2.勧誘
都合が合う時間は、瑤一は朔也について周るようになった。少し遅れて受けているらしい〈輪〉および〈玉輪公〉の教育内容だけでなく、軍の構成や情勢、そして〈仇鬼〉のことなど多岐にわたって質問を受けた。問いの中にはこれまで朔也が気にもかけなかった事象もあり、朔也にとっても学びある会話だと感じていた。
そんな日々が続いたある日、繊乃の元へ出向く機会があった。いつも通りの報告を済ませた後、繊乃はおもむろに瑤一の話題を出した。
「瑤一、来てるらしいな。弟みたいに可愛がっとるとか。」
朔也はこの時初めて自覚した。これまで立場上、隊員からは〈輪〉として、〈輪〉からは好敵手または監視対象として見られてきた朔也にとって、珍しく対等に心許せる相手であったことは間違いない。側からはそう見えるらしいと知って、兄弟か、と嬉しくもあった。
「はい、少し遅れて〈輪〉の教育を受けるように、〈玉輪公〉から指示があったそうで。」
「そうか…あんたは習ったこと、ちゃんと覚えてるな?」
「もちろんです。」
「覚えてるだけじゃあかんで。知ってることと本当の意味で理解してることは違うし、理解しててもできるかと言えば違う。やってるつもりでできてないこともあるし、できてても足りてないこともある。」
朔也はその言葉を噛み締めてから頷いた。
繊乃の言ったことはわかる、が、何が言いたいか核心部分がわからない。こういう言い回しは時折あった。あとは自分で考えろということだ。試されているなと緊張する傍ら、繊乃の優しさが心に沁みた。
〈輪〉同士の関係は複雑だ。血の繋がった家族であり、〈仇鬼〉から烽州を守護する仲間であり、一方で実績を競う好敵手である。実績があれば、〈眷鳥〉を先んじて選ぶ権利や、〈玉輪公〉の統治への発言権など得られるものは大きい。地区の統治費にも隊の運営費にも、個人の賃金にも影響するのは当然のこと。そして〈輪〉個人の処遇にも。あくまで実力主義、それが〈輪〉の家系と烽州の軍の方針だ。
朔也ら〈仇鬼〉狩りの成果をその地区管轄の部隊へ報告する義務はない。朔也は良かれと思って報告を挙げるが、追い返されたり、成果を盗られることもしばしばあった。〈仇鬼〉の数が減ることは襲撃の数が減る一方で、見えない不利益も多々ある。
そんな中、繊乃は冷たく厳しそうにみえて、相当な世話焼きだといつも思う。
「ありがとうございます。」
「気張り。」
「はい。」
繊乃からの一種の宿題について日々考えながらも、時はいつも通りに流れてゆく。
今回は特別に難関だった。自身に完璧な部分などないと思っている朔弥にとって、思い当たる節が多すぎる。
「そろそろ、『空挺編成科』の方へ向かわれますか。」
佐義名に言われて時計を見ると、ちょうど昼時だった。
「そうだな、行こうか。」
〈神器〉ではない一般人へ向けた教育体制の一つが、軍の隊員育成のための『州立軍防衛学校』であり、その中の〈眷鳥〉の育成を目的としているのが『空挺編成科』だ。いわゆる普通科から選抜された数名が『空挺編成科』の異動を許可され、〈眷鳥〉として〈仇鬼〉との戦い方を学ぶ。
朔也が繊乃からの助言に対して出した一つの答えが「〈眷鳥〉の増員」だった。現在の朔也の〈眷鳥〉は、佐義名、越須賀衣津香、岡元喜介の三名。他の〈輪〉と比べても少なく、必要最低限の人数だ。朔也の隊、朔月隊が発足して五年になる。そろそろ大人数との契約、指揮に慣れていかなければならない。
〈眷鳥〉同志の連携も必須になる以上、次の〈眷鳥〉を自分の一存で決めるつもりはなく、佐義名、岡元、越須賀も共に変容した姿で『空挺編成科』へ来訪した。正式な訪問日もあるが、外面を取り繕わない普段の様子を見るための幾度目かのお忍びだった。
朔也らは近くの木に止まって訓練場の様子を伺った。
まだ昼休憩だろうが、すでに訓練場には人影があった。細身の少年は軽く走りながら、僅かに飛び上がった拍子に変容し、鳥形のまま大きく羽ばたいて高度を上げた。黒く、かなり小さな姿だった。すぐに降りてきては、人形に戻って再び軽く走る。人形と鳥形の変容を交互に繰り返すだけの地味な練習だが、動きを妨げない迅速な変容は実戦において不可欠な要素であり、高い集中力と技術が必要だ。簡単そうに見えるのは、それほど巧みに行なっているということだ。まだ変容の間隔を短くする伸び代はあるが、その姿は朔也の関心を強く引いた。
しばらくして〈眷鳥〉候補生が三十名ほど集まり、皆が鳥形に変容した。大小さまざま、色とりどりの、形状も多種多様な鳥が翼を広げて飛び立ち、訓練が始まった。
「あの子、やはりいい動きをする。」
「雁矢崎家の子ですね。流石というべきか、遺伝は関係あるのでしょうか。」
雁矢崎———よく耳にする名前だった。〈眷鳥〉を輩出する名門の一つだ。
〈仇鬼〉に見立てた金属製の模型が大きく歪んでいた。先ほど、雁矢崎が一撃を喰らわせた場所だ。
当の雁矢崎は人形に戻ると、よく通る声を張り上げた。
「重力使え!それがパワーや!ほんで邪魔なんは風の抵抗や!羽はいらんで、閉じてまえ!」
「ははっ、元気だな。翼を閉じる恐怖をもう感じていないのか。」
