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連鎖しない優しい世界。

 酒場には似合わないほど優しい子守歌を、彼女は歌い終えた。

 聞いていた者は生気を吸われ、血の気が引き、顔を青くしているが、それでも硬骨の笑みを浮かべている。

 この酒場で彼女の歌を聴いて唯一まともに動ける自分がしなければならないことがある。


「良い、歌でした」


 パチパチパチと拍手する。

 今まで旅の途中で吟遊詩人やパフォーマー、歌手、色んな物を見てきたがこれ程の歌は未だに出会ったことがなかった。

 それだけ、素晴らしい歌声だった。


「あ、ありがとうございます」


 少女は姿を見られないために、カーテンに囲まれている。

 歌声一つで精気を奪われるのだ。直接彼女の姿を見るのは最早毒に等しいだろう。

 彼女はほめられることに慣れていないのか、落ち着かない様子だ。

 カーテン越しでも背丈や体のラインはわかるが、肌が見えるのは足首より先の部分だけだった。

 それでも彼女の姿から目を離すことはできない。魅入られたかのように見入っている。


「あの…大丈夫…ですか?」


「何が?」


「お体とか」


「何も問題ない。むしろ心地よい歌を聴いたから気分が良いくらいだ」


 周りには阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっているはずなのだが、一切目にも耳にも入ってこない。


「今までそういってくれたのは…父だけでした…」


「自信を持っていい。大陸中あちこち旅をしたけど先ほどの歌より心地よいものは聞いたことがない」


「そんな上等なものではありません。子供の頃母に歌ってもらっていた子守唄ですから。本当はこのような場所に相応しい曲目ではないのでしょうが、私はこれくらいしか歌えないので」


