第一話 流れ往く平穏
「はぁ、もうすぐ期末か・・・」
俺は、誰も居ない教室の窓から外を眺めながら、大きなため息を吐いた。
「陽太~、なにしてんのよ~」
気がつくと、後ろにはアイツの姿があった。
「お前なんでいきなり後ろにいるんだよ。」
「期末はやっぱ大変だよね~勉強が~」
「(シカトですかそうですか、まあいいや)ま、まあなあ。」
博美は俺の肩をポン、とたたいて、
「ま、何事もリラーっクスリラーっクス♪特大サービスだよー」
「は?お、おい…や、やめr」
俺は、強引に横に押し倒されて、膝枕をさせられた。
「やっぱ、ほのぼのが一番だよね~人生~」
そう言って笑う博美の影に、一瞬、爺ちゃんの面影が見えた気がした。
アレは、俺が小五の時だった。
「登山家、上原宗吉さんが遭難、見つからず捜索打ち切り」
ニュースで流れた声を、俺は受け入れることができなかった。
やさしかった爺ちゃん。いつも、山登りに連れていってくれ、いろいろな知識を
教えてくれた爺ちゃん。
その一週間前、「ちょっと山登りに行く」と行ったきり、連絡が取れなくなって
いたのだった。
ただ、爺ちゃんには謎めいた箇所があった。
まず、爺ちゃんより先の家系が判らない。また、いつも爺ちゃんは専用の書斎を
使っていたが、色々と不思議な模様が描かれた紙や道具があった。それ故、俺は
疑問視はしていたが。
いずれにせよ、心の支えであった存在が、急に無くなってしまった俺は、性格が
大きく変わってしまった。
友人にさえ冷たい態度を取るようになり、だんだんと、俺の周りからは友人がい
なくなっていった。
絆が深かった家族のも、いつしか影を薄めていき、残され島のように、俺はとて
つもない孤独の闇の中に投げ出されていた。
だが、ある日の、独りきりでの買い物帰りのことだった。
前を歩いていた少女が、財布を落としたのだ。
全く気づいていない様子だったので、拾って渡そうと考えたのだが、
当時にしては珍しいことだった。
「あ、あの」
少女はハッとしたように振り返った。
「へ?あ!財布だ!」
俺が差し出すと、少女は苦笑いしながら受け取った。
「ありがとう。君、名前は?」
「上原陽太」
「へー、いい名前だね。私は天景博美。(あまかげひろみ)」
俺は予想外の反応に驚いた。だが、その後の言葉の方が、驚きは大きかった。
「ね~、友達になろうよ」
博美との関係は、こんな他愛もない会話から始まった。
小学校は違ったが、通学路が同じだったので帰りによく話したり、遊んだりして
いた。
そして、偶然にも二人して同じ私立校に志願し、合格したのだ。
入学式の時、鉢合わせしてしまい、向こうから抱きついてきた。
本人曰く、「うちの学校では、ここ受けたの私だけだったから、心細かったの…
」だそうだ。
自分も、小学校の中でここを唯一受験した。
そして、クラスは何故か三年間同じまま、今に至るのである。
「すいへ~り~べ~ぼくのふな~」
「ふなじゃねえ、ふね(Ne)だ」
「わかってる~って」
「明後日か、期末は」
「そうね、あの赤い靴でも履いてきたら~」
博美は、のんびりとした口調で続けた。本当にのんびりし過ぎていてちょっと心
配になる時はあるが、真面目な時はかなり真面目だったりする。
「さて、もうそろそろ帰るか」
グラウンドでは、未だにバットの金属音が鳴り響いていた。
俺は赤い靴を磨くと、明日の準備をして、寝ることにした。爺ちゃんは、いつも
登山に行く時は必ずと言っていいほどこの赤い靴を履いていた。だが珍しく、失
踪した当日は、玄関に置かれたままだった。
磨き終わり、俺が元の場所に置いた時に、
何と靴を中心に結界らしき物が展開し、しばらくすると消えたのだ。
俺は一体何だったのだろうと思いつつ、二階へと階段を上っていった。
我は我。他は他。交じり合いはできるが、混じり合いはできない。境界線の延長
上には、どのような光景が広がるのかは、未だ誰も見たことはない。