4.朔月隊
「雁矢崎景士です。よろしくお願いします。」
雁矢崎景士は深々とお辞儀した。
念願の朔月隊への配属。憧れの先輩方との初めての挨拶に、流石に緊張が隠せなかった。
「改めて朔也だ。よろしく。こちらから佐義名、岡元、越須賀だ。」
「よろしく。」
「岡元喜介や。喜介さんって呼んでな。よろしくねん、景士君。」
「越須賀衣津香。よろしくー。」
雁矢崎景士は背が高く体格も良かったが、朔月隊では目立つことはなさそうだ。
佐義名の第一印象は「厳しそう」だった。朔也は初見から変わらず、性格、雰囲気共に優しい。隊としての威厳は佐義名によって保たれているのかもしれない。
岡元喜介は癖っ毛の短髪とたれ目の柔らかな印象に似合わず、最も背が高く肩幅も広い。二メートル近い身長を持て余し、猫背で隊服を着崩していた。
越須賀衣津香は唯一女性であるが、引けを取らない立派な体格をしている。気怠げな雰囲気を持つ女性で、この隊での最年長らしいが全くそうは見えない。
「やっと後輩できて嬉しいわぁ。仲ようしよね、景士君。」
「喜介に虐められたら言いな。」
「やめてよ衣津香ちゃん、初対面で印象悪なるやん。」
この日は岡元、越須賀の二人に本部を案内されながら、普段の業務の説明を受けた。
烽州中央に高く聳え立つこの本部には小隊がいくつも存在する。朔月隊を含むこの小隊が中央区の警備、各拠点の応援、または自ら赴いて〈仇鬼〉狩りをする。宿直は持ち回りの他、ここで寝泊まりする隊員もいれば、家に帰るのも自由だ。雁矢崎は引き続き軍の寮で過ごすつもりで、同じく寮に住む岡元は喜んだ。
昼食は本部の食堂でとった。健康に配慮された大盛の定食を食べながら、話題は各自の身の上話へと移った。
「雁矢崎いうたら〈眷鳥〉の名門やもんな、景士君のお父さんも超有名よ。英才教育受けてきたんちゃん?大変そうやなぁ。」
「そうですね、たぶんそれなりに…母も姉も〈眷鳥〉なので、もうビシバシと。」
「え、そうなん?お名前は?」
母方の旧姓を出すと、「「そうやったんか!」」と声を揃えて驚かれた。隊での名字は変更していないため知られていなかったらしい。姉は、岡元と年代が近いこともあり、訓練の時に見かけたことがあるそうだ。
「皆さんはいつから朔月隊に?」
朔月隊が発足したのが五年前、同時に佐義名と越須賀を〈眷鳥〉として迎えた。岡元は二年前に朔月隊に異動したそうだ。
朔也は今年二十五歳、隊としての歴も浅い。それでも轟く人気と名声は朔也の立場と力に寄るところでもあるが、〈眷鳥〉三人が非常に優秀であることも大きい。
「私は、元々繊乃さんとこの隊の所属。朔也のお守り頼まれてな。」
「この隊に残るって決めた理由はなんでやっけ?」
「朔也の顔がいいから。」
喜介は知っている上で聞いているのだろう、揶揄う調子での質問に、越須賀は飄々と答えた。越須賀伊津香は雁矢崎景士の顔をじっと見つめ、右に左にと体を揺らしながら角度を変えて眺めまわす。
「…あの?」
「景士君もさ、整った顔しとるやんね。新しい子も美形で嬉しー。目の保養やわ。」
「セクハラで訴えられますよー。俺やったらいつでもどこでも衣津香さんのお目々のために駆け付けるやん。なんぼ見つめてもええですよ。」
「喜介はタイプじゃないー。」
「そんな冷たいこと言って、いつも顔の傷は心配してくれるやんか♡」
「喜介さんはどうしてこの隊に?」
「でかい奴が欲しいからって上からの誘いやったけど、即答やったな。そらもう出世確実やから。隊発足の年からたった三人で〈仇鬼〉討伐数のトップ争いしてたし、なんせ時期〈玉輪公〉候補やで。まぁそうならんくても、朔也さんの人気は今でも別格やろ。それにあやかりたい。」
「佐義名を見習え。」
「佐義名さんは真面目すぎるんやってー。」
軽口を叩きあう雰囲気に、徐々に緊張もほぐれてきた。朔也はそれも見越して、最初の案内をこの二人に任せてくれたのかもしれない。
「そんなことより、景士君静かやな。最初はもっと喜介みたいな、チャラいはしゃぐタイプの子かと思ってたけど。緊張してんの?」
「え、最初って?そんなふうに見えましたか?」
「いや、実は訓練の時にこそ見しに行ったんよ。めっちゃ叫んでたやんな。」
