初々しい自己紹介
「ちょっと待って」
そう、彼女に言うと、足早に部屋に戻ろうとしていた未だに名前も知らない彼女が、足を止めた。
「どうかされましたか?」
「あー…ここでの生活は慣れたか?」
聞きたかったことを言えない。
彼女はきょとんとした表情でこちらを見ている。
仕方あるまい、自分でさえ何を言っているのかよく分からないのだから、相手にだって伝わるわけがないのだ。
「慣れたも何も、昨日このお城に来たばかりですよ」
くすくすと、口元を抑えながら彼女は笑う。
笑わせる為に言った言葉ではないが、彼女の笑顔が見れるなら悪い選択ではなかったのだろうと、ポジティブに考えることにした。
「侍従長の作る食事は美味しいだろう?」
「はい。母には悪いですが、今まで食べた食事の中で二番目に美味しかったです」
「二番目なんだ。一番はどんな料理だったの?」
「あ、いや、その、一番美味しかったのは…言い辛いんですけど」
「うん、なんだい。もし作れるものなら、侍従長にお願いするよ」
「…いえ、侍従長では作れないです」
「そうなの?堅物そうだけど、実はすごい繊細で、料理上手だよ。一番良い点は作りたい物を作るのではなくて、相手が食べたいと思ったものを作るところだね」
そういうと、彼女は何故だか頬を膨らませた。
可愛いフグみたいだ。
「…そうですか。残念ですが、侍従長さんでは絶対に作れません」
「どんな料理なの?それ」
「そ、それは…」
「それは?」
「…………………昨日食べた、勇者様の精気が一番美味しかったです」
「うへっ?」
思わず変な声が出た。
彼女は…何を言っているんだ?
彼女自身何を言っているのかわかっていないのではないかと思って、彼女の表情を見ると、それは昨日とはまた違う意味で太陽のようになっていた。
真っ赤で、見るからに熱い。
「ゆ、勇者様にどう伝えたら良いかわかりませんが、昨日の食事は、私にとって人生で一番どころではなくて、人生そのものだったのだと思わせる味だったのです」
「…うん、ごめん。何を言っているかわからない」
「大丈夫です。私自身何を言っているのかわかりません」
彼女の白い肌が真っ赤に燃えている。
湯気が立っていそうな位だ。
「もう一度…」
「うん?」
「もう一度、手を握って頂いてもよろしいですか?」
「もちろん、何度だって遠慮は要らないよ」
そう言っても彼女は、酷く緩慢な動きで、手を伸ばしてきた。
けれど、手を伸ばしきることはなく、虚空で手は止まったままだ。
「えい」
「あっ」
だからこちから手を伸ばした。
二度目の握手。
前回のように根こそぎ精気を持っていかれることはなかった。
「…精気を吸う量は調整できるようになったの?」
「はい。前までと違ってそこまで飢えていませんので…。初めて手を握って頂いたときは、少しお腹が減りすぎていたので…今なら加減ができます」
「なら、もっと食べたいということだよね?」
「………………大丈夫です」
「凄い間があったけど?」
「…気のせいです」
彼女はそう言って、手を何度も優しく、握り返してきた。
何となく気恥ずかしくなってきたけど、これはチャンスだ。
「実は言いそびれていたことがあって…」
「なんでしょうか?」
「僕の名前はレイ・ブラドリー。自己紹介をするのをずっと忘れていたんだ」
「あっ…」
彼女は握りしめていた手の力を強めた。
ぎゅっと、大事な物を握りしめるかのように。
「私の名前は、アリスです」
「そうか、かわいらしい名前だね」
「……………キャーッ!」
彼女は今までに聞いたことないほど大きな声を出して、走り去った。
……うん、まぁ、お互いに自己紹介できたということ、この成果で十分だろう。
「ヘタレ」
「うるせぇ」
いつの間にか気配を消して近くにいた執事にそう言ってやった。
余計なお世話だ。
初書き溜め0の状態からの文章。
今後はなるべく、勇者目線からの文章で書く予定です。
気が向いたら最初期の文章を訂正しまくるかも…。