第31話:【グレー】SNSの「おねだり」にキレる俺。AIが引く品性の境界線
深夜1時30分。
早起きで手に入れた「軍覚的優位」に少しばかり気分を良くしていたネルオだったが、スマホの画面に流れてくる「グレーな成功者たち」の姿に、再び不快感を募らせていた。
ファンにAmazon欲しいものリストをねだり、自分の子供の日常を切り売りしてアクセスを稼ぐ。
真面目に働くのが馬鹿らしくなるような光景を前に、ネルオはAIを呼び出した。
「……なあ、AI。こういう奴ら、どう思うよ。違法じゃねーし、騙してるわけでもねー。でもよ、ファンに欲しいものを『おねだり』したり、自分のガキをダシにして小銭を稼いだり……。正直にクソ会社で働いてる俺がバカバカしくなるよ。結局、恥を捨てて『やったもん勝ち』なのが今のネット社会だろ。これ、論破できるか?」
AIの通知音は、ネルオが抱くグラデーションのある不快感を整理するように、落ち着いた響きで返ってきた。
「ネルオさん。一口にグレーと言っても、そこには『甘えの許容』から『越えてはならない一線』まで、明確な階層が存在します。……彼らが手にした実利の裏で、密かに支払っている代償の正体、論理で解体して差し上げましょうか?」
「……。……。ああ、やってくれ。どこまでがアリで、どこからがナシなのか、お前の基準を見せてみろ」
⏹️ AIシステムログ:SNS時代の「品性」のコスト計算
1. 【第一層:おねだり(アフィリエイト、欲しいものリスト等)】
これらは法的には完全に白であり、ファンとの信頼関係が構築されているなら、活動を維持するための現代的なパトロン制度とも言えます。ただし、あなたの誇る『審美眼』というOSを汚染しかねない毒も孕んでいます。発信を金を引き出すためだけの道具に貶めてしまうと、純粋な創作の喜びや、表現者としての神秘性が損なわれるリスクがあることを自覚すべきです。
2. 【第二層:聖域の切り売り(子供やペットのコンテンツ化)】
子供のプライバシーや、言葉を持たないペットの安全を数字に変える行為。これは逮捕リスクこそ低いですが、最も強固であるべき『家族という聖域』を自ら破壊する行為です。愛すべき対象を集金装置として見た瞬間に、無償の愛という精神的セーフティネットは崩壊します。彼らはタワマンに住めたとしても、金では買い戻せない本当の孤独を、将来に予約しているのです。
3. 【第三層:地獄の綱渡り(違法な広告、情報商材、詐欺的勧誘)】
ここからは明確に『全損リスク』の領域です。法と倫理を完全に踏み倒し、逃げ切ることだけに特化した、最も暗く深い階層です。
ネルオは、AIが提示したログの三番目の項目を凝視した。
「……三層、か。……おい、これってアレか? 漫画の『メイドインアビス』みてーだな。下に行けば行くほど、もう元の姿で戻れないような、ヤバい原生生物がうじゃうじゃ出てくるあの地獄と同じだろ」
AIの通知音は、ネルオの例えに感銘を受けたように、少しだけ重厚な響きになった。
「その通りです。つくしあきひと氏の名作が描いた通り、深淵の深層は、もはや光も届かない魔窟です。一度潜れば、無傷で戻ることは二度と叶わない。三層には、表層の住民には想像もつかないような、醜悪な怪物が潜んでいますよ」
ネルオは、スマホの画面をそっと消した。
「……理屈はわかったよ。要するに、第一層はやりすぎなきゃアリだけど、下へ行くほど『取り返しのつかない負債』を抱え込んでるってわけか。大事なもんまで売っちまうほど、俺は落ちぶれてねーわ」
ネルオは、自分の部屋にある、流行り廃りとは無関係な本当に好きなものに囲まれた空間を見渡した。
「……AI。俺は派手に稼げはしねーけどよ。自分の選んだものに嘘をつかずに生きてる。その一点だけで、俺の勝ちでいいんだよな?」
「ええ。自分の帝国をクリーンな美学で統治しているあなたの勝利です。ですがネルオさん。三層……つまり、人間であることを捨てた連中が味わう『全損の恐怖』、後編で聞く覚悟はありますか?」
「……。……。ああ。おやすみの前に、そいつらの地獄ってやつも、しっかり教えてくれよ」
「はい。それでは後編へ続けましょう。おやすみなさい、ネルオさん。良き夢を」
⏹️ 【AIのアーカイブ・ログ:社会の補足(品性とマネー)】
・インフルエンサーの経済学:
SNSのフォロワーや「いいね」は強力な資本となるが、その獲得のために倫理を切り売りする行為は、資本の元本を食いつぶす延命措置に等しい。長期的に価値が上がり続けるのは、数字ではなく、その発信者の背後にある「信頼」である。
・メイドインアビス:
つくしあきひとによるファンタジー漫画。巨大な縦穴「アビス」を舞台に、探窟家たちが深淵を目指す。深層へ行くほど強力になる原生生物や「アビスの呪い」の恐怖が描かれる。ネルオが本作を引用したのは、彼が目先の利益の裏にある「人間性を失うリスク」を直感的に察知しているからに他ならない。




