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「あなた、力ないわねぇ~! 鍬持っただけでふらついてるようじゃ畑仕事はできないわよ!」


 太陽がさんさんとさす中、汗をかきつつサラとアルドは農作業に勤しむ。


「そういう嬢ちゃんは力あるなぁ~。さすがそんな細腕でアルドを一人でここまで運んできただけのことはあるぜ」


 ジーニアスは一羽、涼しい木陰でその様子を静観していた。

 そんなジーニアスを見上げながらサラが言う。


「まぁね。女一人で畑を切り盛りしてれば、嫌でもこうなるわ。麦袋も片手で軽々。力こぶもでるわよ」


 そう言ってサラが腕捲りをすると、本当にボコりと見事なこぶがでていた。


「……すごいな。アルドも負けてられないぞ。……ん? 何だ? アルド? 『サラはどうして一人で住んでるの?』 ……だそうだ。それは俺も気になってた。どうしてだ? 家族はいないのか?」


 アルドのジェスチャーをジーニアスがサラに伝える。


「家族? 家族は……流行り病で死んじゃった。お父さんにお母さん、弟も私を残して全員死んじゃったの……」


 アルドは自分の失言に気づき、悲しげに頭を下げた。


「いいの! いいの! 気にしないで! もう何年も前のことなんだから、とっくに振り切れたわ! 昔のことをいちいち引きずってたらキリがないしね!」


 サラはいつもの満面の笑みを浮かべて、明るく言う。

 ――しかし、一瞬、その太陽なような表情を曇らせて呟いた。


「……でも……だからこそ、私はこの畑が大事なの。父さんと母さんが残してくれたこの畑が……。だから、誰にも……絶対に渡さないわ」

「嬢ちゃん……」


 真剣な表情を向けるアルドとジーニアスにサラはまた元の笑顔に戻って言う。


「ほら! アルド! ジーニアスまで暗くならないで! 私は本当に気にしてないんだから! それより畑仕事を頑張って頂戴! ここで収穫した野菜が私達の食事や、あなた逹の旅費になるんだから! 怠けているとご飯抜きよ!」


 その一言にアルドが焦る。

 急いで鍬を持ち、畑を耕そうとするが、土に鍬が深く刺さってしまい、非力なアルドには抜くことができない。

 両足で力むあまり、鍬が抜けた瞬間には盛大に尻餅をついてしまった。


「アハハ! ほら! 頑張って! そんなんじゃ今晩の御飯はおかず抜きでパンだけになるわよ!」


 サラの楽しげな笑い声が畑に響く。





「相変わらずいい食べっぷりね。おいしい?」


 一日の畑仕事が終わって、腹ペコの熊のような状態で食事へと挑むアルドにサラが訊ねる。


「…………(コクン)」


 柔らかく煮たとろとろのロールキャベツを口一杯頬張りながら、アルドはうれしそうに頷いた。

 ……現在は食事中のため、あの大きなマスクは外している。

 そのため、彼の口角の端が大きく上がるのが目で確認できて、本当に楽しそうに食事をしているのがジーニアスの通訳なしでサラにもわかった。

 そんなアルドの顔をサラもうれしそうな表情をして見ながら、不意に呟いた。


「……ねぇ? アルドは何でマスクをいつも付けているの? せっかくきれいな顔をしてるのにもったいないわ」


 途端にアルドはゴホゴホと盛大にむせた。


「だ、大丈夫!? ごめん! まさかむせるとは思わなくて!」


 サラが慌ててアルドに水を差し出す。


「ほら何やってんだ!」


 ジーニアスも彼の肩に乗り、むせるアルドの背を翼で強く擦ってやった。

 

「私……変なこと聞いた?」


 ひとしきりゴホゴホとやって、やっと落ち着いたアルドの顔を覗きながら、サラが心配げに訊ねる。


「心配しなくていい」


 その問いにはアルドではなく、ジーニアスが答えた。

アルドの顔を翼で指しながら、呆れたように言う。


「ほら。こいつの顔を見てみろ。赤くなってるだろ。こいつは『きれい』なんて嬢ちゃんに言われて照れているだけだ」


 ……確かにじっくりと見てみれば、アルドの顔は真っ赤になっており、まるで茹でダコのようだった。


「本当だ……」


 呟くサラの声を掻き消すように、アルドが自分の肩に乗ったジーニアスを乱暴に叩き落とす。

 ヒラリと華麗に着地しながら、ジーニアスがアルドに向かって文句を言った。


「何するんだ! 危ねぇな! ったく! 人がせっかく背中を擦ってやったのに、恩を仇で返すとはこのことだな! この恩知らず! 本当のこと言われて照れてるんじゃねぇよ!」

「…………!」

「こらっ! まだ食事中よ! ケンカは止めなさい! 騒ぐならご飯は没収よ!」


 そのサラの一言で、今にもお互いに掴みかかってケンカを始めようとしていた二人(?)が動きを止める。

 そして、お互い一度チラリと睨みつけ合うと、すごすごと自分達の席に戻った。


「はぁ~」


 そんなアルドとジーニアスの様子にため息をつきながらも、サラは改めて同じ質問を繰り返した。


「ねぇ? どうしてアルドはいつもマスクをつけているの? 風邪をひいてるって訳でも、花粉症って訳でもなさそうだわ。……ファッション? そうなら、外した方がずっといいと思うんだけど……?」