「しかし、あぁも大声でコツを叫ぶのは何故でしょうか…」
その時、小さな影が横切った。先ほど変容の訓練を行っていた、黒い小さな鳥だ。その飛行速度はなかなかのもので、小さいからこその小回りも加わり、目で追うのが難しいほどだった。
「あの子も、とてもいい動きをするようになった。」
「例の多々良家の血縁者ですね。」
「数ヶ月前には飛ぶこともままならなかったのにな。」
「先に言わせていただきますが、俺はあの子は、流石に反対です。」
例の多々良家。
多々良は雁矢崎とは違って〈眷鳥〉を排出する家紋ではない。しかし昨今、耳にしないことはない名だった。
例の、〈眷鳥〉に〈輪〉が壊された事件と共に。
「遺伝が全く関係ないとは言い切れません。事実、多々良家のあの子は血筋特有の個体色が見受けられます。リスクが大きすぎる。」
「わかってる。」
「そもそもどういった経緯でここにいるのか…教師陣は何を考えて…」
その後も訓練が終わるまで見学をした。
耳にはしていたが、今の代はなかなか質が高い。技術面もさることながら、士気が高く、既に恐怖心を払拭できている者が多い。〈眷鳥〉候補同士で剥き出しの敵意が見られることも多々あり、なるほど、いい好敵手の関係が築けている。それも、何故か大声でコツを叫ぶ雁矢崎の子の存在が大きいように感じられた。
後日、『空挺編成科』への正式な訪問日には、朔也は瑤一を誘った。
「僕はまだ〈眷鳥〉をもつ許可をいただいていませんが…」
「OMICが来ることも稀やし、見とくだけでも勉強になると思うで。」
瑤一は一瞬悩んだようだったが、「わかりました、ありがとうございます」と笑顔で同行した。
軍はOgre magic Innovation corps(鬼の魔法の改革団)、通称OMICを名乗る魔術師集団との連携を重要視している。〈仇鬼〉の「鬼術」に類似した能力を「魔法」と称して扱う魔術師達との訓練は、対〈仇鬼〉最も実践に近いと考えている。そのため、〈輪〉による〈眷鳥〉の値踏みが行われるこの日は、OMICとの訓練を見学するのが恒例であった。
多くの〈輪〉が一同に集まることは珍しく、その中には繊乃の姿も見えた。持ち場を空けるわけにはいかないからだろう、今日は一人だった。
「朔の坊々やんけ。」
二人が振り返ると、目の前で巨漢が仁王立ちしていた。朔也の二倍はあるかと思われる肩幅。筋骨隆々の強面の男が二人を見下ろしていた。
「お疲れ様です、臥郎さん。」
「おぅおぅ、忙しいのにわざわざ来たんか?優等生君。お前んとこ募集してないんちゃうんけ。この豊作の年にこそ権利使ってこってわけか?公のお気に入りに全部持ってかれたら困るなぁ。」
その口調には嫌味が隠されていなかった。
「権利」というのは、つまり〈眷鳥〉を選ぶ権利である。〈輪〉の中でも序列はあり、実績次第でその優先順位が与えられる。朔也はかなり高い順位に付いているのだが、「公のお気に入り」と、暗に「実力で勝ち取ったものではない」と言われているのだった。
朔也はにこりと微笑んだ。
「やはり臥郎さんから見ても、良い年だと思われますか。」
「あ?お前は?」
朔也の意見を聞いたのではない。
既に瑤一を、正確にはその左腕を見ていた。その視線には遠慮がない。
「瑤一と申します。今日は見学に。」
「あぁ、一の倅か。噂は聞いとるわ。ふぅん。まぁ、頑張れや。」
それだけ言い残して、嵐のような男は立ち去っていった。
しばらく呆然とその背中を見送った後、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「お会いするのは初めてです。」
「そうか。遠縁やし、あの人も〈玉輪公〉直下部隊で一箇所に留まるような人ちゃうからな。」
「あの…何かあったのですか?」
「ん?いや、言わはったとおり、俺のこと気に入らんのやと思う。」
朔也は大袈裟に肩をすくめた。
臥郎はかつて、本気で〈玉輪公〉の座を狙っていると噂されていた男だ。そしてそれは、朔也に対する態度を見ても事実なのだろう。
しかし、現〈玉輪公〉が晩年までその座で軍の指揮を振るったことが想定外だった。臥郎は既に五十を超えていると思われる。そして、臥郎は同世代の中では頭一つ飛び抜けた個の実力はあったが、人当たりを気にする性格ではなかった。いくら実力主義とは言え、それだけでは〈玉輪公〉にはなれない。
朔也の万人受けする見目・雰囲気然り、〈玉輪公〉の長男の長男といった立場然り、何をとっても朔也のことが気に触るのは理解できる。朔也自身も、自分はたまたま恵まれていたと自覚する部分である。
「もし朔也兄さんが〈玉輪公〉になると決まれば、妨げになるのでは?」
「ん?いや、悪い人ではないんよ。」
素直な性格の男だ、誰よりも実力主義を重んじる。そこは臥郎自身の「正義」であり、それに反することはしないだろうという気がしていた。何も言わせないためには、実力をつけて納得させればいいだけのこと。
瑤一は珍しく、少し不満そうにして何か言おうとしたが、その声は訓練場に響き渡る声にかき消された。




