プロローグ
『――私は天使です。そして貴方は手違いで死にました』
背中に羽の生えた金髪の天使(自称)は開口一番そう言った。
そりゃそうだよね、と僕も納得することしきり。
なにせ、マンションの七階にトラックがぶっ飛んできたのだ。これが手違いでなければなんだという話だ。
『つきましては、貴方には異世界に転生していただきます』
「普通にこの世界じゃ駄目なんですか? 復活でもいいですよ?」
『天使は間違えないものです』
てんし の リコールかくし!
人生で一番聞きたくない転生理由だった。いや、もう死んでるけど。
しかしまあ、こちとら天涯孤独、友人のひとりもいない侘しい人生だ。
偶然で死んでしまったのなら諦めはつく。世界レベルで飛ばされるのも仕方ない。
「それはそれとして、詫びチートはいただけますか?」
詫び、それは現代に復活したワビ=サビの文化だという。
風の噂では、ゲームに不具合があると詫び石なるものが貰えるらしい。
ならば、手違いで死んだ僕は詫びチートを貰える筈だ。貰えるまで粘れば絶対貰える筈だ。
『詫び……地上にはそんな文化があるのですね』
「御一考いただけませんか?」
『粗品でよろしければ』
「もうひと声! こっちは手違いで死んだんですし!」
『私の権限で可能な範囲でどうにかしてみましょう』
おおう。この曖昧かつ絶対に謝罪しないスタイル、天使(自称)とか言っときながらクレーム慣れしてるぞ。色々大丈夫か。天国も大変なんですね。心中お察しします。
『ご配慮痛み入ります。他に希望はありますか?』
「兄弟がいるといいですね。一人っ子だったので」
『……どうにかしましょう。他、必要な措置は施しておきますので、あまりすぐには死なないでください』
「長生きすればそれだけ発覚が遅れますもんね」
『その通りです』
ふむ、このくらいわかりやすい方が一周回っていいかもしれない。
人生に高望みしすぎてもいいことがないのは身に沁みている。
少なくとも、魔王倒せとか無茶振りされるよりは楽に生きられるだろう。長生きさせたいなら送られる異世界もきっと平和に違いない。平和だといいな!!
『では、転生の儀式に入ります。目を閉じてください』
「よろしくお願いします」
『……私が言うのもなんですが、第二の人生は健やかに過ごせるよう祈っております』
目を閉じる寸前に見た天使(自称)の表情は穏やかで、優しいものだった。
琥珀色の瞳を細めた、男でもどきりとしてしまうような、慈愛に満ちた表情だった。
……なんだ、そういう顔もできるんじゃないか。
最初からそういう顔してたら天使だって信じたかもしれないのに。変なところで律義な天使(自称)だ。
「……ところで、その手に持ってる粘土的なサムシングはなんですか?」
『ちゃんと目を閉じてください。失明しますよ、眩しいので』
「アッハイ」
『では、現し身の作成を……性能は可能な限り上げて……詫びチートに私の魔技を……あっ』
「あって言った!? 今、あって言いましたよね!?」
『気のせいです。しかし、外見がこれではさすがに……』
ちょっと待って。もしかしなくてもそれ僕の体造ってるよね!? こねこねしてるよね!?
外見にそこまで注文付けないけど、生きていくのが辛いまでいくと死んじゃいますよ!?
『仕方ありません……現し身は月曜の天使に……見た目は私を模して……勝手に腕を増やさないよう見張りを……はて、翼は要るのでしょうか……』
こわい。聞こえてくる天使(自称)のひとり言がこわい。
果たして僕はまともに転生することができるのだろうか――――――。