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34.ひそやかな和解

「今戻った。問題はなかったか」


 アルティスやミュゼットと一緒に、屋敷の奥まった一室に向かう。扉を開けると、にぎやかな声が耳に飛び込んできた。


「あのね、それでね、アルティスはいろいろおしえてくれたんだよ! ひとのなかでいきていくほうほうとか!」


「わたくしたちがついていますから、一緒に頑張りましょうね」


 フォンテとリリアが、シルヴィーを挟み込むようにしてソファに座っている。シルヴィーはちょっぴりもじもじしながら、ふたりに言葉を返していた。


「……ありがとう、リリア、フォンテ。やさしいのね」


 うつむきがちに微笑むシルヴィーに、ふたりがにっこりと微笑みかける。


 あの日、みんなで屋敷に戻り、そこで待っていたミュゼットと合流した。そしてリリアとミュゼットに、事の次第を全部説明した。もちろん、他の人には内緒だと、口止めをしたうえで。


 アルティスとシルヴィーの関係について初めて聞かされたリリアは目を真ん丸にして、ふたりを交互に見ながら口をぱくぱくさせていた。


 少しして我に返った彼女は、感動したように頬を染め、ほうとため息をついた。「伯父様のお母様が、こんなに若くて美しくて……しかも精霊だったなんて」とつぶやきながら。


 もっとも、それを聞いたアルティスが思いっきり嫌そうな顔をしたので、どうやらこの件についてはあまり触れないほうがいいのだなと、彼女もすぐに察したようだった。


 ともかく、子どもたちはあっという間にシルヴィーとなじんでしまって、こうやってちょくちょく彼女とお喋りしている。


 シルヴィーのほうは少々とまどっているようだったけれど、それでも穏やかに子どもたちと接していた。もしかすると、彼女はふたりにかつてのアルティスを重ねているのかもしれない。


 もっとも、ミュゼットのほうは少々複雑そうな顔だった。


 昔のシルヴィーを知っていて、さらに今回の件の詳細を知っている彼としては、シルヴィーを手放しに歓迎はできないのだろう。一応、子どもたちとシルヴィーのやる気を買って、大目に見てくれているといった感じだ。


 ちなみにヴェンティルは、先日呼び集めていた友達のハトたちと一緒に、窓辺にずらりと並んでくつろいでいる。


 部屋に入ってきたわたしとアルティスに気づいたリリアが、ぱっと立ち上がって会釈する。


「おかえりなさいませ、伯父様、先生、師!」


「ぼくたち、きちんとおるすばんできたよ。シルヴィーもいいこだったよ」


 続けてフォンテが、リリアのまねをしてお辞儀をした。スカートの代わりに、上着のすそをつまんでいる。


「フォンテ、それは女性の礼だ」


「あ、そうだった……えっと、こうだっけ?」


 アルティスが苦笑したのを見て、フォンテがきりりと顔を引き締める。手を胸に当てて、優雅に会釈してみせた。


「ああ、それで合っている」


 優しく微笑んだアルティスの顔が、ふとこわばった。どうやら、シルヴィーと目が合ってしまったらしい。


 アルティスの態度が変わったことに気づいたリリアが、こっそりとため息をつく。彼がシルヴィーに対して複雑な感情を抱いていることは、リリアやフォンテにももう理解できていた。


「伯父様、シルヴィーさんのこととなると不思議とかたくなですわね」


 リリアがふとつぶやくと、ヴェンティルが突然ホーと鳴きかけてきた。あれは、笑っているときの鳴き声だ。


「『年頃の息子って、母親相手には素直になれないものなのよ』……で合っていますの?」


 リリアが難しい顔で尋ねると、ヴェンティルたちが一斉にうなずいた。


「余計なことを言うな、ヴェンティル」


 その言葉を聞きつけてしまったらしいアルティスが、横目でヴェンティルをにらんでいる。しかし彼女は少しも悪びれることなく、涼しい顔でまた鳴いた。


「『下手につつくとややこしくなるから、そっと見守ってあげるにこしたことはないわよ』……あの、ヴェンティル、その発言自体が、伯父様をつついているようにも思えますわ」


