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信じる者はすくわれる?

宗教の話。

幸せと不幸せの二人。




「オレは宗教が嫌いだ」

「…今度は何?ていうか、君の好き嫌いとかどうでもいいんだけど」


少年は手にしていた書物を置いて、演説でもするように手を広げた。


「お前は神の実在を信じているか?」

「…いないんじゃない。そういう君はいると思うの?」

「オレは居てもおかしくはないと考えている。但し、宗教に現れる様な、人に多大なる興味を抱いている様な神ではない。好き勝手やって、何者も顧みない神だ」

「あっそう。でも、そんな神様なら、居ても居なくても同じなんじゃない」


少女はそう言って視線だけで少年の置いた書物をなぞる。それが聖書である事に気づいて、それでこんな話しを始めたのか、と一人で納得した顔をした。


「神が人を救うためにいるのなら、不幸など起こる筈がないからな。幸福と不幸が表裏一体とはいえ、人を救う神などいないとオレは考えている」

「夢も希望もないわね…じゃあ、神って何なのよ」

「ただそこにあるものだ。…わかりやすく言うのなら、この世界を形作る自然そのもの」

「…それ、何処かの宗教で聞いた気がするんだけど」

「引用だ。出典は忘れた」

「ダメじゃない」

「興味がないからな」

「…あっそう」


少女の呆れた目を、少年は小さく肩をすくめて黙殺し、話を続ける。


「まあ、神の実在も、それを信じているのかどうかも関係ない。只の蛇足だ」

「じゃあ、何で聞いたのよ…」


少女のぼやく様な呟きを気にせず、少年は相変わらずいつもの不機嫌そうな表情でいう。


「宗教はそもそも、人の心を救うために生まれたのだと考えられる。どんな人間にも、本当に確かめる事ができない、死後の事や、様々な自然現象、人という種の成り立ち。そういった物を、学のない人間の未知への不安をぬぐうためにわかりやすい答えとして生まれたものだとオレは考える」

「…確かに、死生観は宗教につきものね…」

「ああ。だが、時を経るにつれ、大衆への大きな影響力を持つが故に、宗教には権力が伴うものになった。これは歴史を見ればわかるだろう。"王権神授説"というのもその一つの形だと言えるだろうな。権力や欲望が絡めば、それが低俗なものになり下がるのは避けられん」

「低俗、って…」

「さらに言えば、その為に勝手な解釈や付け加えをして、恣意的に歪められていく、という事も起こる。同じ宗教でも多数の宗派に別れていくのが、その証拠といえるだろう。元々は一つの教えの筈だからな」

「…それはそれで恣意的な解釈じゃないの」


少女が少年を睥睨すると、少年は少しきょとんとしたような表情を作って逆に尋ねる。


「それに何か問題があるのか?」

「それに問題がある、って話をしてるんじゃないの?」

「問題となるのは、恣意的な解釈それ自体より、それに絡む思惑だ。オレがお前に話すのはオレ個人の考えであり、お前に自分で考える事を促す為のものであるから、問題ない」

「あっそう。それは御苦労な事で」


少女の皮肉交じりの言葉に、少年は鷹揚に頷いて見せる。


「お前の様な馬鹿に理解させられなくては、語る意味はないからな」

「馬鹿で悪うござんしたね。っていうか、何様よ君は」

「天才だ」


少年が堂々とのたまった言葉に、少女は突っ込みをいれるべきか迷ったが、黙殺する事にした。


「…。…で?宗教が歪められるから、何だって言うの?」

「贖宥状、というものがある。近世初頭に、これが与えられた者は、ある程度罪を償う事を免除される、というもので、大金を積んで買う事もされた。免罪符、といった方がわかりやすいか?」

「…まあ、聞いた事はあるわね」

「これこそ、宗教の腐敗の表れだとは思わないか?或いは、矛盾と言い換えてもいい。かの宗教は質素倹約スリフト慈善チャリティを説いたが、贖宥状の販売は、主に豪華な教会をつくるための費用を得るために行われた。神が霊的なものであり、この地に降りる事がない、とするのなら、豪華な教会をたてる意味などないし、そもそも豪華な建物は質素倹約とは相容れないものではないか、という事になる」

