【赤く咲き乱れしは我が心】
病院の屋上に立って、一人俯瞰する。秋口と言っても夜風は冷たい。風を受けて身体が震えるのは、果たして寒さなのか、それとも……。
夜の街は秋の紅葉こそ映し出さないが、人工の輝きに溢れて瞬いていてとても綺麗だ。
「……地上の、星」
なんとなく、そんな風に見えた。都会の空は汚れて夜空から星の瞬きを奪い、それと引き換えにこんなにも大量の地上の星を与えた。
これから死のうという人間が最後に見る景色としては些か色気がないかな、なんて思いつつ、止めようとは思わなかった。
……ねえ、私知ってたよ。
あなたが、本当は彼女を愛していたこと。
私の友人でもあり、いつも私たちのことを応援してくれる彼女のことを本当は愛しているのを知ってたよ。
まだあなたは自覚してないみたいだけど。あなたのことなら、あなた以上に知っているから。だって、私はあなたを好きだから。
……ねえ、私たちは弱かったよね。
恋愛関係というよりは、依存ですらあったと思う。
互いに足りないものを、互いの存在で補って。でもそれは恋愛のような綺麗なものではなく、何時だってどこか歪んでいた。
だから私は心のどこかで、あなたが一緒にいて強くなれる人が見付かればいいと思ってた。
依存するのではなく、支えあって生きていける、そんな人を。
……私もうすぐで死んじゃうんだって。
病気で、手遅れで、もってあと半年なんだって。
───私、あなたに愛し愛されて幸せだった。
だから、どうか今死なせて。
これ以上あなたに愛されたら、私は死にたくなくなってしまうから。死にたくないと、あなたに泣いて縋って、あなたを困らせてしまうから。
……あなたには、笑ってる私だけを、覚えていて欲しいよ。
それは、私のワガママかな?
病気で死んだら、あなたはきっと悲しんでくれる。私以外とは付き合わないと、そう言ってくれると思う。
そんなのは嫌だよ。
私がもうすぐ死ぬことを変えられないのなら、私はあなたには誰かとちゃんと幸せになって欲しいもの。
だから、あなたに何も言わず勝手に死んだ私のことなら、さっさと忘れてくれるでしょう?私のこと、恨んでくれたってかまわない。
あなたがいつか誰かを好きだと思ったとき。
病気で亡くなった愛しの彼女なら罪悪感も覚えるかもしれないけど。恋人に何の相談もせず一人死んだ彼女だったら、私に何の気兼ねなくその人を愛せるでしょう?
なにもあなたに言わずに命を断ったら、あなたはどうするかな。
なんで何も相談してくれなかったんだって、あなたは怒ってくれるかな。
それとも、あなたを本当に好きな私の大切な友人と、さっさと幸せになるかしら。
それで……少しでもいいから、泣いてくれるかな。
だけどどうか、後を追おう何てことは考えないでほしいな、私はあなたに、私の分まで生きて幸せになって欲しいから。
…私の大切な友人へ。
どうか、彼と幸せになって下さい。
彼はまだ自覚していないけど、あなたを本当に必要としているから。多分、私が死んで悲しむ彼を慰めてあげられるのはあなただけだと私は思うから。
私が死んでから、どれくらい彼の心に住み着けるかしら。
半年?一年?三年?五年?十年?……分からないけれど。
でも少なくとも、その期間よりも彼とあなたがそれから死ぬまでいられる時間の方が、ずっとずっと長いから。それだけは分かっているから。
だから、少しだけ意地悪をさせて。
やっぱり彼は私の心から愛した最初で最後の人だから、死んでからも少しだけ、私だけを愛する彼を独り占めさせて下さい。それからの日々は、すべてあなたにあげるから。
……時間は怖いよ。
どうせ全てを過去にしてしまうから。
秋の夜空に、私は一歩踏み出す。
あなたが本当に好きな相手と幸せになれると知っているから、私の命を奪うこの一歩さえもどこか愛しい。
たくさんの地上の星に、私の姿が舞う。
風が冷たいな、なんてことを思った。
誰にも届かない知っていながら、私は最後の言葉を口にする。
「さようなら。あなたを、愛し──────……」
……『愛している』のか『愛していた』なのか、その答えはだれも知ることが出来なかった。
地上の星に埋もれるようにして、ただ一人を一途に愛した女性が堕ちる。
……満ち溢れる人工の光に照らされながら赤を散らした彼女の姿は、何故か一輪の花のように見えた。
花が流した一筋の涙は、鮮やかな赤に溶けていき、誰にも気付かれることはなかった。
FIN