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1.烽州の神器

 全身を切る風はいつも心地良い。

 腕を動かせば大きく前へ加速する感覚。三次元的な空間の自由は、陸とは比にならない爽快感がある。この体はそう言う風に出来ていて、どこまでも速く、そしてどこまでも遠くへ行ける気になる。

 人間が生身で得られる速さを優に超えて移動する中、朔也は眼下に目を凝らしていた。

 『廃灯域』———我国最大の〈仇鬼(くうぎ)〉生息域だ。南北に渡り我国を二分し、烽州(ぐしゅう)赫州(かくしゅう)の境界でもある。

 いつ見てもその様相は不気味だ。点在する建物らしきもののほとんどは破壊され、それらの瓦礫が地面の大半を覆っている。普段見慣れない、使い道の想像もつかない機械類が、過去の遺産であるにも関わらず近未来的な一面を見せる一方、自然ではあり得ない破壊跡が壮絶な争いの痕跡となっている。大昔には発展した都市だったらしいその場所は、今では放棄され瓦礫の山となり、木々や植物に覆い隠されている。

 そんな中、視界の端でわずかに動く気配があった。

 僅かに赤みがかった茶色の毛玉が、瓦礫の上で転がった。

 〈仇鬼〉だ。

 体毛が多く、一見熊のようなずんぐりとした形態だが、耳の位置や手足の形などは猿に似たそれであり、眉間の突出した角が何よりの証である。小柄な個体だが、「危険度」に体の大きさは関係ない。

 朔也の後ろに続く「三羽」も〈仇鬼〉の存在に気付いていた。その〈仇鬼〉は空を飛ぶこちらに気がついておらず、この機会を逃すわけにはいかない。

 一面の青空に浮かぶ四つの黒点は、寝そべる〈仇鬼〉に向かって急降下した。


 〈仇鬼〉は人間を襲う。

 人間を襲う動物は〈仇鬼〉だけではないが、他の動物とは大きく違う点が二つある。一つは人間を襲う頻度が桁違いに多いこと。そしてもう一つは、襲う理由が「食」のためとは限らないということ。

 我国の人間にとって最大の脅威。それを憎しみを込めて〈仇鬼〉と呼ぶ。


 〈仇鬼〉の超能力とも言える力に対抗できるのは〈神器〉の力だけだ。

 我国には十二の〈神器〉が存在し、内、州を統治する五つの〈神器〉は〈五光〉と呼ばれる。

 烽州は〈玉輪公〉を据えた軍事国家ならぬ軍事州である。

 軍の役割は当然、〈仇鬼〉から、民衆を守ることだ。


 首を半分近く失った〈仇鬼〉の体は既に部分的な腐敗が見られた。そこでようやく「遺体」であると確信できる。

「いった…すいません、朔也さん。」

 一人の腕に大きな傷があった。最後の抵抗の際に引っかかれたのだろう。

 その傷はすぐに塞がり、血が止まり、そして跡形もなくなった。同時に、朔也の体内の熱と痛みも引いた。

「問題ない。無事でよかった。」

 もう一人が頭部の角を抉り取った。

 この日は他の〈仇鬼〉の姿は確認できなかった。日が落ちる前に、四人は最寄りの拠点がある街に降り立った。


「あれ朔也さんちゃう!?」

「ぴゃっ、ほんまや!かっこい~~」

「朔也さん!今日もありがとうございます!」

「朔也さーん!またうちに食べに来てくださーい!!」

「ぼくもいつか朔也さんの部隊に…」

「お前が?絶対俺やろ!朔也さんの〈眷鳥(けんちょう)〉に選ばれるんは!」

 朔也はそれらに手を振って答え、時には「ありがとう」「また伺うよ」とにこやかに言葉を交わした。

 どこに行っても、朔也の知名度と人気は絶大だ。知名度に関しては「現〈玉輪公〉の孫」というレッテルの影響が大きいことが事実ではある。が、人気に関しては人柄そのものの評価だ。嫌みのない穏やかで人当たりの言い性格、整った容姿、そして確かな〈仇鬼〉狩りの実績と、圧倒的なカリスマ性を有している。本人は「現〈玉輪公〉の孫」だからだと本気で思っており、自身の魅力に自覚がなく謙虚なこともまた、人気の一つだろう。

