何かが始まるラストバトル
「今日も始まりましたラストバトル。いつも通り元気MAXか?まさか寝不足とか言わないよな?興奮しすぎて眠れなかったとかなら少し待ってやるぞ」
毎度毎度テンションの高い魔王だ。
生き返ることが楽しいのか何なのかわからないが魔王はいつも落ち着きがない。
「殺されることが楽しいのか?見たいな顔をしているな。試してみればわかるぞ」
「わからねーよ、タコ」
「……うん?勇者、どうした?いつものキレがないぞ」
魔王は不思議そうにこちらを見た。
昨日までの自分と違う。それはわかっている。
最愛の人物を、家族を殺したことすら許すと言った彼女を目の当たりにして、変わってしまった。
絶対に許せないと思っていたが、魔王を許しても良いのではないかと、一瞬頭をよぎる。
けれど、他人は他人。自分は自分。
関係がない。
乱れている心を落ち着かせて、魔王に対峙する。
「ふん、何処に勇者に気遣う魔王が居るんだ。うだうだ言わずかかってこい」
「そうかそうか。では今日もはじめよう」
最初戦った時は魔王は遠距離戦、魔法を使いまくるという戦法を用いていた。
しかし、最近では近距離戦を好み武器こそ持たないものの魔力を武器の形状にして一時的に武具を装備したり、体を強化したりすることで多様な戦術を身に着け始めた。
だから、今日の開戦の合図は激しい剣戟の音。
魔王の接近戦の技術の成長著しいことは認めるものの10年は負けるつもりはない。
そのつもりだし、そのはずだった。
「あ、れ?」
その近距離戦で、開始一分で膝をついてしまった。
体が重く、思うように動かない。
剣を握る力も弱く、打ち合うたびに吹き飛んでしまいそうだった。
「く、ははは!ついに私の勝機が来たようだな!」
魔王は嬉々として剣を掲げるが、それを防ぎたくても体が重い。
昨日確かに精力を大量に与えたが、魔力はまだ尽きてはいない。なのに、何故?
彼女が摂ったものは魔力ではなく、精力。命。魔力も一緒に持っていかれたから勘違いしていた。魔力さえ回復すれば精力、生命力は回復したものだと。
なんという浅はか。
馬鹿は死んで後悔するしかない。
ここで、終わることを覚悟した。
どすっ
刃が体を貫く音がした。
「き、さまっ…!」
刃に貫かれていたのは、魔王だった。
片刃の剣が魔王の背中から貫き、胸から覗いていた。
「勇者様を死なせません!」
そう言ったのは、昨日、酒場で見た彼女だった。
「たわけが!貴様…殺す!」
今までに見せていた魔王のどの表情よりも怒りが込められていた。
一瞬身震いするほどの殺気だった。
何度も殺しあったのに、その中で一度も見せていなかった怒り、猛烈なまでの殺意。
それでも彼女は目をそらさずに
「あなたなんかに、絶対に、殺させません!」
片膝をついた魔王の肩越しに見える彼女の表情は、何かの決意を持った者のものだった。
それは今日の自分にはないものだった。
「おいおい、魔王。俺というものがいながら余所見はないだろ」
彼女に感化されて、決意を取り戻した。
残された力を振り絞る。
魔王の数秒の隙。心臓を破壊したところで魔王は確実に死ぬことはない。
生物の枠組みを超越したとしか思えない生命力と自然復元能力を持つ魔王は心臓をなくしても10分は活動できるし、放っておいても心臓は治っている。
ただしそれは魔王といえど致命傷。魔力も運動能力も著しく低下している。その上でこれだけの隙があれば今の勇者でも十分に魔王殺すことはできる。
「あは、勇者。やっといつものお前に戻ったな」
それが今日の魔王の、最期の言葉だった。
魔王はいつものように死んで灰になった。
もう情けないことにすぐに立ち上がる気力もなかった。
魔王の血で濡れた彼女はこちらを見下ろしている。
「…助けてくれたのか?」
「当たり前です!私のせいで…誰かが死ぬのは嫌です…」
それが例え父の仇でも。
「君は、優しいんだな」
「………いいえ、少し違います」
「何が?」
「私が優しいのはあなたに対してだけです」
泣きじゃくる彼女の姿は、涙する聖母のようだと思った。
「お願いですから、あなたまで私より先に死なないでください…もう、私は私の大事な人を失いたくありません」
二度と、彼女を悲しませてはいけないと、新たな決意ができた。