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■■■




 ――古に強大な力を持つ悪魔がいた。

 悪魔はその強大な力を以て、人々に残虐の限りを尽くした。

 そんな惨劇をどうにかせんと、ある高名な魔術師達七人が、命を賭けて悪魔を『手』、『足』、『耳』、『目』、『脳』、『心臓』、そして『声』の七ヶ所にバラバラにし、それをそれぞれ『ある場所』へと封印した。


 ――この話は産まれながらにして呪われた青年の『解放』を目指す旅の物語である。




■■■





「大丈夫!?」


 『サラ』がその青年を見つけたのは村外れの畦道だった。

 腰まで延びる長い黒髪に細っちい肩、身長だけは唯一標準を越えているが、それがなければ最初、本当に女の子かと思った。

 印象的なのは顔につけた大きなマスク。

 不思議な柄をしたそれが顔の大半を覆い、表情がわからない。


「あなた大丈夫? ねぇ! 大丈夫?」


 サラは結構な力で背中をバシバシと叩いてみるが、その青年はピクリともしなかった。


「どうしよう? 目を覚さない……。とにかくお医者様を呼んでこなきゃ!」


 サラが急いで村へ駆けようとすると、それを遮るようにぐきゅるるるぅ~! と青年の腹が盛大に鳴った……。





「大丈夫?」


 パチリと目を開けた青年の顔をサラが覗く。

 

「お~~~い!」


 目の前で手を振っても青年はまだ脳までは覚醒していないのか、ぼんやりと宙を見たまま返事をしなかった。

 その代わり返事をしたのは脳より早く起きた、彼のお腹。

 見つけた時と同じようにぐきゅるるるぅ~! と盛大に鳴る。


「アハハハ! 待ってて! 今、スープを温めるから!」


 そう言ってサラはバタバタと食事の準備をするために台所へ走っていった。

 残された青年はただ、ぼんやりと定まらない視線で天井を見つめている。

 しかし……


「お待たせぇ~!」


 サラがお盆に湯気のたったおいしそうなスープとパンを載せて運んできた途端、青年は一気に覚醒した。

 ガバッと起きたかと思うと、目の前に置かれた食事に凄い勢いで飛びかかったのだ。


「うわぁ~。凄い食欲だね。どんだけお腹空いていたの? あぁ! 待ってて! すぐお代わりを持ってくるわ!」


 サラはその食欲に呆れながらもうれしそうにスープの代えを持ってきてやった。


「……それにしても本当に呆れる程の凄い食欲ね。どう? お腹一杯になった? もう満足?」


 彼女の家の台所にある食料を食い尽くさんと言うばかりに食べに食べて、やっと手を止めた青年にサラが問う。

 青年はやっと我に返ったのか、一度ハッとした顔をすると、慌てて頭を下げ始めた。


「いいって! いいって! そんな頭を下げなくたって! こっちはただ残り物をだしただけなんだから! 私の名前はサラ。あなたの名前は? なんであんなところで生き倒れるくらいお腹空くまで何も食べないでいたの? 家は?」


 このサラの矢継ぎ早な質問に青年は一度口を開きかけたが、声を発する前に口許に手を当てたかたと思うと、何かキョロキョロとやり始めた。


「ど、どうしたのよ!? 私、何かした?」


 あまりの青年の挙動不審な様子にサラが慌てて訊ねる。


「…………」


 しかし、青年は答えない。

 黙って口許を押さえたままキョロキョロと何かを探し続ける。


「何を探し……あっ! あの口につけていたマスク! マスクね! あなたが寝ている間、苦しいんじゃないかと思って外したんだけど、そんなに探す程大切な物だったのね! ごめん! 少し汚れてたから、洗って外に干しておいたの! 今取ってくるわ!」


 サラが急いで青年のマスクを取りに行くため、外に出ようとドアを開けると、バサバサバサーっと盛大な羽音をたてて、何か白い物体が部屋に入り込んできた。


「きゃあ! な、何!? 白い……鳩……?」


 そう、突如彼女の家に侵入してきた物体は真っ白い体をした鳩だった。

 その鳩は「外に戻りなさいよ!」というサラの制止も聞かず、真っ直ぐに青年の元へと飛んで行く。

 そして、青年の肩へと止まるとその小さな黄色い嘴を開く。


「おいっ! お前! どこに行ってたんだ! 探したんだぜ?」


 ――でてきたのはくるっくー! という鳩らしい、愛らしい鳴き声ではなく、妙にドスの効いた親父のような声だった。


「えっ……!?」


 サラは最初、青年が話したのかと思った。

 しかし、青年は相変わらず黙ったままで口角の端さえも動かしていない。


「き、きゃあ! 鳩がしゃべった! 鳩が!」


 サラが叫ぶがしかし、青年も鳩も動じない。

 鳩なんかかわいらしく首を傾げながら、馴れ馴れしく話しかけてくる。


「嬢ちゃん。鳩が話したくらいでちょっと大袈裟過ぎやしないかい? 今時、インコだって自分の住所くらい言える時代なんだぜ? 平和の象徴の鳩の俺様が話さないでどうするよ」


