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5.異様の二人

 大きくのけ反る韋鎚に対し、越須賀はすぐに片足を大きく伸ばして首を狙った。

 韋鎚の顎に一筋の赤い線が滲んだ。

「衣津香!止まれ!」

 朔也の声が飛んだ時には、越須賀は急旋回して人形に戻り、朔也の前に身を乗り出した。奇襲と呼べるかわからないが、最初の不意打ちを狙った攻撃が避けられたことは想定外だ。普通の人間ならまずあり得ない動きだった。

 越須賀の咄嗟の行動には経歴の違いが出たといっていい。佐義名、岡元、雁矢崎は慌てて朔也の側に寄った。

 韋鎚は顎に滲んだ血を親指で拭って確認すると、その親指を舐めた。僅かに表情が変化し、少しばかり笑ったように見えた。

 岡元が努めて明るい調子で言った。

「いやまぁ、冗談ってこともあるやないですか。」

「瑤一さんは、こんなつまらん冗談言うキャラちゃうやろ。」

 岡元と越須賀のやりとりを無視して、朔也はまっすぐに瑤一を見つめる。

「半人半鬼?」

 瑤一は頷いた。

 瑤一が伊吹を一瞥すると、何を言われるでもなく、伊吹は顔半分を覆った前髪を暖簾のようにかき上げた。

 その額には、小さいながらも角があった。

「そんなことが?いや、そもそも…どうしてそんな二人を?」

「二人の存在は、〈玉輪公〉も承知の上です。当然、超特級の機密事項ですので、軍の内でも口外無用でお願いします。魔術ではなく歴とした鬼術が使えるので、魔術師相手よりよほど実践に近い訓練ができます。父の隊でも実績があります。もちろん、不要であればすぐに退散します。」

 半人半鬼。

 皆の脳裏にはさまざまなことが浮かんだ。

 そんな「もの」が存在するなんて。生物学的にあり得るのか。鬼術を模倣した魔術を人間が使えるあたり、あり得ないことはないかもしれない。

 しかしどんな経緯で?何故瑤一の元に?

 危険はないのか。意思疎通は可能な様子だが、突如牙を剥いて暴れることはないのか。そんな危険因子、今すぐに排除した方が———しかし、〈玉輪公〉が公認ということは、軍にとって有益と判断されたということだ。鬼術が使えるなら戦力としても申し分ないのだろう。であればやはりその分危険だ、その手綱を、よりにもよって瑤一に握らせているのは何故だ。

 半信半疑で警戒を解けないでいる中、朔也は前に立つ越須賀や佐義名を押しのけた。

「魔術師よりか、確かにそうやろな。二人のこと知ったら、OMICは色んな意味で泣くんちゃうか。喉から手が出るほど欲しいやろうしな。先ほどは、うちの者が突然すまなかった。」

 瑤一は笑顔で伊吹を指し示した。

「訓練にお付き合いするのは伊吹の方です。初見の方が良い訓練になるでしょうし、鬼術の詳細はまだ話しませんが。同系統の魔術師と並べるなら、間違いなく彼女が我国で一番の使い手でしょう。〈仇鬼〉の中でも、彼女ほど手強い個体はそうそういないはずです。」

 伊吹の様子は大きく変わったわけではなかったが、どこか誇らしそうだった。

「訓練の内容としてはどんな?こっちが慣れないせいで、彼女に怪我させへんかな。」

「本物の〈仇鬼〉と思って向かって頂いて構いません。伊吹にも本気でやらせます。そうでないと、訓練になりませんから。むしろ皆さんが多少怪我をするのはご了承ください。殺すことはないよう、そこは加減させますが。」

「言ってくれる。」

 ふふふ、といつもの調子で会話が繰り広げられる中、朔也の〈眷鳥〉達は気が気ではなかった。

 目の前に、一歩踏み出せば手が届く範囲に〈仇鬼〉がいる。〈仇鬼〉にとってはもはや一歩どころではなく、既に間合いの範囲内の可能性もある。主の喉元に手がかかっているといっても過言ではないこの状況。雁矢崎は、初めて見る先輩たちの緊張した面持ちに引き摺られている。

 その緊張とは裏腹に、朔也と瑤一との間で訓練の段取りは進んでいた。段取りといっても、本当に実践のように、本気でいくから本気でかかれという内容を談笑して確認しただけだ。