「…そうかもね」


少女の気のない返事を、少年は気にも留めず、さらに続ける。


「それに、教会が重要な宗教施設であるとは言っても、豪華である必要などない。豪華な建物などなくても、用は足りるからな。それを豪華にしたいと考えるのは、見栄…虚栄心である、としか言いようがない」

「おえらいさんは見栄を張りたがるものでしょ」

「ああ。だが、かの宗教の掲げる七つの大罪というものには、傲慢、というものがある。驕り高ぶる事だ。そして、見栄とは驕りの表れでもある。つまり、虚栄心とは罪に連なるものだし、強欲も罪とされるのだから、より豪華に、立派なものを、と"欲した"のであれば、それは"罪深い事だ"といえる訳だ。…実際、この贖宥状の件が引き金となって、宗教改革は引き起こされた」

「…何か、そんな話を社会の時間でやった気がするわ…確か、ルター、だっけ」

「そうだ。愚かなお前も少しは授業を真面目に受けるという事が出来ているようだな」

「いちいち人を馬鹿にしなきゃ居られない訳?君は」

「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い」


当然の様に言い放った少年に、少女は眉を吊り上げる。


「悪いに決まってるでしょうが。ていうか、私其処まで馬鹿にされる程の馬鹿でもないわよ」

「オレには馬鹿にしか見えん。…話を戻すぞ。まあ、要するに、宗教に自浄作用が全くない訳ではないが、そんなものは所詮一時的なものにすぎん。ある程度の権力をもった所で、宗教というものは低俗なものにならざるをえん」

「それ、君の偏見なんじゃないの…?」

「オレに宗教に対する不信感と偏見がある事は否定しないが、的外れな事は言っていないと自負している。そして、重要なのはそこではない」

「何処よ」

「宗教は、多かれ少なかれ、力を持つという事だ。それは、権力の事であり、数の力であり、信仰心というものである。力は、制御を失えば害にしかならん」


少年は言葉と共に三本の指を立てて見せる。少女は小さく腕を組んで尋ねる。


「権力は今までで出てきたけど…数と信仰心、って何よ。数が力を持つ、ってのはまあ、わかるけど。ていうか、現代日本じゃ政教分離があるから、宗教に権力って無いんじゃない?」

「政治権力だけが権力ではないし…逆に言えば、態々、切り離さなければならない、と定義しなければならないほどそれが影響力を持つという事の表れでもある。そうでなければ明文化する必要はないからな。…しかも、現在の日本では、きちんと分離されていないという話だしな」

「…それって本当?」

「何と言ったか…"メディアは話題に出さないが、広く影響を持つという事が周知の秘密である宗教結社"が裏でとある政党…しかも、連立与党に常に入っている政党と繋がりがある…というか、寧ろ結社の政治部門と言ってもよいものだ、という話がある。真偽の沙汰はオレの知る所ではないが、それが事実だとすれば、政教分離が行われているとは言えないだろう。…まあ、その話は本当にヤバいから、この様な、記録が残る場では詳しくはできないのだがな」

「さらっとメタ的な事言ってるんじゃないわよ。それを言ったら寧ろ宗教の話をしてる時点でやばいわ。…じゃあ、数の力、ってのは?」

「世界一のベストセラーが何か、お前は知っているか?」

「…知らないけど…この流れ的に、聖書、とでも言うんでしょう?」

「その通りだ。その事実は、とりも直さず、聖書というものが世界中の人に多大な影響を与えている、という事になる。お前は恐らく、聖書を読んだ事はないんだろうが、聖書の一節を耳にした事位はあるだろう。"求めよ、さらば与えられん"、"今まで罪を犯していない者のみが罪人を責める資格を持つ"。…まあ、細かい所は間違っているかもしれんが、そのような言葉は聞いた事があるだろう。また、"目から鱗が落ちる"の様に慣用句として広く使われている言葉もある」


