31.すれ違いは終わりにしよう
わたしの声に、その場の全員がこちらを見た。地面に座り込んだままのシルヴィーも。
「……カルミア?」
突然わたしが割って入ったからか、アルティスがためらいがちに声を上げた。先ほどまで浮かべていた冷ややかな表情が消え、とまどったような顔をしている。
その隙をつくように、はきはきと言う。
「シルヴィーは、してはいけないことをしました。彼女は、人間にとって危険です。その点については、わたしも同感です」
先ほどのアルティスの主張と同じだからか、彼はまだきょとんとしていた。どうしてわざわざそんなことを繰り返すのかと、そう言いたげな顔だ。
「でもシルヴィーの、あなたに会いたい、あなたと一緒にいたいという思いに、嘘はありません。彼女は、やり方を間違えてしまっただけです」
すぐ近くにある彼の顔を見つめ、きっぱりと言い切る。
「フォンテは、変わることができました。それも、あなたのおかげで。だったらシルヴィーも、変わることができるはずです」
「それは、そうかもしれないが……しかし彼女は、フォンテほど素直ではない」
彼はわたしにしがみついたままのフォンテを見つめ、暗い声でつぶやく。わざと、シルヴィーから目をそらしているようにも思えた。
「かつて父も、彼女を説得しようとあの手この手を尽くし、けれどその努力は実を結ばなかった。彼女が今さら変わるとは、とうてい思えない」
先ほどの驚きが薄れてきたのか、彼の表情が少しずつこわばってくる。それを見ながら、懸命に言葉を探す。
「変われるよう、手を貸すんです。わたしたち、みんなで」
シルヴィーと別れてから、アルティスは精霊についての情報を集め、分析し続けた。そしてその研究は、二十年の時を経て実を結んだ。アルティスの言葉により、フォンテは変わることができた。
「かつてあなたのお父様は、彼女を変えることができずに別れを選びました。でも、今なら違います。あなたは、精霊の性質を知っています。精霊を導く言葉を持っています」
アルティスが精霊について研究し始めたのは、心のどこかで、シルヴィーを理解したいという思いがあったからではないか。そんな気がしてならない。
もっとも、正面切って尋ねたところで、うなずきはしないだろうなと思うけれど。
でもだからこそ、ここでこのまま終わりにしてはいけないと、強くそう思う。どうにかして、アルティスを説得しなくては。
「あなたと、わたしと、それにフォンテとヴェンティル。これだけいれば、今度こそシルヴィーに『人と共存するための生き方』を教えることもできるのではありませんか?」
わたしを見る彼の目が、ふと揺らぐ。そこを逃さず、たたみかけた。
「アルティス様。どうか、彼女をただ遠ざけるのではなく……変わる機会を、あげてくれませんか」
しかしそのとき、意外なほうから声がした。
「カルミア……わたし、あなたを追い払おうとしたのに……」
まだ泣きじゃくっていたシルヴィーが、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらわたしを見上げていたのだ。
そのまなざしに、ついフォンテを思い出してしまった。自然と、顔が緩んでしまうのを感じる。
「でもそれは、アルティス様を取られたくなかったからでしょう?」
笑顔で尋ねると、彼女は涙目でうなずいた。
「精霊はきっと、欲しいものは手に入れる、邪魔をするものは追い払う、そういう考え方なのかもしれません」
しかしどうにも、やりづらいことこの上ない。目の前の乙女はアルティスの母で、けれどまるで幼子のようにも見えてしまう。
「でも、人間は違うんです。他の人のことも考えて、欲しくても我慢したり、他の人と言葉を交わして分かり合ったりするんです」
「わたし、わからない……」
「分かるまで、説明しますから。だからどうか、わたしたちの話を聞いてください。わたしたちが分かり合えるように」
自然と、子どもに言い聞かせるような声音になってしまう。フォンテが笑顔で、うんうんとうなずいていた。
「アルティス様と、仲良くしたいのでしょう? 頑張れば、眠るアルティス様を見守るのではなく、アルティス様と語り合える未来をつかめるかもしれませんよ」
「シルヴィー、がんばろう? フォンテもね、いっぱいがんばったの。だから、フォンテはまちでくらせるようになったんだよ」
ホッ!
