「錦」について
先日、俳句を2つ詠んだ。
とはいえ、俳句とは言ったものの専門的に勉強をしたことがあるわけでもない。その上で、便宜上「俳句」と呼ばせてほしい。
詠んだ句については詳細は割愛するが、うちの一句は「錦繍」というあまりにも美しい言葉と出会い、その言葉を詠んでみたいと衝動に駆られるまま作句したものだ。
もう一句については、先日赴いた、花火大会について詠みたいと思い、言葉をあーだこーだこねくりまわすうちに「錦冠」という美しい言葉に出会い採用した句である。
この2つの句はほぼ同じ時期に詠んだのだが、詠んでから、どちらの句にも「錦」という文字が入っていることに気がついた。
自身は錦織の着物などを錦だなぁと意識的に見たことも無いにも関わらず、この「錦」という文字に対し一種の神聖さを感じているのだと気付いた。
とはいえ、大学で何か専門的に研究した事もなければ、資料にあてがあるわけでもない。その上での話となることをご容赦願いたい。
そもそも「錦」とはなんなのか。
デジタル大辞泉には、
### **きん【錦】[漢字項目]**
[常用漢字] [音]**キン**(漢) [訓]**にしき1**金色の糸で美しい模様を織りなした絹織物。にしき。「錦衣・錦旗・錦繍きんしゅう」
**2**にしきのような。美しい。「錦鶏・錦秋・錦地きんち・錦心繍口」
### **にしき【錦】**
**1**種々の色糸で地色と文様を織り出した織物の総称。縦糸で文様を表した経錦たてにしきと、横糸で表した緯錦よこにしきのほか、唐錦からにしき・大和錦などがある。
**2**美しいもの、りっぱなものをたとえていう語。「錦織りなす紅葉」「錦をまとう」
というようにまとめられている。
漢字項目としても単語としての項目としてもどちらも1つ目の意味としては、織物としての総称。2つ目の意味としては、1つ目の意味で示す、織物の様な美しい立派なものという様な意味合いだ。この感覚を錦織物を見たことのない自分のような人間でも理解しているというのはおもしろい。
この大辞泉の内容を念頭におきながらそれぞれの言葉について見ていきたい。
最初は大辞泉にも1つ目の意味として記述されている「錦織物」だ。
布を織ってから染めるのでは無く、金糸や銀糸をはじめとした様々な色の糸で何千何万と織る事により荘厳で華美な織物となる。
その為、製作過程で技術や時間を要する織物でありその価値は非常に高いものとなる。錦織物は庶民誰でも手が届く品物ではなく、手に入れるにはそれ相応の富や地位が必要なほど高価な品物だったのだ。
こういった経緯から「錦」には、成功者の証としての側面が存在している。「故郷に錦を飾る」という諺はこの用例のひとつだ。
冒頭で述べた両句を詠む前から知っていた語彙の中から「錦」という字を用いた語を探してみた。
パッと思いついた言葉は「錦の御旗」と「錦市場」だ。
前者は歴史好きなところから自身の語彙にあったのだと思うし、後者は出身地が関西であることから語彙にあったのだと思う。
取り付きやすかったこともあり、まずは、自身の中にあった言葉から考えてみようと思う。
「錦の御旗」は、中世武士の時代から天皇家の敵である「朝敵」を討伐する官軍となった者が、自身が官軍である事を示す為に掲げた旗の事である。
戊辰戦争の折、新政府軍が旧幕府軍を討伐する際に、自軍の正当性を示威する為に掲げた旗が有名だ。実際、「錦の御旗」を掲げた結果、新政府軍は戦意が高揚したのに対して、旧幕府軍は戦意を著しく喪失し、兵が逃亡する例が多発したと伝えられている。
この「錦の御旗」でいう「錦」というのは錦織物で作られているところから来ているのだと思う。錦織物の荘厳さや華美さが官軍の「御旗」としての威光をこれ以上無いほど示したと言う事だ。
次に「錦市場」についてだが、こちらは「錦小路通」に江戸時代頃、魚市場が作られたのが、始まりだそうだが、古くは平安時代あたりからこの辺りに小規模な市場があったとされている。
となると由来である「錦小路通」はどうだと言う話になる。こちらは平安京が造成された頃は「具足小路通」と呼ばれていたらしく、一時期はなまって「屎小路」と少々下品な名称で呼ばれていたようだ。
あまりの名称に天皇家からの勅命で名称が変更となったという説があるそうで、その際に命名された名称が「錦小路通」だったのだ。「錦」は下品な愛称のせいでついたイメージを払拭できるほど華美な様子を象徴する言葉ということだろう。
この話のきっかけのひとつとなった「錦冠」は、冒頭で述べているとおり、「にしきかむろ」と読む。
花火の種類のようで、正式には「錦冠菊」と言うそうだ。元々「冠菊」という光の尾を長く引いて垂れ下がる花火の種類があり、その中でも金色の物を「錦冠菊」と呼ぶそうだ。どういった花火かは見ていただいた方がわかりやすいと思うので調べていただきたい。これについてもやはり「錦織物」からくる彩り豊かで華美な情景を想起させる。
もうひとつのきっかけの「錦繍」について述べて結論に向かいたい。この言葉の意味はずばりそのまま「錦の刺繍」だ。
この言葉を初めて見て、意味を調べた瞬間衝撃が走った。こんなに美しい言葉があるのかと、自身の拙い語彙でもなんとしてもこの言葉を使った何かを作りたいと。ここまで創作意欲に駆られた事は未だかつて無かったように思う。
この言葉は、錦の刺繍のように色彩豊かで美しく華美な景色を示す。季語では無いが、秋の雰囲気を内包し、「錦繍の山」や「錦繍の秋」のように用いられる。なんと美しい情景を想起させてくれるのか。
最後に、今回調べてみた所感をもって結びとしたい。「錦」と言う言葉は、元来「錦織物」を指し示す単語であったが、その美しさから「色彩豊かな華美さ」や「成功」の象徴へと意味を広げていったという事を確認できた。
冒頭で述べた、「錦」という言葉に漠然と感じていた「神聖さ」はこの言葉が単に「美しさ」という意味をもつだけでは無く、長い日本人の営みの中で「華やかさ」や「権威」・「成功」といった意味をまとってきた、そういった歴史の中の積み重ねから感じていたのだと気づく事ができた。
今回この「錦」という言葉に対し自身が持っていた印象を内省できた事により、解像度が深くなったように感じる。
今後、他の語についても少し調べてみたいと思えるような実りある時間だった。