「ははっ!そやそや。あれほんまなんやったん?おもろすぎたんやけど。」
「あーあれは…事情がありまして。こっちが通常モードです。」
その夜。
今日は新月の日であり、「契約」の日だ。朔也と雁矢崎の契約をこの日まで待つ必要はなかったのだが、急ぐ必要もなかったので皆の「更新」と合わせて行うことになっていた。
朔月隊の部屋、実際はほぼ朔也の事務室としか使われていないのだが、その部屋の縁側で皆で机を囲み、腰を降ろした。
朔也から液体が入った小瓶が配られた。
静かな夜だ。
「では改めて。雁矢崎景士君、私の隊へ来てくれてありがとう。いついかなる時でも、皆を守れる存在でありたい。我々の存在によって、皆が安心できる世の中にしたい。私の志に、どうか力を貸して欲しい。」
朔也の言葉に、雁矢崎景士は唾を飲み込んだ。簡単に頷くことができなかった。それは夢などではなく、成し遂げようとする固い意思を感じた。この隊は皆が、それを実現する実力もあるのがわかっている。
一隊員の自分が、そこまでの重荷を背負う覚悟ができているだろうか。朔也の隊に入れただけで浮かれていた自分である。隊員として訓練は受けてきたが、つい先ほどまで守られる側の気持ちでいたことがわかった。この瞬間から、守る側にならなければならないのだ。あまりに重たい覚悟だった。正直、自分がそこまでの重荷を背負う覚悟ができているとは言えない。
雁矢崎の動揺を察して、岡元が体を寄せた。
「そんな重く捉えんでいいんよ。やることはなーんも変わらんからね。」
「君が今容易に頷くことができないのは、それほど真剣に考えているということだ。それで十分だよ。」
「顔はいいけどクサいんよな、うちの隊は。」
続く佐義名と越須賀のフォロー(?)に、朔也もにっこりと笑った。
「硬くてすまない。こういうのは、最初に伝えるようにしてるんだ。大丈夫、君ならできると思って迎えているし、君のことは私が守ると約束しよう。」
「…精一杯、頑張らせていただきます。」
全員が小瓶の蓋を開けて掲げた。
「烽州の未来に。」
「「「烽州の未来に。」」」
翌日からすぐに、朔月隊での訓練が始まった。
〈仇鬼〉討伐では、〈眷鳥〉同士の連携が重要となる。連携方法は個々の特徴を生かすものが良く、人数によっても異なるため隊によって色がある。これまで学校での訓練では個々の能力を上げることだけに特化していたため、団体としての動きは初めてとなる。
鳥の狩りは一瞬で終わる。獲物まで一気に接近して一掴みだ。〈眷鳥〉としての闘い方も同じで、隊列を組んで〈仇鬼〉に向かって急降下し、すれ違い様の一瞬で終わらせるのが理想だ。〈仇鬼〉の近くに長時間留まることはしない。身体を捉えられれば、致命傷は免れない。単純な力比べでは、〈仇鬼〉には叶わないのだ。
先頭を飛ぶのは岡元だ。鳥形の姿も大きい岡元が一番に飛び掛かり、〈仇鬼〉の視界を遮る。その後ろから、佐義名、朔也、越須賀が僅かな時間差で続く。佐義名と越須賀で両脇から胴体を挟みこんで攻撃、撹乱し、首を狙うのが朔也の役割だ。
生命力の強い〈仇鬼〉討伐の基本は首の切断である。遺体の腐敗が早いため詳細は明らかではないが、首の切断によって完全に生命が断たれる。それは〈仇鬼〉も本能的にわかっており、首への攻撃は最も危険を伴う。
「朔也さんがその役割なんですか?」
雁矢崎は聞かずにはいられなかった。普通、要の〈輪〉は最も安全な場所にいるべきだ。そもそも戦闘に加わらない〈輪〉もいる中で、最も危ない役割を担うメリットが考えられなかった。
しかしその理由は単純なもので、「朔也が最も成功率が高い」からだそうだ。パワーで勝る岡元、飛行技術の高い佐義名、速さは越須賀が上と評される中で、何故か朔也の成功率が最も高い。
朔也は、目がいい。視力ではなく、動体視力と言うべきか。〈仇鬼〉のわずかな動きを見逃さず、次の動きを先読みできる。瞬間の攻防では、〈仇鬼〉からの攻撃に身を引いてしまいがちだが、朔也は引かない。とはいえこれは、目の良さだけではなし得ない。パワー、技術、速さ、それぞれでトップでなくとも朔也は全てにおいて誰かに次ぐ。欠点がない強さがある。最終的には、〈輪〉として生まれ育ち、積み上げた実績に伴うしかるべき実力と自信がそれを可能にしている。