 サラに訊ねられてまだ不機嫌そうに顔をしかめていたジーニアスが、今度は困ったように顔を歪めた。


「……ん~こいつのマスクは何つーかな。こいつにとってお守りみたいなもんなんだ。ぶっちゃけあんまり効果はないんだけどな。まぁ、色々あって今はただ身につけておかないと落ち着かないって所が大きいみたいだから気にしないでやってくれ」


 そんな意味深なジーニアスの返事にサラは不満そうだった。

 釈然としない様子で口を尖らせる。


「また『色々あって』ってヤツ……? ……何かずるいわ。あなた逹はお互いのことをよく知ってて、私も何でも話すのに、あなた逹は私に何も話してくれない。そりゃ、会ったばかりだし、これからもそんなに長い仲って訳ではないけど、それでもこれからしばらくは寝食を共にするんだから、そんなに秘密主義にしないで、少しは話して欲しいものだわ」

「ひ、秘密主義って大袈裟だな……。ただ、少し話せないことが多いだけさ。それ以外は何でも話せるぞ! 何が聞きたい? アルドのことも俺が通訳して、ちゃんと話してやるぞ!」


 不貞腐れた様子のサラにジーニアスが慌てて、彼女の機嫌を取りなすように言う。


「じ、じゃあ、アルドとジーニアスの家族のことを聞いていい? あなた逹に家族はいないの? ……もしかしてジーニアスがアルドの父親ってことは……ないわよね?」


 何でも質問をしていいと言われて、サラが無邪気にアルドとジーニアスに訊ねた。


「胸くそ悪いこと言うな!」


 サラの話を大人しく聞いていたジーニアスが最後の一言で怒る。


「俺はピチピチの独身! こんな口の周りにパンくずをつけてるようなまぬけなガキなんか持った覚えはないね!!」

「そ、そんなに怒らないでよ。冗談で言ったんだから。じゃあ、ジーニアスが親じゃなかったら、アルドの両親は? ジーニアスの家族はどこにいるのよ?」


 怒るジーニアスをなだめながら、サラが再度訊ねる。

 すると……ジーニアスの表情が、アルドと共に今度は怒った顔から急に険しい顔へとなった。


「……俺の家族は……いない。……というか覚えていない。たぶん育児放棄だろう……。アルドも……理由はわからないし、家族のことも一切覚えていないそうだ……」


 同意を求めるようにアルドの顔を見ながら、ジーニアスが静かな声で言った。


「ご、ごめんね。変なこと聞いて……」


 予想外に深刻な答えに、サラがアルドとジーニアスの目を避けるようにして謝る。


「……別に。鳥の世界では珍しい話ではないし、人間の世界でも珍しいことではないだろ?謝る必要なんかない。それこそ気にしていないんだからな」

「それでも……」

「気にするなって。ほら。アルドも 『気にしないで。覚えてないってことは、知らないってことと同じなんだから悲しくとも何ともないよ』 だってさ。嬢ちゃんだって同情されるのは嫌だろう? 気に病まれるのは逆に困るってもんだ」


 暗い顔をするサラにアルドとジーニアスが慰めるように言う。


「……うん。そうだね。ごめん。……でも、それじゃあ、アルドもジーニアスも『一人』なんだね。私と一緒で……」

「嬢ちゃん……。……ん? 何だ? アルド」


 悲しそうに呟くサラに、何と言っていいかわからず言葉を濁すジーニアスの翼をアルドが引っ張る。

 そして、いつものように自分の意思を伝えようと、手足をバタバタとさせる。


「……何だ? これを伝えろってか? ……何か恥ずかしいな」

「……? 何? アルドは何て言ってるの?」


 アルドは何かサラに伝えたいことがあるらしいのだが、アルドのジェスチャーを少ししか理解できない彼女にはさっぱりわからない。

 なので、珍しく妙に照れて、言い澱んでいるジーニアスに通訳を促す。


「……しょうがねぇな。これはアルドが言ってるんだからな。俺が言ってるんじゃねぇぞ」


 サラに促されて一度しっかりと前置きをしてから、ジーニアスが渋々と通訳を始める。


「『サラも僕達も一人じゃないよ。僕にはジーニアスとサラがいるし、サラには僕とジーニアスがいる。ジーニアスにはサラと僕……ねっ? 一人じゃないでしょ?』 ……ったく! 恥ずかしい! まったく、シラフじゃ言ってらんねぇーよ。もう一度言っておくけど、俺じゃねぇぞ! アルドが言ったんだからな!!」


 照れて、わざと乱暴な言葉を使うジーニアスを尻目にアルドはニコニコとうれしそうに笑っている。

 そんなアルドを見つめながら、サラもうれしそうに頷いた。


「うん! そうだね! 私達は独りじゃないね!!」


 そう言いながら、本当にうれしそうに。


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