 烽州の〈神器〉———〈(りん)〉の血筋特有の透き通るような金髪が揺れる。

 定期的に各所の様子を見ておきたいという朔也の意思は尊重したいが、集まる人波で目的地への道のりは遠い。

「人気すぎるのも困りものですね。」

「そうでもない。私がここに居るだけで、〈仇鬼〉への恐怖が消え去ることが理想だ。」

 それは既に達成しているのでは、とは、佐義名は言わなかった。主の向上心はいつも眩しく、それを支え続けるのが自分の役目だと思っている。

 突然、佐義名の目の前にタオルが差し出された。若い女性で、わずかに俯いているため顔はよく見えない。

「さ、佐義名さん、あの、よかったら、これ…」

「え、」

 女性は震える声で、戸惑う佐義名に押し付けるようにタオルを手渡した。

 季節は夏。そして一仕事終えた後の一行は汗と泥を体に纏っている。決して綺麗なものではないし、主人である朔也を差し置いて自分だけというのも気が引けた。

「良いのでしょうか、汚れてしまいます。」

 やんわり返そうとするも、全力で頷く女性の親切心を無下にもできず、佐義名はお礼を言って顔をぬぐった。

「ありがとうございます。あの、」

 洗って返します、と佐義名が言うより早く、女性はそのタオルを奪い取るようにして胸に抱え、「ありがとうございましたーーーー!!!」と叫びながら立ち去って行った。

 朔也は固まった佐義名に近付き、そっと囁いた。

「佐義名、私より自分の心配をしろ…君のファンはなんというか、いつもガチの恋の目をしている。」

 その瞬間、珍しく狼狽える佐義名と、朔也の普段使わないふざけた言い回しに耐え切れず、後ろに続く二人は吹き出した。

「ブハッ、クックック…はぁ〜~~ええなぁ、俺にも早くファンつかへんかなぁ。」

「この二人に囲まれてたら、厳しいんちゃう?喜介はなぁ、チャラさが滲み出とるから。」

「えぇ、なんでやろ…でもええねん、衣津香ちゃんが好いてくれてたらそれだけで。…無視だけはやめて!?」

 目的地に着いた頃には、太陽が半分近く沈んでいた。

 守衛に挨拶をして建物内に入ると、すぐに出迎えてくれる声があった。

「こっちに来てるんは聞いてたけど、あまりにも遅いから何かあったんかと。」

「街の様子を伺っておりました。いつ来ても活気がありますね。」

 繊乃は自慢げに微笑んだ。

 ここ、『廃灯域』沿いの北部第十三区は、〈玉輪公〉の弟の長女、繊乃の管轄だ。〈仇鬼〉による被害も多い地域にも関わらずここまでの活気を維持しているのは、この地を守護する繊乃の手腕に他ならない。

「うちは〈仇鬼〉の対処は全部この子に任せてるから。私はそっちに専念できるってわけや。」

 繊乃は側に控える男に目配せをしたが、男は僅かに俯いただけだった。彼は繊乃の〈眷鳥〉である。

 繊乃は戦闘には出ないことを徹底していた。〈輪〉が戦闘に出ない大きな利点は「死なない」ことである。それでもこの部隊では繊乃の存在感が圧倒的で、皆が繊乃を敬っていることがわかる。指揮が末端まで良くいきわたり、繊乃の一言で場が締まる、そういった部隊だ。〈輪〉の中で最多の〈眷鳥〉数を所持できているのも、〈眷鳥〉達との信頼関係の構築が徹底できているからこそだ。

 朔也は〈輪〉の教育を終えた後の二年間はここで実戦を学んだ。その時から繊乃には世話になっており、朔也にとって尊敬する〈輪〉の一人だ。

「十四時頃、ここから東へ五キロほど行った『廃灯域』内で一体退治しました。小柄な個体で———」

 朔也は退治した〈仇鬼〉の詳細を伝えた。繊乃の側で係の者が記録する。こういった情報の蓄積が、未来の被害を分析、抑制ために重要になる。

「毎度助かるわ。でもあんまり無理したらあかんで。〈仇鬼〉との戦闘回数が増えるほどリスクも上がる。私は、無理に接触回数増やすんはあんまり賛同せん。」

「はい。でも、これで少しでも被害を減らせる可能性があるなら。」

 軍の役割は烽州を守ること。各地に配属された部隊は〈仇鬼〉の襲撃から民衆を守る。

 朔也の隊は中央区の〈玉輪公〉直下部隊であり、一人の〈輪〉と〈眷鳥〉のみで構成される。〈仇鬼〉襲撃時に各地へ派遣される他、襲撃の可能性がある〈仇鬼〉を「先に狩る」。

