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19.彼の秘密

 アルティスの母が、精霊だった。にわかには信じがたい言葉に、ただぽかんとすることしかできない。


「えっ、本当、ですか……?」


「本当だ。だから私は、精霊をひと目で見分けることができる」


 彼はフォンテとヴェンティルに会うやいなや、彼らが精霊だと断言していた。わたしもリリアも、全然気づくことがなかったというのに。


「フォンテと同じように、母は森にいた。そこを父に見初められ、人間の世界で暮らすことになった」


 そして彼はわたしを見ることなく、淡々と話し続けている。


「若い娘の姿をしていても、中身はフォンテと大差ない……そんな精霊が、よりにもよって公爵家の当主に見初められてしまったのだ。どんな騒動になるか、想像はつくだろう」


 ……想像はつく。というより、想像したくない。


「それでも父は、母を愛し続けていた。私が生まれ、乳母たちの手により成長していき……その間も母はいくどとなく親族たちともめていたが、ずっと父は母を守り続けていた」


 彼の声はほろ苦く、同時にほのかな甘さもはらんでいた。


「だが結局、別の問題が持ち上がった」


 しかしまた、彼の声がこわばってしまう。


「……母は、年を取らなかったのだ。ずっと十代の、うら若き乙女の姿のままで……」


 息を呑むわたしに、彼は感情を感じさせない声で伝えてくる。


「さすがに周囲の視線が厳しくなり、父は母に問いただした。すると母は、父と会う何十年も前から、ずっと同じ姿で過ごしていたのだとあっさりと話してくれた」


 その光景も、想像がつくような気がする。きっと彼の母は、世間話でもするような気軽さで、無邪気に秘密を打ち明けたのだろう。


「それを聞いて私たちは、ようやく気がついた。母は、人ではないのだと」


 けれどそれから、どうなったのか。気になるけれど、尋ねるのもためらわれる。


「私たちは、ともに暮らすことはできない。仕方なく父は、母が死んだことにして、そっと母を森に帰した。私が八歳のときのことだ」


「……それ以来、お母様とは?」


「会っていない。どこに行ったのかも知らない。精霊には、子に対する愛着もないのだろう」


 彼はこちらを見ないままだったけれど、その視線はひどく苦しげだった。


「そもそも精霊は、めったに人間とは関わらない。数少ない例外は、ヴェンティルのように素知らぬ顔をして人間の世界にまざっているか、あるいは私の母のように、たまたま人間に出くわすかのどちらかだ」


 その例外が、ふたつもわたしのそばにいる。それって、奇跡のようなものなのかもしれない。


 こっそりとそんなことを考えながら、アルティスの説明に耳を傾ける。


「前者は気づかれることすらなく、後者はその特異性ゆえにおとぎ話として残る。そのため、精霊が実在することは、ずっと知られていなかった。……私や父のような、直接関わった者を除いて」


 そこまで語ったところで、彼がちらりとわたしを見る。


「フォンテは、そういう意味ではかなり珍しい。私が今までに見かけた精霊たちや、資料に記された精霊たちの中にも、ああいった例は存在しなかった。家族という関係にあこがれ、行きあった者を母と慕うなど……」


 彼はわたしの顔をじっと見つめたまま、ゆっくりと眉間にしわを寄せていった。


「だが、その人間への興味と愛着が、吉と出るか凶と出るか……」


 考え込んでしまったアルティスに、そろそろと声をかける。先ほど聞いた話の重大さが、今さら重くのしかかってきたのを感じていた。


「あの……あなたのお母様のことは、リリアは……」


 するとすぐに、アルティスが答えてくる。さっきまで悩んでいたとは思えない、きっぱりとした声だった。


「彼女には話していない。そもそも母の正体については、私と父以外誰も知らない。他言無用だ。いいな」


「はい、もちろんです。……あの」


 これだけ色々なことを聞かせてもらった後で、さらに質問をするのも図々しいかもしれない。でも、まだ気になっていることがあった。


「どうして、そのような大切なことを、わたしに話してくださったのでしょうか……」


 わざわざ彼の母の話をしなくても、わたしの質問をかわす方法なんていくらでもあったはず。


「……うらやましかったのかもしれないな」


 そして、返ってきた言葉に目をむく。うらやましい? アルティスが?