 何だか、わかるんだか、わからないんだかが、よくわからない理屈である。

 釈然とはしなかったが、危害を加える存在ではないようだったので、とにかく話を進めるべくサラは言った。


「……で、そのお偉い鳩様が我が家に何のよう? その子と何か関係があるの? 何かやっと見つけたって感じだけど」


 サラが言うと鳩はハッとした様子で青年に向き直った。


「あっ! そうだ! そうだ! 思い出した! お前! 何でかってにあそこを動いたんだ! 待ってろって言っただろ?」


 そう言われて青年は鳩に向かって抗議をするように手足をバタバタとする。


「何? 何? 『そっちが遅いのがいけないんじゃないか!』 だって! 何を言う! 俺様は腹ペコのお前のためにわざわざ木の実を採りに行ってやってたんだぜ! そんな風に身を粉にして尽くしてやってる俺様に向かって、その口の聞き方はないだろ! 『何が身を粉にして尽くしてだよ! どうせそこらの山鳩でもナンパしてたんだろ!』 ……うっ、そんなこと……ねぇよ……。 『嘘だね! 木の実を採るだけに三時間もかかるもんか!』 ……ま、周りに木の実がなってる木がなかった……んだよ」

「……あんた逹……何をやってるの……?」


 まだ手足をバタバタさせようとしていた青年を遮るようにサラが言った。


「あぁ!」


 青年からサラに向き直った鳩は、その不審そうな目を見て、何か気づいたようで、慌てて説明を始める。


「悪い! 悪い! そいつ……『アルド』は訳あって話せないんだ。だから、優秀な頭脳を持つこの『ジーニアス』様が奴の難解なジェスチャーを直々に通訳してやってるってワケ」

「……話せない……の……? だから……黙ってたんだ……」


 青年……アルドが『話せない』という事実に驚きながらも、今まで彼が黙っていた理由をサラはやっと納得することができた。

 またアルドがジーニアスの羽を指でつつき通訳を促す。


「何? 何? 『ありがとうございますって伝えろ』 って。あぁ。あんた腹ペコで生き倒れてたこいつを保護してくれたんだって? 悪いな。俺らは……これまた訳あって旅をしてるんだ。でも、何せ一文ナシの貧乏旅でな。俺はそこらの畑で麦でもつつけばいいが、こいつはそうはいかない。最終的には腹ペコになってへばりやがって、しょうがなく俺が何か食い物を探しに行くことになったんだが……まぁ色々行き違いがあって、生き倒れていたところをあんたに保護されたって訳さ。悪かったな。迷惑かけて。こいつ、ほそっちぃ見た目の割りに大飯食らいだから大変だっただろ? こいつの分も礼を言わせてもらうよ」


 とジーニアスは鳩らしくない丁寧なお礼を言い、ペコリとお辞儀をする。

 そんな丁寧な礼をされてサラの方が慌ててしまった。


「べ、別に頭なんか下げなくていいわよ! こっちが勝手にやったんだから! 出したのもただの残り物だし!」

「そんなに慌てなくてもいいじゃないか……。……さて。どうする? アルド。礼も済んだし、お前も腹が膨らんで動けるようになっただろ。そろそろ行くか?」


 ジーニアスはアルドの肩を飛び降りてそう言った。


「えっ!? もう行くの? そんなに急ぐ旅なの?」


 サラが驚いて言う。


「急ぐ旅ではない。行き先も……まだ決めてないが、でも、いつまでもここにいる訳にはいかないだろ」

「……それはそうだけど、また無一文で飲まず食わずに旅をしても生き倒れるだけよ。……そうだ!」


 そこまで言ってサラは何かに気づいたようだ。

 うれしそうに微笑みながらこんなことを言う。


「今、私の畑、丁度とうもろこしが収穫時期なの。小さな畑なのだけど、何せ私一人でやってる畑だから人手が足りなくて。少しだけどちゃんとお手当てもだすから、少し旅費が貯まるまでうちにいれば? また何の蓄えもなく旅に出て、生き倒れよりはいいと思うんだけど……?」

「う゛っ……! それは確かに魅力的な提案だ……。でも、嬢ちゃんにこれ以上迷惑をかけるわけには……」


 ジーニアスは困ったような表情を浮かべ、アルドを見た。

 アルドも眉間に皺をよせて悩んでいる。


「ハハハ。こっちは迷惑なんて思わないわ。だって本当に人手不足なんですもの。ちゃんと三食ご飯もつけるわよ?」


 ――最後の一言でアルドは決めた。

 サラに向かってペコッと勢いよく頭を下げる。


「よしっ! それはOKとみていいようね。よろしく……アルド!」


 サラはそう言ってアルドに手を出す。


「改めまして私はサラ。この辺りで細々だけど、野菜を育てたりして生活しているの。そっちの鳩……ジーニアスもしばらくの間だけどよろしくね!」


 サラの満面な笑顔にアルドは顔を赤くしながらも、その差し出された手を力強く掴んだ。


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