 これは今の〈玉輪公〉になってから行われた試みで、当時は〈仇鬼〉を無闇に刺激すること派内になると反対も大きかったそうだ。しかし〈仇鬼〉のコミュニティを作らない性質から、一個体への接触が種への接触に直結しなかったこと、そしてこちらが先に〈仇鬼〉を見つけることのメリットが想定外に大きく処理率を向上させたことから、今では民の信頼も厚い精鋭部隊との認識だ。

 それでも〈仇鬼〉と接触するリスクは大きく、繊乃は純粋に心配してくれている。


 一行は事後処理を終えて帰還した。辺りはすっかり暗くなっている。

 烽州の中央区、その中心に建つ軍の本部は暗闇でも目立つ。何重にも重なった塔に明かりが灯り、闇を一掃するように光り輝いている。これは〈仇鬼〉に対して囮の役割も果たしている。各階に縁側があり、どこからでも広く見渡せる他、緊急時にはいつだってどこにいても駆け付ける———否、飛び立てる。

 どこの拠点も類似した建造物だが、〈玉輪公〉が滞在する中央区の本部は別格だ。その大きさ、高さもさることながら、これでもかというほど煌びやかな装飾が施された豪華絢爛な、まさに城だ。かなり昔に建てられた拠点ではあるが、〈仇鬼〉に対する挑発的な輝きは、現〈玉輪公〉の性格をよく反映していた。

 翼を少し傾けて風の抵抗を受けつつ、数回細かく羽ばたいて減速し、最上階の柵へと足をかけた。

 一歩、地面に足を踏み出した時、その姿は人のものへと戻っている。衣服を整えながら、朔也少し緊張した面持ちで扉を叩いた。

 〈玉輪公〉から直接呼び出しがかかることは稀である。朔也の実の祖父ではあるが、それ以上に〈五光〉の一角である〈玉輪公〉であり、自身の所属する軍のトップという印象が強い。

 扉を叩くと、中から「ん」と低い声が響いた。

「失礼します。」

 部屋には先客がいた。向かって右には〈玉輪公〉、その対面には小さな子供が座っている。

 真ん丸な頭に真っ黒な髪、猫のような大きな目が記憶をかすめるが、はて誰だったか。

「ご苦労。繊乃はどやった。」

「変わらず、お元気そうでした。」

 〈玉輪公〉は全てを把握している。いつもそうで、それが当然で、不思議はなかった。

 挨拶程度のつもりだったのだろう、それ以上追求することもなく、〈玉輪公〉は正面の小さな子を一瞥した。

「今日からここで教育受けさせることにした。基本放っといたらええけど、なんかあったら面倒見たってくれ。」

 その子は立ち上がり、朔也へ向き直った。正面を向いて初めて、大きなゆとりのある服装の片側が欠けていることに気づいた。

 少年は丁寧に頭を下げると、大きな目を細めてにっこりと笑った。

「お久しぶりです、朔也兄さん。瑤一です。覚えていらっしゃいますか?」

「ん?…タマか!えぇ、久しぶりや、大きなったな!気づかんかったわ。」

 あまりの驚きに、〈玉輪公〉の前にもかかわらず素が出た。

 瑤一。複数人居る従弟の一人だ。

 最後に出会ったのは十年近く前だろうか。その時、朔也はまだ学生だったし、瑤一は五つくらいの幼子だった。時の流れに当時の印象が追いつかなくとも仕方ない。それにその頃はまだ、瑤一の左腕は欠けていなかった。

 〈玉輪公〉の血縁者、つまり〈輪〉は全員幼い頃から本部で特別な教育を受ける。一般教育しかり、隊員や〈眷鳥〉候補が受ける訓練しかり。何より特別なのは、〈輪〉として領地を、ないしは次期〈玉輪公〉候補として州を統治する者を育てるための教育だ。この教育体制は次期〈玉輪公〉のふるいでもある。実力主義の軍の頂点である〈玉輪公〉が「なあなあ」で選ばれることなどあってはならない。

 元より体が弱かった瑤一は、早くからその教育を外れた。たしか、〈玉輪公〉の三男であり、朔也の叔父に当たる瑤一の父が指揮する、西部第三区で過ごしていると聞いていたが。