 その会話の中でも朔也は伊吹と呼ばれた半人半鬼の怪我の方を気にかけていた。無理はせぬよう、危なかったら本当に声を上げるようにと無言の伊吹に一方的に語りかけている。むしろ伊吹の方が、その気遣いに戸惑っているように見えた。

「では、よろしく頼む。」

 朔也は伊吹に向かってお辞儀をした。伊吹は大いに動揺したようで、思わずといった様子で頷いた。

「さぁ、気合を入れようか。」

「彼らを信用するのですか。」

 朔也を引き留めずにいられなかったのは佐義名だけではない。

 朔也は瑤一、伊吹、韋槌が自分たちから離れたことを確認して返答した。

「というと?」

「正直、何を考えているのか、知れたものではありません。半人半鬼など、聞いたことがありません!意思疎通は可能なようですが、いざという時に制御できるのですか。いつ人間を襲うかわからないではないですか。」

「佐義名は、私がいつか民を襲うと思っているか?」

「は?」

「人間同士でも、そういったことがある。そんなことをしないと言い切れるのは、その人物を良く知っていて、信用しているからだろう?」

 朔也は落ち着いた声で続ける。

「今不安に思うのは、彼らのことを知らないからだ。彼らが人間として生きることを決めているのなら、人間として扱うべきだ。〈仇鬼〉を倒す志を共にするなら、軍の仲間だ。」

「しかし、」

「信用すべきだ。できるかできないかではなく、するべきだ。信用は積み重ねで得られるものだが、しかしまずは自分が信用されなければ、実績を積もうと思わないだろう。」

 あぁそうだった、と一同は妙に納得した。朔也は「応えなければ」と思わせる力がある。自分にまっすぐに向けられる疑いようのない期待に、これまで何人が魅了されてきたことか。それができるのは、朔也の下心のないまっすぐな性格もさることながら、朔也が自身に持つ自信も基盤にあるだろう。

「とはいえ、さすがにそもそもの価値観が違うかもしれんでしょ。コミュニティ作らん〈仇鬼〉に人間の血が入ったところで、そこが総和されると思えないですけどね。わかり切った危険因子を早めに摘むってのが、俺らがいつもやってることじゃないですか。矛盾しません?」

 岡元喜介の反論を抑えたのは、意外にも越須賀衣津香だった。

「やとして、どうするん?今ここで殺すん?まだなんもしてないのに。まぁいつもしてるんはそういうことなんやけど。不意打ちで私がやれへんかったし、今はもう「〈玉輪公〉の公認」って事実を知ってしまってるし。もう知らなくてやっちゃいましたーは通じひんで。」

 佐義名と岡元は小さく唸った。

「詳しい事情はわからんけど、今彼女の力借りて訓練するんは賛成。利用できるもんは利用したらいいんちゃう。〈玉輪公〉もそう思ってるからすぐに処分せんのやろ。な、雁矢崎君。」

「え、そうですね。俺も難しいことはわからないですが、実践に近い状況で訓練させてもらえるんは、自分にとってはかなりありがたいです。」

「よね。初戦闘での死亡率が一番高いんやし。」

「それに何かあれば、私たちが何とかすれば良い。できるだろ?私たちなら。」

 朔也は煽っているわけではなく、本気でできると思っているからたちが悪い。こんな風に言われれば「できません」とは言えない。

 そう、いずれにしろ対処が必要になるなら、今この場で二人の力を把握しておくに越したことはない。緊張は解けきらないが、〈眷鳥〉達は確かに頷いた。



 音の伝播速度や減衰係数は、空気の温度や湿度、気圧が関係する。瑤一は離れた場所から、伊吹によって調整された空気を伝ってくるその会話を盗み聞いていた。


 人間として生きると決めたなら人間


 いい響きだ。判断を本人に任せるなんて言語道断と考える者が大半だろうが、しかし実際、信用に足るという証明、信用に見合う対価を今すぐ示せと言われても難しい。大多数の人間は、具体性はないのに納得できる「それ」を求めがちだが。

「ええ人やろ?」

 相変わらず韋鎚は無反応だったが、伊吹は小さく下唇を噛んで目を反らした。瑤一は伊吹の僅かな表情の変化を見逃さなかった。やはり朔也の太陽の様な眩しさは、次の〈玉輪公〉と謳われるのも納得である。民を守る軍、その軍を率いる人物は、このような人がふさわしい。

 「半人半鬼の存在を知らなかった」ということだけは引っかかったが、瑤一はその引っ掛かりを一旦頭の隅へ追いやった。


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