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33.種も仕掛けも

 居並ぶ民衆に向かって、アルティスは語る。


「私は先日、馬車でこの街道を進んでいた。すると、突然この森が音もなく現れたのだ。森の中を進むにつれ、頭がぼんやりとして……まるで、夢の中にいるかのような心地になった」


 固唾を呑んで、民衆は彼の話に耳を傾けていた。


「いったいどれくらいの間、そこをさまよっていたのか分からない。次第に、私は森の奥へと踏み込んでいった。すると、私を呼び止める声がした」


 みんな、まばたきすらせずに、彼を見つめている。


「私を呼んだのは、大きな鳥の姿をした何者かだった。目を見張るほど神々しいそれは、『この森は我が神域、みだりに立ち入ることは許さぬ』と私に告げたのだ」


 豊かな響きの声が、辺りに広がっていく。彼が話す内容を全て知っているわたしでさえ、思わず聞きほれずにはいられなかった。


「森を荒らさなければ、街道を行く者に祝福を与えよう。その存在は、そう言った」


 彼がそう言い終えたのと同時に、ピルルルル、という澄んだ声が森の中から聞こえてくる。シュテールだ。聞きなれない美しい声に、集まった人たちが固唾を呑んでいる。


 そのさまを見ながら、少し前のことを思い出していた。




 閉ざされた森の中、リリアはシュテールをお守りのぬいぐるみのように抱えたまま、ちょっぴり照れ臭そうに言ったのだ。


「お化けって、とっても怖いですけれど……妖精さんのいたずらなら、怖くない。むしろ、妖精さんに会えないかなって思いますし、妖精さんを怒らせないように頑張りますわ」


 唐突に不思議な話をし始めた彼女を、思わず目を丸くして見つめる。彼女はさらにうつむいて、小声で付け加えた。


「この森を、そんな感じにできたらいいなって、そう思いますの」


 目をまたたいて、その言葉の意味を考える。ひと足先に理解したらしいヴェンティルが、愉快そうに笑っていた。


 少しして、アルティスが納得したようにうなずく。わたしもようやく、リリアが何を言いたいのか分かった。自然と、笑顔になってしまう。


「……ああ、なるほど」


「子どもらしい、愛らしい発想ですね……でも、素敵です」


 まだきょとんとしているフォンテに、アルティスが律儀に説明する。


「森を消しても、怪異を滅したと嘘をついても、人々の心には恐怖と疑惑が残る。ならば、その思いを畏怖へと変えてしまおうということだ」


「えっと?」


 しかしフォンテは、不思議そうに小首をかしげるばかり。なんだか、前にもこんな感じのやり取りを見たような。


「正体の分からないものは恐ろしい。だが、正体が分かっていて、しかもそれが悪いものではないと分かっていれば、怖くないだろう」


「あ、そうだね」


「さらに、その何かがいいものだと知っていたら、仲良くしたいと思うだろう」


「うん!」


 本当にアルティスは、子どもの扱いがうまい。いいお父さんになりそうだ。にこにこしながらふたりを見守っていたら、リリアも温かい目でわたしを見ていた。


 で、そんなことを話していた直後、リリアの思いつきを実現させるために、シュテールが手を貸してくれることになったのだった。


 なんでも、シュテールには近くにいるものをぼうっとさせる力があるのだそうだ。その状態で相手に語りかけることで、多少なら相手の行動や感情を操ることもできるのだとか。


 だから、森の中に立ち入ろうとする者がいても、ことを荒らげることなく簡単に追い出すことができる。侵入者はふんわりとした夢見心地で、気づけば森からずっと離れた街道にいることになるのだ。


 それにより、あの森を「突然現れた、薄気味悪くて恐ろしい森」から「突然現れた、謎めいた森」へと変えることができる。


 言葉にするとわずかな違いでしかないけれど、人々が森を恐れるのと畏れるのとでは、大きな違いだ。


 それを聞いたリリアはぱっと顔を輝かせたけれど、すぐに眉間にしわを寄せてしまった。


「あの、シュテールの力はまさにうってつけですけれど……それでは彼は、ずっとここにいることになりません?」


 リリアの問いに、シュテールは軽やかに笑って答えた。


 彼は気が向くままふらふらしていたけれど、そろそろどこかに定住するのもいいかなと考えていたところだったらしい。シルヴィーが生み出したこの森は、彼の好みにも合っていたのだとか。


