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22.試練の一日

「さて、今日が約束の期日なのだが」


 アルティスの私室に呼び出されたわたしは、それはもう緊張していた。その緊張が移ってしまったのか、フォンテもさっきからスカートにしがみつきっぱなしだ。


 リリアとヴェンティルは、わたしたちの客室で待っている。彼女たちはちょっぴり心配そうではあったけれど、「頑張ってくださいまし」『いつものちょうしで、ね』という言葉とともに見送ってくれた。


「わ、分かっています。それで、具体的にはどう見極められるおつもりなのでしょう」


 ちょっぴり裏返った声でそう尋ねると、アルティスはわたしとフォンテを交互に見た。


「これから夕方まで、フォンテを借りる。彼には、私とふたりきりで過ごしてもらう」


 むぅ、とフォンテが困ったように喉でうなっていたので、頭をなでてやった。


「結果は、夕方告げるつもりだが……それ以前の段階で失格だと判断したら、その時点で報告する」


「は、はい。どうかフォンテを、よろしくお願いいたします」


「ママ……」


 泣きそうなフォンテの手を取って、スカートから離していく。彼の前にひざをついて、両手をしっかりと握りしめた。


「大丈夫よ。今のあなたならやれる。今まで学んできたことを、そのまま見せればいいのよ」


「うん……フォンテ、がんばってくるね。だからママ、まってて」


「ええ、もちろんよ」


 そうやって声を掛け合うわたしたちを、アルティスはただ静かに見守っていた。





 カルミアは後ろ髪をひかれながらも部屋を出ていき、あとにはフォンテとアルティスだけが残された。


 フォンテは椅子に座ったまま、居心地が悪そうに身をすくめている。彼の視線は、同じ部屋にいるアルティスに向き続けていた。


「もう少し、楽にしていていい。その調子だと、夕方までもたないぞ」


「フォンテ、ママのためだから……がんばる。らくにしない」


 彼はそう主張すると、さらにぴんと背筋を伸ばしてしまった。その様子にアルティスは目を丸くしつつも、どこかあきれたように息を吐いていた。


「本当に君は、彼女のことを大切に思っているのだな。たまたま行きあっただけの存在でしかないのに」


 フォンテはアルティスの態度に納得いかないような顔で、きゅっと眉間にしわを寄せている。


「たまたま……それじゃ、だめなの? わるいの?」


「悪くはないが、普通の人間はその程度のことでなついたりしないな」


 その言葉に、フォンテはさらに考えこんでしまう。しかしやがて、何かに気づいたように声を上げた。


「うーん……たまたま、ぐうぜん……それって、うんめいだよ!」


「……運命、か」


「そう、うんめい! フォンテ、ママとであったの、うんめいなの!」


 ためらうことなくそう主張するフォンテを見つめ、アルティスは切なげに目を伏せた。


「どうして君は、精霊でありながら彼女をそこまで慕うことができたのか……それこそ、運命の一言で片付いてしまうのかもしれないが……」


 フォンテから目をそらしたまま、アルティスはつぶやく。


「あるいは、カルミアのほうに何か理由があるのか……」


 母の名を聞きつけたフォンテが、ぱっと顔を輝かせた。これまでの話の流れをあっさりと断ち切って、アルティスに声をかけた。


「ねえ、アルティス……アルティスはママのこと、きらい?」


 まっすぐなその言葉に、アルティスは思い切り動揺してしまう。


「な、何を突然!」


「だって……アルティスのはなしすると、ママ、むずかしいかおになる……アルティス、ママのこと、いじめてるの……?」


「断じて違う!」


 とっさにそう言い返したアルティスの声は、本人すら驚くほどに上ずっていた。


「私はあくまでも君に、人間の世界で必要な事柄を身につけるよう注意し、かつ保護者である彼女に、君をきちんと教育するよう促しているだけだ。決して、理不尽を強いているわけではない!」


 あわてて反論したアルティスに、フォンテは困惑しきった顔を向けた。


「むずかしい……」


「ここで私が厳しくしなければ、君のふるまいは変わらない。君が変わらなければ、君もカルミアもいずれ困ることになる。だからカルミアに、君を学ばせるようにお願いした。……これなら分かるか?」


「……うん」


 アルティスは本人が自覚している以上に、子どもの扱いはうまかった。フォンテが自分の言葉を理解していないとみるや、すぐに言い換えていた。


 そして話を理解したフォンテは、さらに考え込み始めた。やがてそろそろと、小首をかしげる。


「じゃあ、アルティス、ママのこと……きらいじゃない?」


「……ああ」


「すき?」


 重ねて問いかけられたその内容に、アルティスが明らかに動揺する。


「……人間は、そのようなことを直接尋ねることは少ない。それが礼儀というものだからな」


「どうして? すきだっていわれたら、うれしいよ?」


 しかしフォンテは、少しも引かない。そのまっすぐな視線にたじろいでしまったアルティスが、そっと明後日の方向を向いて小声で答えた。


「……確かに、そのとおりではある」


「だったらママのこと、すきっていって?」


 そしてその隙を逃さず、フォンテが食い下がる。


「いや、それは……」


「やっぱり、きらいなんだ……」


「ああ、もう……」


 しょんぼりするフォンテに頭を抱えつつ、アルティスはぼそぼそとつぶやく。


「彼女は不遇のただ中にありながら、それでも前を向きひたむきに努力する人物だ。私の無理難題にも、きちんと立ち向かっていた」


 頬をかすかに赤らめながらアルティスがつぶやいた言葉に、フォンテは目を丸くする。


「私にとってああいった人間は、評価に値する。その……彼女のことを、ひとりの人間として好ましいと思っているのは、確かだ」


 アルティスは、あえて難しい言葉を使っていた。フォンテをけむに巻こうという判断だったが、フォンテはにっこりと笑ったのだった。


「よかったあ」


 どうにか、乗り切れただろうか。これで、この話題は終わりだろうか。アルティスが油断したそのとき、フォンテは笑顔のままさらに尋ねてきた。


「ねえ、アルティスがママをすきなんだって、ママにいってもいい?」


「駄目だ。そういうことは、みだりに他人の口から伝えるものではない。黙っておくように」


「ないしょ?」


「そう、内緒だ」


「でも、ママがずっとアルティスのこと、こわがっちゃう……」


 またしてもうつむいてしまったフォンテを見て、アルティスが小さくうなり声を上げる。やがて困り果てたような顔で、短く答えた。


「……分かった。いずれ折を見て、私のほうから話しておく。それでいいな」


「うん!」


 どうやら、フォンテはようやく納得してくれたらしい。そのことにほっとしつつも、アルティスは釈然としないものを感じていた。


 彼は今、フォンテの成長のほどを見極めるために彼と話している。しかしいつの間にか、フォンテの望む方向に話を運ばれているような気がしてならなかったのだ。


 いや、これはこれで、人間らしくふるまえるようになっているということなのかもしれない。フォンテが成長したあかしだと、そう考えることもできる。


 難しい顔で考え込むアルティスをよそに、フォンテは無邪気そのものの顔でわらべ歌を口ずさんでいた。

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