少年の言葉に思い至る事があったのか、少女は目を瞬かせる。


「目から鱗、って聖書から来てるの?」

「そうだ。耳にする機会があれば、もちろん影響を受ける事になる。まあ、それ自体に問題はないがな」

「それで、影響力があって、どうだっていうの?」

「影響力は力の一部だろう」


威風堂々、言いきった少年を見て、少女は少し考えた後、問いかける。


「…。…じゃあ、信仰心は」

「土着信仰のシャーマンなどは信仰心によってトランス状態を起こし、普段では起こせない様な事を起こす。それだけでも信仰心は力を持つ、といえるだろうが…お前は確信犯という言葉を知っているか?」

「それが悪い事だとわかって犯罪を起こす事でしょ?」

「それは誤用だ。その場合は正しくは故意犯と呼ぶ。確信犯というのは、道徳的宗教的、或いは政治的に正しい事だと固く信じて犯罪を犯した者の事をいう。つまり、それが正しい事だと思い込んだ結果の犯罪、というわけだ。戦争を起こす事が犯罪だというのなら、聖戦ジハードや十字軍の進行はまさに確信犯だと言えるだろうな」


少年は僅かに口の端をあげ、歌う様に続ける。


信仰(profess)し、進行(advance)し、侵攻(invade)し、自らは正しい事をしているのだと信じて人を殺め、正しい事をしているのだから、死んでも天国へ行けるのだと信じる訳だ。全く以って、傍から見れば下らない事にな。信仰心というものは生きる上でよすがになる事もあるが、強すぎれば、害をなすものになる事もある、というわけだ。特に、武力などの他の力と結びついた時にはな」

「…君、本当は人間不信なんでしょ」

「…さて」


少年は小さく肩をすくめる。


「権力者が自らを神聖視させたがるのは、信仰心という形で大衆の意思を操るためなのだとオレは考える。まあ、ただ単に驕り高ぶった結果、わかりやすい方法に落ち付いただけなのかもしれんが」

「…君、基本的に他の人間皆馬鹿だと思ってるでしょ」


少女の呆れた様な言葉に、少年は鼻を鳴らして答える。


「愚かな人間が多いと思っているだけで、皆馬鹿だと思っている訳ではない。権力に拘泥する様な人間は愚か者ばかりだろうとは考えているが」

「君、その発言は色々と問題があると思うんだけど」

「…否、権力に限らず、他者に影響する為の"力"を欲し、こだわるようなら、愚か者である可能性が高いのか」

「それ、問題発言だと思うんだけど」

「問題?何がだ?此処にはオレとお前しかいない。お前が思考を放棄したくなったというならそれは問題だが、オレに問題などない」

「君にとってはそうかもしれないけど…」

「"力"に拘るものが愚かだというのは、それが非生産的な事だからだ。非生産的な事が必ずしも悪い事だとは言わんが、それは、その行動が他者に害を与えん限りの話だ。己の都合でのみで他者への害を厭わんとするのなら、それは不幸しか生まん」

「君の考えって一般化されている様で実はある一定の状況を想定した結果よね。…ていうか、段々主題と離れていってる気がするんだけど」

「そもそも、主題など在って無いようなものだ。問題ない」

「…えっ」


思わず目を丸くした少女に、少年は鼻を鳴らして答える。


「何を鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をしている、馬鹿女。主題を設定する事に何の意味がある?オレは貴様にオレから何かを学ばせようと思っている訳ではないぞ?ただの時間の無駄だからな」

「…それは遠まわしに私に学習能力がないって言ってるの?」

「否。天才の論理を愚か者が知る事は出来ん、という話だ。…否、論理に頼らずとも答えを導き出せる、という意味では、天才と馬鹿は通じるところがあるものかもしれんが」

「紙一重ってそういう意味じゃないと思うんだけど」


少女の呆れた様な言葉を無視し、少年は己の思考へもぐり始める。


「…否、大衆と相容れぬ論理を持ちながら、他者を納得させられる者を天才、そうでない者を馬鹿というのか?」

「…それも何か違うと思う」

「…文句を言うなら何か意見を出したらどうだ」

「天才と馬鹿の違いなんてどうでもいいわよ」

「む…」






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