと呼ばれる投擲武器だ。

 数度旋回させて投げつけたそれは両端の錘に引かれて紐が広がり、対象に絡みつく。

 野鳥を獲るためにこっそり練習していた秘密兵器だ。存在は知っていても僕が使うとは思ってもみなかっただろう。

 踏み込もうとした先生は咄嗟に回避に切り替えたけど、やはり左足の反応が遅れた。

 足に巻きついた紐と錘のぶつかった衝撃で一瞬、動きが止まる。


 ――ここだ。ここで勝負を決める。


「――【伸びろ】!!」


 受け身を放棄する。

 代わりに、木剣を昇華し、切っ先を如意棒のごとく伸ばす。

 木剣は膨張しながら伸びていき、先生の上半身を余さず打撃するほどの大きさになる。

 質量保存の法則に真っ向から喧嘩を売る大打撃。

 参ったと言わせるには十分な威力。動きの止まった先生では避けられな――


 ――瞬間、どんっと地面が揺れた。


 それが、先生が跳んだ反動だと気付いた時には既に、彼女は空中にいた。

 右足一本、それも殆ど足首の力だけで強引に為された大跳躍。

 地面を陥没させるほどの脚力で窮地を跳び越え、着地に失敗して地面を転がるこちらに襲いかかる。

 なるほど、「天翼人(ウィリス)の如く」というのは誇張じゃなかったらしい。

 ここまで追い詰めたのに、跳躍ひとつで切り返されるのか。

 滅茶苦茶だ。あまりに理不尽に過ぎる。

 だけど。

 ああ、だけど――――



 ――――そうでなければ、ここまで準備した甲斐がない!!



「“昇華”!!」


 立ち上がる暇も惜しい。

 僕は地面に伏せったまま、木剣に対して再度魔技を発動。

 材質を大きく変更。イメージはシンプルに【磁石】になれ。

 そのまま磁石と化した長木剣で地面を薙ぐ。

 直後、異世界にこれ以上はないだろうというレベルの強力な磁力によって、周囲に散らばった鉄のまきびしが瞬時に集まった。


 木剣を捨て、今度はまきびしたちに向けて“昇華”。

 イメージは【鎖】。先日飽きるほど作ったから絵面はしっかり脳裡に刻まれている。

 黄金の光が連鎖するように連続してまきびしを呑みこみ、整然とした鎖の輪に変える。

 僕は同じ対象に二度まで昇華を行使することができる。

 この特性を利用しなければ、決闘の場に“鎖”なんて持ちこむことはできなかった――!!


「――どっせえええい!!」


 立ち上がり際、二度の昇華でかなり重量を増した鎖を全力で投げ放つ。

 空中にいる先生に避ける術はない。大木剣ごと全身を巻き取る。


「――――」


 刹那、先生が驚き、次いで小さく微笑んだ気がした。


 そして、“戦乙女”は墜落した。


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