「『人里にでてくるのなら、最低限のマナーは身につけておかないとね』って……マナーって、何……? どういうものなの……わたし、やっぱり分からない……」
「あせらないで。ひとつずつ、覚えていけばいいから。そうでしょう、アルティス様?」
シルヴィーをなだめつつ、アルティスにとびきりの笑顔を向ける。彼は目を見張ると、ぷいと明後日の方向を向いてしまう。
「……本当に君は、おせっかいというか、なんというか……分かった。ひとまず、君の好きなようにしてみるといい。ただし、危険だと判断したら、遠慮なく追放する」
「アルティス、まえもそういってたけど、フォンテにしんせつにしてくれた! だから、だいじょうぶだね!」
不機嫌そのものの声で言い放ったアルティスに、フォンテが無邪気に笑いかける。
「フォンテ、それは言っちゃ駄目よ! やっと、アルティス様がうなずいてくれたのに」
とっさにフォンテを黙らせようとしたら、彼は心底不思議そうな顔で小首をかしげた。
「だって、ママもそうおもうでしょ?」
「それは、まあ……そうね」
フォンテのときも、そうだった。アルティスはフォンテのことを警戒、というより敵視しているように見えたけれど、ぶつぶつ言いながらも手を貸してくれて、助けてくれた。
だからきっと、シルヴィーのことも助けてくれるに違いない。わたしも、そう感じていた。
「まったく、ふたりとも……」
アルティスは苦虫をかみつぶしたような顔で、額を押さえている。たぶんあの表情には、照れ隠しのようなものも含まれているような気がする。
彼は周囲の森を見回しながら、深々とため息をついた。
「だが、この森についてはどうする。君たちがここにいるということは、既に町でも騒ぎになっているのだろう?」
その指摘に、無言でうなずいた。いけない、アルティスとシルヴィーのことばかり考えていて、こちらまで気が回らなかった。
「突如として、街道に森が現れた。その原因がシルヴィーだと知ったとき、私はそれを、怪異のしわざとして片付けるつもりだった。シルヴィーを追放し、怪異を打ち滅ぼしたと触れ回ることで、人々の不安をなだめようと思ったのだ」
彼の視線の先には、しょんぼりとうずくまっているシルヴィー。彼女はもう、抵抗する様子はなかった。
「だが、シルヴィーを私たちのそばに置いておくのであれば、何かの拍子に彼女とこの森を結び付けて考える者が現れないとも限らない」
その声が、どんどんこわばっていく。
「トーラの当主が、怪異をかくまっていたなどということになれば……最悪、暴動が起こる。かといって、彼女を本邸に連れていくわけにもいかない。あそこには、かつての彼女を知る者も多い」
シルヴィーの力は、おそらく樹木に関係するものだ。うっかり町中で力を使ってしまったら……アルティスの言うとおりになってしまうかもしれない。
「それは、かなりまずいですね……」
「ああ。だから一刻も早く、この状況をなんとかしなくては」
「こまったね」
三人で、難しい顔を寄せ合う。いやその前に、あっちの木々につかまっている馬車と御者を解放してもらったほうがいいのか……でも、方針が固まる前に目覚めさせたら、より面倒なことになるかもしれないし……ああもう、どうしよう。
ホッ?
なおも考え込んでいたら、ふとヴェンティルが首をかしげた。そしてそのまま、真上に飛び去ってしまう。シルヴィーが抵抗しなくなったからか、ここの頭上にある枝たちも動きを止めていた。
「ヴェンティル、どうしたのかしら?」
「なにか、きこえたみたいだよ?」
しばらくして、またヴェンティルが戻ってきた。ちょっぴり楽しそうな様子で、なぜかシルヴィーに呼びかけている。
ホホッ、ホー。
「え、いいけれど……」
シルヴィーが小首をかしげながら、横を見る。するとそちらの木々がするすると動き、道を作った。その先から、ぱたぱたと誰かが走ってくるような音がする。
「先生、伯父様、フォンテーっ!! みなさま、無事ですのー!!」
叫び声とともに現れたのは、なんとリリアだった。