「本当に良い歌だと思う」


 ただ心からの本音を口に出した。


「ありがとうございます」


 カーテン越しでも、彼女が微笑んでいることが伝わってきた。


「それで、君はそのカーテンの中から出て来ないの?」


「…その、男性の前には出ないようにしているんです」


「どうして?」


「私の姿を見たら男性はすぐに私に惚れてしまうので」


 カーテン越しでも感じれるほど、彼女は魅力的だ。

 直接目にすれば男であれば間違いなく命を懸けてでも彼女に駆け寄るだろう。


「自惚れるなよ、歌が上手いくらいで男が皆一目ぼれするのだとでも思っているのか?」


 思わず強がった。

 どうにも、彼女の前では自分を保てない。


「じゃあ、あなたは」


「うん」


「私を好きになりませんか?」


「だから自惚れるなって言ってるだろう」


 カーテン越しに、彼女の緊張が伝わってきた。


「………わかりました。あなたを信じます。カーテンの中に入ってください」


 カーテンを開くとそこには絶世の美少女が居た。

 瞬間心を奪われた。魂を縛られた。

 だが、鍛え上げた心身を総動員して、辛うじて体の自由だけは守られた。


「あ、の…」


「何?」


「本当に私に惚れてないんですか?」


 懸命に耳を傾けて、辛うじて聞き取れるほど小さな声。

 しかし、それは彼女の心の叫びだった。

 一方的に惚れられるという恐怖を味わい続けた、少女の叫び声だった。


 だから、何も考えずに彼女の手を握った。

 彼女の手を握っただけで魔力が根こそぎ持っていかれた。


「ふわ…」


 思わず声が出てしまう。淫魔に精力を取られると言うのは極上の快楽であると言う話は本当らしい。

 気持ちよすぎて思わず声が出てしまった。頭も体も心も、全てがふわふわと空に浮かんでいるような感じだ。

 が、ここで腑抜ける訳にはいかない。緩んだ集中力をもう一度元に戻す。


「あの、大丈夫ですか?」


「何度も聞かれるけど見てわからない?」


「え、っと…その、私に触られて大丈夫だった人は…居ないので…」


「俺なら大丈夫だよ。どう?お腹いっぱいになった?」


「は、はい!これだけ…充足感があるのは…私の人生で初めてかもしれません…」


 今まで陰りのあった彼女の表情は吹き飛び、年相応の笑顔を浮かべている。


「そんなに?」


「はい。今も手を繋いでいますが、私が意識して精力を吸い上げようとしない限り、精力を吸い上げることがないというのは…久しぶりです」


 普段はお腹がすきすぎて我慢できず手を出してしまっていたが、今なら我慢できるということだろうか。


「お父さんが死んだ以来か?」


「違います。ここ三年ほどは父の力ではお腹いっぱいになることはありませんでした。…父様は成長しなくなった私を見ていつもすまないと言っておりました」


 魔王軍最強の将軍の魔力で足りないということはこの子はすでに父親を上回る魔力量であることが間違いなかった。

 現状維持しか出来ない量のエネルギーしかなかったため、成長にまわせるエネルギーがなく成長が止まってしまったのだろう。


「だから、その、お聞きしたいのですが」


「なんだ?」


「あなたが、勇者ですか?」


 ぎりりっと心が締め上げられる。それを認めると言うことは彼女の父親を殺したと言うことを認めると言うこと。


「なんで、そう思ったの?」


 直ぐに認めることができない。醜い時間稼ぎ。自分の心を保つための時間が足りない。

 責めるわけでもなく、それでも逃がそうとはしない力強い瞳がまっすぐにこちらに向く。


「父より強い男性は勇者しか思い浮かびません」


「そうか…そうだよ。…おれ、僕が勇者で、君の父親を殺した張本人だ」


 だから、そのまっすぐな目を見ることができなくて、思わず目をそらしてしまった。

 目を合わせることができない。彼女がどのような表情を浮かべているのか、わからない。

 見るのが怖い。

 同じなのだ。自分にとっての魔王と、彼女にとっての自分。一番大事な家族を殺した仇。

 最も恨んだ敵と同じことして、自分と同じ立場に居る彼女。


「やっぱり。父の話に聞いたとおりの方です」


「…何か言っていたの?」


「はい。今度の勇者は本物で、魔王様を倒すかはわからないが自分程度ならまず、間違いなく倒すだろうと言っておりました」


 死を覚悟していた?いや、それでも許されることではないし、感情はコントロールすることができない。例えそれが必然な、正当な死であっても受け入れることは難しい。

 例え自分の力不足のせいで死なせてしまった姉の死を魔王のせいだと逆恨みしている誰かのように。

 本当は、絶対に恨んでいるはずなのだ。


「父は…あなたが私の前に来ることを予想していました」


「なんで?」


「父の友達は愉快で、豪快で、強くて…それでいてやさしい人たちばかりでした。私のことを娘のように扱ってくれる本当に良い人で…だから、本当に私を助けることができるのがあなたしか居ないことを知っている以上、例え殺されることになってでも無理やり私の前につれてくることになるだろうと言っていました」