「『だから、きみのもうしではとてもありがたいものなのだ、ちいさなレディ』……ねえリリア、ぼくもレディってよんだほうがいい?」


 フォンテの無邪気な言葉に、リリアが赤くなって首を横に振る。


「いえ、さすがにそれはちょっと、落ち着きませんわ!」


「ところで、シルヴィー」


 そうして森をどうするかについておおまかなめどが立ったところで、アルティスがシルヴィーに向き直った。彼女はこの会話の間ずっと、どうしていいか分からないといった顔でうずくまっていたのだ。


「いったん、君を屋敷に連れ帰る。ただし、しばらくは与えた部屋から出てはならない。それが守れないのであれば、当初の予定どおり、君を遠方に追放する」


 彼女は、最初何を言われたのか分かっていないようだった。というか、わたしたちが突撃してきてアルティスが目覚めたあたりから、彼女はずっと混乱しっぱなしだった。


 両手を固く握り合わせて、おどおどと視線をさまよわせて……やがて、シルヴィーが消え入るような声でつぶやいた。


「わかったわ……わたし、頑張って、みる……」


 ようやくシルヴィーが落ち着いてきたことをさとったのか、アルティスがさっきよりはとげのない声で続けた。


「だったらその前に、そこの馬車と御者を解放してやってくれ。それと、森はそのままでいいが、街道のところだけは木々を動かしてくれるか」


 アルティスの言葉を受けて、シルヴィーが手を宙に差し伸べる。すぐに木々が動き、道が開ける。


 あわてて御者と、馬に駆け寄った。どちらもぐっすりと眠っているけれど、命に別状はなさそうだ。


 みんなでほっとしたとき、ふと気になった。


「そういえば、アルティスや御者を、どうやって眠らせていたの? あなたの力は、木々を操るもののように思えるのだけれど」


 すると彼女はきょとんとした顔で、素直に答えてくれた。この表情、フォンテと似ている。


「樹木の根を通じて、生命力をすこしだけ奪うの。そうしたら生き物は疲れてしまって、眠りにつく。……でも、さっきアルティスがどうしてめざめたのか、わからない」


「それについては、あとで考えよう。ひとまず今は、この場をなんとかするのが先だ」


 また悩み始めたシルヴィーを困った目で見つめながら、アルティスはそうしめくくったのだった。




「……以上だ。この話について、近隣の町や村にも伝達し、さらに森の入り口と出口に立札を設置する。決して、森の中に立ち入ろうとすることのないように」


 はきはきとしたアルティスの声に、ふと現実に引き戻される。


 ずっとずっと先、何十年もたって、人々の心の中の恐怖が薄れてからなら、この森に誰かが立ち入っても大丈夫だろう。


 そのころになってから、ここがごく普通の森だということが知られたら、みんなは拍子抜けするかもしれない。昔の人たちは妙なことで大騒ぎしたんだなと、きっとそう思ってくれるだろう。


 でもそれまでは、この森は『不思議な何かがいる、ちょっと素敵で神秘的な森』にしておかなくてはならない。


 あとは、他の人たちがこの作り話を信じてくれるか、だけど……。


 アルティスの言葉を聞いて、集まっていたみんなはぴたりと黙り込んだ。それから顔を見合わせて、こそこそと話し合っている。


「なるほど、そういうことだったのか……」


「たまげたなあ……でも、トーラの領主様が言うなら、本当なんだろうな」


「要は、この森に入らなきゃいいんだろ?」


「祝福って、どんなものなんだろうな」


 周囲から、そんなささやきが次々と聞こえてくる。どうやらみんな、納得してくれたらしい。


 おびえているような気配が薄れていって、代わりにこう……うっすらとした期待のような空気が漂い始めた。そしてなんと、森の中に小さなほこらを作ろうかなどと、そんなことを相談し始めたのだ。


 森のことが怖くなくなったからか、それとも祝福がどうとか聞いたせいか、森に対して好意的になっているようだ。方向性としては……まあ、これはこれでいいのかな?


 ほっとしながら、アルティスのほうを見る。彼も心底安堵した顔で、微笑みを向けてくれた。


 わいわいと騒いでいる人々を残して、アルティスと屋敷へ戻っていった。

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