朔也達が飛ぶ姿を見て、朔月隊が軍のトップレベルの隊であることはすぐに納得した。それと同時に、自分に期待されているものを想って焦りを感じた。自分はこの隊でなんの役割が担えるだろうか。
一旦、雁矢崎はしんがりを務めることになった。朔也のすぐ後ろにつき、朔也が仕留め損なった場合は、雁矢崎が〈仇鬼〉を仕留める。当然新人である配慮もされた布陣だろう。
模型に対する訓練を何日が続き、いよいよ実践に入ろうとしていた。ついに〈仇鬼〉と対峙するのだ。段階が飛びすぎているのは否めないが仕方がない。OMICの助力は簡単に得られるものではない上、本物の〈仇鬼〉とは程遠い。
しかしやはり、〈仇鬼〉を相手にすると考えると悪寒が走った。
死が突然、身近に感じた。
朔也も含め皆、雁矢崎の不安にはもちろん気がついている。全員が乗り越えてきた過程だ。だからこそ、「大丈夫」という言葉や励ましは何の意味もなさないと理解している。こればかりは、経験して慣れるしかない。目の前の恐怖に耐えられず〈眷鳥〉を辞める者もおり、これが最後の試験といってもいい。
同時に、佐義名、越須賀、岡元も緊張していた。人数が増えると戦略が変わる。例え一番影響が少ない配置でも、新人であれベテランであれ、メンバーに変更があったこのタイミングが一番危険であることは全員が承知している。朔也は本気で皆を守るつもりであるが、それと同じくらい、何があっても朔也だけは守らなければならない。そのためには誰も怪我をしないことが最優先だ。
「朔也兄さん。」
その声に皆が振り返った。
「タマ!珍しいな、どうしたん?」
朔也の背後で、岡元が雁矢崎に耳打ちした。
「瑤一さんや。〈玉輪公〉の三男さんの息子、やったかな。朔也さんと立場は似てるけど、ほらなんか腕がちょっと、とかで今までお父さんとこの隊おったらしい。西部第三部隊やったかな。最近こっち帰って来て再会したらしくて、朔也さんが可愛がったはんねん。でも後ろの二人は知らんなぁ、初めて見るわ。」
皆の視線は瑤一の後ろに立つ見慣れない二人に注がれた。
朔也らでも大きいと感じる体格の二人は、小さな瑤一と並ぶことでさらに威圧感があった。
瑤一の右側を歩く一人は、茶髪に混じった金髪が眩しい、鋭い目をした男だ。ぼうっと遠くを見る様子は、怒っているようにも眠たそうにも見える。
左側を歩く一人は、僅かに青みを帯びたように見える色素の薄い不思議な髪色をしており、長い前髪が顔の左半分を覆っている。彫刻のように彫りの深い整った顔だが、顔色は悪く無機質であり、どこか美しさと不気味さを兼ね備えた違和感を感じさせるある人物だった。女性だろうか。
なにより不思議なのは、その目立つ二人を朔也が知らないことだった。朔也は〈眷鳥〉にも隊員にも目をかけており、本部に在籍の者はほぼ全員の人相を記憶していると言って良い。特にこんな目立つ二人を見逃すとは思えないのだが、瑤一と同じ西部第三区の者だろうか。
瑤一は雁矢崎を見て軽く会釈した。
「新しい〈眷鳥〉を迎えた実践の前に、お手伝いできるかと思いまして。」
「手伝うって?」
朔也の返答に、何故か瑤一の方が少し驚いたようだった。大きな目を見開いてパチクリと数回瞬く。
「この二人のこと、ご存知ないですか?」
「すまない、既にどこかで会っていただろうか?」
半分はタマに、半分は二人に聞くように尋ねた。当の二人からは何の反応もない。
「いえ、紹介が遅れてすみません。こちら韋鎚と、伊吹といいます。」
「朔也だ。よろしく。」
朔也の挨拶にも、その後に続く〈眷鳥〉の紹介にも、二人は無反応だった。正確には二人の間でも僅かに違いがあり、金髪の韋鎚はおそらく聞いてもいない。伊吹は聞いた上で、酷く警戒しているように見えた。
「二人は西部第三区に配属か?」
「いえ、正式にはまだ。この二人は成り行きで私が拾ったのです。」
「拾った」。
そんな野良猫のように、と朔也が呆れる間もなく、瑤一の口からは彼らの正体が明かされた。
「人間と〈仇鬼〉の子。半分〈仇鬼〉の血が流れた、半人半鬼です。」
「「「…え?」」」
その呆けた声と同時かそれより早く、鳥形に変容した越須賀衣津香は飛びかかった。