「君を大事にしてたんだね」


「…はい、父は最も尊敬できる人物でした」


 心が締め付けられる。


「勇者、さん」


「今は魔王代行だ。代行と呼んでくれ」


「はい。代行さん、私をあなたのそばに居させていただけませんか」


「…何故?」


「私は魔力がつきかけていました。父を失って2ヶ月の間ですが、慢性的に魔力不足でした。男性なら私の姿を見るだけで、声を聞くだけで倒れてしまうほどです」


「それはなかなかに恐ろしい状態だな」


「はい。暴走状態でした。父の友人である将軍様お二人も、私に魔力を与えてくれたのですが…お二人の力をもってしても私の空腹が満たされることはありませんでした」


 なんというキャパシティなのだろうか。つまり、彼女の最大容量は少なく見積もっても魔王クラスと言うことになる。


「だから、私には異性のパートナーが必要で…その…」


「僕しか居ないと?」


「はい…。それにあなたがここに来た時点で父の試験は終わっています」


「父の試験?」


「父は何か言っていませんでしたか?」


「そういわれてみれば、戦った時に何か違和感があったな」


 貴様に資格があるかどうか確かめてやるって。魔王とかそんな単語は一度も出てこなかった。

 ああ、そうだ、確か最後にこう言っていた。

 お前になら任せることができるって。


「父は魔王軍の将軍として、そして私に相応しい男か見極めるために闘ってくると言っていました」


「…えっ?」


 意味がよく分からなかった。


「父は常々言っておりました。お前の婿になる男は、自分を殺した男になるだろうと」


「嘘、でしょ?」


「いいえ、本当です。一つ、お伺いしたいのですが、私の父は強かったですか?」


「…正直魔王との戦いよりも疲れた。本当に死を覚悟したのは…彼だけかもしれない」


 単純な戦闘能力であれば魔王のほうが二周りほど上だ。しかし、戦いと言うのは単純に力とかで決まるものではない。

 背負っているものの違いだろうか、気迫、殺意、覚悟、ともかく、魔王との戦いよりも消耗した。魔王との戦いは絶対に負けたくないではなく、絶対に殺すと言う覚悟もあったせいだろうが、あれ程押された戦いは初めてだった。


「そう言っていただけると父もうかばれます」


 彼女はそう言って、笑った。

 …その笑顔はまぶしすぎて、太陽のようだった。

 まぶしすぎて直視できない。


「もし、父を倒し、魔王を倒して…私の前に現れて躊躇せず魔力を差し出すようであれば、父の試験は合格らしいです」


「それで、さっきから言ってる試験って、何の試験なの?」


「私と結婚する資格らしいです」


「君の意思も僕の意思もないね」


「ふふ、そうですね。けれど大丈夫です。代行様の意思は関係ありません」


「それは酷いな。無理やり結婚しようとでも言うのか?」


「違います。私の姿を見れば殿方であれば絶対に惚れてしまうからです」


「さっきから随分と自分の外見に自信があるんだな」


「自信なんてありません。私にとってこれは、呪いと同じですから。出会った瞬間に惚れられて、見たこともない相手に求婚されて、父の目の届かない所でいきなり襲われたこともあります。勿論魔力を吸収する能力があるので近づいただけで失神してしまうのですが」


 誰にでも無条件で惚れられてしまう恐怖、それはきっと恐ろしいことだと思う。


「だから、僕を今までの相手と一緒にするな。僕は…世界で一番強い男だ。そんなものに振り回されると思うのか?」


 女性、というほど成熟しておらず、けれど少女と言うには妖艶すぎて、クラクラしてしまう。


「あ、あの…私のこと、好きですか?」


 思わず頷いてしまいたくなる。いや、残念ながらこの子の姿を見て男が気に入りませんとか言うことはないのだろう。

 それこそ、これは呪いなのだろう。


「ふん、何が誰でも惚れてしまう呪いだ。胸も尻もまだまだじゃないか。その程度で男を虜にできると思ったか?俺はもっと女らしい体つきの子が好みなんだ。お前くらいじゃマダマダだ」


 めちゃくちゃ強がっている。正直、たまらん。言ったことに偽りはないのだが、どうも彼女は例外のようだ。


「ほ、本当の本当に、私のこと、好きじゃないんですか?」


「自惚れ過ぎだ。大概にしとけよ。お前くらいの美人、探せば居る」


 いくらでも居るとか言ってしまうと嘘になる程度には美人だし、好みのタイプから外れているはずなのに心臓の音はさっきから強くなっていく一方で止まる事を知らない。


「目を見てください」


「ッッッッ!」


 これ程高まっていた鼓動が死んでしまったかのように止まってしまう。


「私のこと、好きですか?」


「何度も言わせるな、十年修行して出直して来い」


 彼女はその答えに満足したのか、くすくすと笑っている。

 胸の高鳴りは抑えることができない。

 彼女は笑い終えると、優しく、聖母のような優しい表情で、


「私はあなたのことが好きです。…初めて人を好きになりました」


 そう言って、太陽よりも眩しい彼女は、笑った。

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