 二人は瑤一に与えられた部屋に向かった。横に並び歩く瑤一は、より一層小さく感じた。

「ほんま、久々に会えて嬉しいわ。けど急やったな、なんかあったんか?」

「僕も嬉しいです。いえ、特別何かあったわけではないのですが、一応〈輪〉としてすっ飛ばしていた教育をいろいろ受けるようにと。」

 半強制的にここへ連れてこられたのかもしれない。〈玉輪公〉の「お願い」や「お誘い」はつまり「命令」だ。断れるものではない。

 〈玉輪公〉が時折、「普通に喋れ」と言ってくる気持ちが今わかった。こちらだけ口調を崩していて、相手にとても丁寧に話されると壁を感じる。気長に心を開いてくれるのを待つかと、朔也は敢えてこのまま素の口調でいることを選んだ。

「そうか。わからんことあったら聞いてな。」

「ありがとうございます。朔也兄さんはとても優秀だったと聞きます。」

「みんな言われてることや。よっぽどヘマせんかったら「あいつはあかん」とは言われへんよ。」

「一番次の〈玉輪公〉に近いのは朔也兄さんだと。」

「どうやろなぁ。期待には応えたいけどな。」

「?〈玉輪公〉になりたくはないのですか?」

「いや、そんなことないよ。そのために勉強もしてきたしな。けどなりたいと思ってなれるもんでもないと思ってる。選ばれてなるもんや。」

「誰が選ぶのですか?」

「基本的には今の〈玉輪公〉が選任するけど、「皆が選ぶ」って言えるやろな。その判断には〈輪〉と〈眷鳥〉と隊員からの支持も含まれとるし、当然民衆の意見も無視できん。そんなん無視してしもたら例え〈玉輪公〉やっても反発喰らう州やわ、ここは。」

「ふふ、そうですね。…皆が皆、〈玉輪公〉になるぞ、という志を持っていらっしゃるのだと思ってました。」

「〈輪〉であればか?んん、この教育受けたら、そうも言ってられへんかもしれんで。」

 朔也は少し悩んで続けた。

「今は、皆が俺を認めてくれてるのもあると思う、自分で言うことちゃうけど。やからまぁ、あんまり競ってるような感じはない。見張られてる気はするけどな。」

「見張る?」

「俺がちゃんとした奴なんか。ほんまに〈玉輪公〉を任せられるんか。〈輪〉に限らず、隊員も民衆もみんな見てると思う。俺が相応しいん人間なんか。」

「それは、プレッシャーですか?」

 朔也は否定はせずに笑った。

「安心でもあるけどな。みんなちゃんと見ててくれる。もし選ばれたら、適当に選ばれたわけじゃないってことや。みんな信頼して、期待して選んでる。なら一層応えなあかんな。」

「朔也兄さんは、〈玉輪公〉になってやりたいことはありますか?」

 その質問には、朔也は面食らった。

 やりたいこと———〈玉輪公〉の指示、それは、規模として今の軍、しいては烽州を変えるということ。今の状態で足りないこと、欠けていること…今は認めてもらうことで精一杯で、「その先」を考えられていなかったとに気付かされた。

「やりたいことか、むずいなぁ。けど、皆がもっと〈仇鬼〉に怯えんで済むようにしたいとは思ってる。」

「それは隊員の戦闘力を上げて、〈仇鬼〉への対処能力が強い軍にしたいということですか?」

 そう言われると間違ってはいないのだが、とても無機質なものに感じた。

 平和に〈仇鬼〉への対抗力は必須だ。ただ、朔也が理想とする皆が笑い合っている未来に、それだけでいいのかというと違う気がする。

「それだけでもあかんな、確かに。もっと色んな面から考えな。タマはどう思う?」

 気付けば瑤一の部屋の前に着いていた。瑤一は「遅い時間になってしまいましたね」とにっこり笑った。

「タマ。腕、どうしたんや?」

「はは。僕がまだ変容したことがなかったのが幸いだったでしょうか。」

 一度でも変容していれば、最悪は、〈輪〉の「治癒能力」に侵されて死んでいたのだろうか。

 ならなおさら、何故今になって〈輪〉の教育を受けさせるのか。〈玉輪公〉の真意がわからない。

 瑤一が悲しそうに笑うものだから、それ以上は聞けなかった。

「勉強になりました、ありがとうございます。またお話を聞かせてください。」


 朔也は瑤一に問われた内容について考えながら、ふと幼少期の瑤一を思い出した。すぐに思い出せなかったのは、その笑い方故か。歯を剥き出しにして、もっといたずらな笑い方をする子ではなかっただろうか。自分も十年前と同じとはいかないだろうが、あまりに大きく印象が変わっていた。


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