「君は精霊であるフォンテと、仮にではあるが親子のような関係を築きつつある。そんな君であれば、私の秘密も受け止められるのではないかと……」


 ためらいがちにそう言ったものの、彼はすぐに難しい顔になってしまった。


「……改めて言葉にすると、我ながら馬鹿げた理由だったな。こんな理由で動くなど、私らしくもない」


「いいえ、馬鹿げてなんていません。そういう直感って、大切だと思うんです」


 気づいたら、そんな言葉が口をついて出ていた。


「ずっとケイエルの屋敷で打ち捨てられていたわたしが、出ていくなら今しかないと思ったこと。それに、ネイサン様をきちんと追い払っておこうと思ったこと」


 どうせだから、思いをきちんと伝えておこう。アルティスがそれで納得するかどうかは分からないけれど。


「どっちも、こうすればいいという根拠なんてありません。ただ、そうしたいと思っただけで」


 今にして思えば、中々に無謀だったとは思う。あてもなく屋敷を飛び出したことも、紙切れ一枚で夫を説得しようとしたことも。


「でもその勘に従ったことで、いい結果をつかめたと思うんです」


 わたしの主張をひと通り聞き終えたアルティスは、少しだけ考えて、けれどはっきりとうなずいた。


「……そうだな。君にそう言われると、不思議と納得する」


 彼はそういって、また柔らかな笑みを見せてくれたのだった。




「おかえりなさいませ、伯父様、先生! 秘密のお話は済みましたの?」


「アルティス、ママ、かえしてよ」


 部屋に戻ると、興味を隠せない様子のリリアと、不満げな顔のフォンテが近づいてきた。ヴェンティルは開いたままの窓辺に止まって、優雅に羽づくろいをしている。まさかと思うけれど……盗み聞きとかしてないでしょうね。


「彼女とネイサン殿の話し合いが首尾よくまとまったかどうか、確認していただけだ。近くにいたとはいえ、全てを聞き取れたわけではないのでな」


 アルティスは澄ました顔で、さらりとそう言っている。リリアは納得しつつも詳しい話を聞きたがって、アルティスに食い下がっていた。


 フォンテはようやくわたしが戻ってきて安心したのか、しっかりとわたしに抱きついてしまっている。スカートの布地に顔を埋めるようにして、何やらうにゃうにゃと主張していた。


 その騒がしさを聞いていたら、ほっとするのを感じた。ああ、終わったんだって、ようやく思えた。


 笑顔のまま、アルティスとリリアを見る。好奇心をむき出しのリリアに、アルティスは珍しくも押されているようだった。


 ククー。


 と、ヴェンティルがまた鳴いた。気のせいか、笑っているような……?


「『さっきいいふんいきだったことは、だまっておいてあげるわ』って……いい、ふんいき……?」


 フォンテが顔を上げて、首をかしげている。幸い彼には、ヴェンティルの言葉の意味がきちんと理解できなかったらしい。


「ちょっとヴェンティル、それは誤解よ! というかやっぱり、盗み聞きしてたのね!」


 ホー?


「『ぞんじあげませんわ?』……ねえママ、ぞんじあげ……って、どういういみ?」


 すると、アルティスに逃げ切られてふてくされていたリリアが、ここぞとばかりに割り込んでくる。


「それは『知りませんわ』の丁寧な言い方ですのよ。覚えておくと、上品な物言いができますわ」


「じょうひん……たいせつ、だよね」


「ええ、もちろん」


「うん、フォンテ、おぼえた! ぞんじあげませんわ!」


「よくできました!」


 まだ少女のリリアと、少なくとも見た目は子どものフォンテ。そのふたりの微笑ましいやり取りを見ていたら、さっきのアルティスの話を思い出してしまった。


 フォンテもいつか、アルティスの母のように人間の世界を離れなければならない日がくるのだろうか。そう思ったら、寂しくなってしまった。


 ふと視線を動かすと、アルティスと目が合った。彼は表情を変えなかったけれど、その銀色の目には、こちらをいたわっているような色が浮かんでいるように思えた。

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