 今度は小声で訳しながら、リリアがヴェンティルをこっそりとたしなめている。


 しかしリリアったら、どんどん翻訳がうまくなっていくわ……眠っていた才能が開花したとか、そういうものなのかも。


 当のリリアはふと何かに気づいたような顔をして、小首をかしげた。


「あの、精霊って、人間とはものの考え方が違うと聞いていますけれど」


 ホー。


「でもヴェンティルは、精霊の割に人間っぽいというか、わたくしたちと比較的感覚が近い気がしますわ。どうしてなのでしょう?」


 ホホホッ。


「『わたくしは普通の鳥のふりをして、人間たちをたくさん見てきたからよ。直接話すことはできないから、集められる情報に限りはあるけれど』……つまり、人生経験……ではなくて、精霊経験が豊か、ということですのね」


「『ええそうよ。だからあちらのお嬢さんも、きっと大丈夫。フォンテも変わったのですから』」


 すると今度は、ヴェンティルがこてんと小首をかしげた。すかさず、友達の鳥たちも同じ姿勢を取る。見ていたフォンテが、おかしそうに笑い声を上げた。


「『ねえ、それよりアルティスとシルヴィーに聞いてもいいかしら』」


 首を真横までぐりんと曲げた姿勢のまま、ヴェンティルがホホホとつぶやいている。


「『結局、あのときどうして木の枝が引いたのかしら? あれは間違いなく、精霊の力だったわ』」


「わたしにも、分からないの……わたしの力と似ていたけれど、わたしは何もしていなかったから」


 先に答えたのは、シルヴィーのほうだった。彼女もまた困ったような目で、アルティスをちらちらと見ている。


「精霊と人間との間に生まれた子どもは、ごく普通の人間になる。私はただの人間だ。その現象については、現在考察中だ」


 シルヴィーのほうを見ることなく、アルティスはきっぱりと言い切った。シルヴィーはそのままじっとアルティスを見つめ続けていたけれど、突然こちらを向いた。


「ありがとう、カルミア」


 さらに唐突な言葉にきょとんとしてしまい、返事をしそこねる。しかしシルヴィーは少しも気を悪くした様子もなく、とびきりの笑顔で続けた。


「こうして、フォンテやリリアといると……思い出すの。アルティスがちいさかった、幸せだったころのこと」


 彼女の両側では、フォンテとリリアがにっこりと微笑んでいる。


「わたしはどうしても、あの幸せがわすれられなくて……そして、間違えた。あなたの言ったとおりだった」


 シルヴィーは切なげにうつむいて、またわたしをまっすぐに見上げる。


「前から、そうなの。嫌われたくないのに、わたしが何かするたびに、アルティスは悲しそうな顔になってしまう。それが、かなしかった」


 はかなげな彼女のまなざしに、力強い光が宿っているのが分かる。


「でもあなたのおかげで、わかったわ。正しいやりかたで頑張れば、人間といっしょに生きていくことも、できるんだって」


 笑顔でうなずきを返していたら、横合いのほうから声がした。


「……シルヴィー」


 声の主は、アルティスだった。その場の全員が口をつぐみ、彼に注目する。


「君が私のことを大切に思っている、その点だけは理解した」


 彼はわたしたちの視線には構うことなく、シルヴィーを見ながら短く付け加えた。


「今後、精進するといい」


 そして、シルヴィーからも視線をそらしてしまう。


「それと……悪かった。私は精霊を、人間とはまるで違う存在だと考えていた。君は私や父のことを愛してなどいないと、そう判断していた。だがそれは、どうやら間違いだったらしい」


 彼は彼女に背を向け、入り口の扉のほうに歩き出す。


「……君が人間と共存できるようになったら……君のことを、父に教えてもいいかもしれない」


 そう言い残して立ち去ろうとするアルティスの背中に、ミュゼットが静かに声をかけた。


「成長したものだな、アルティス」


 アルティスは足を止めたものの、何も言わない。


「貴殿は昔から飛び抜けて優秀だが、人の心の機微には少々疎く、やや強硬に物事を進める傾向があった。人の上に立つものとして頼もしくはあるが、もう少し柔軟性があってもよいのではないかと、そう思っていたのだ」


 ミュゼットは穏やかに微笑み、こうしめくくった。


「貴殿は、よい統治者になるであろうな」


「……ありがとうございます」


 小声で答えたアルティスの声は、どことなくはにかんでいるように思えた。

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