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18.ふたりきりのお喋り

 アルティスの背中を見ながら、せっせと歩く。大股に歩く彼についていくには、こちらも頑張って足を動かす必要があった。


 じきに、中庭についた。それでも彼は、止まらない。茂る木々の間の細道を、どんどん進んでいく。


 どこまで行くのだろうと思っていたら、いきなり彼が立ち止まった。


「ここで話そうか、カルミア」


 そこは、小さなあずまやだった。石でできた屋根と柱、そして座席があるだけの、簡素なもの。


 けれど座面にはよく磨かれた木の板がはめ込まれているし、柱に巻きついたつるバラが愛らしい花を咲かせていて、居心地は良さそうだった。


 この庭はリリアに連れられて時々歩くけれど、こんなあずまやがあるなんて知らなかった。


 すすめられるがまま席につくと、アルティスも向かいに腰を下ろした。といっても小さなあずまやなので、彼との距離は結構近い。


「その……君は因縁の相手と立ち向かったわけだが、動揺してはいないだろうか」


 そう尋ねてくるアルティスは、なんだか様子がおかしかった。困ったように視線をさまよわせていて、正面にいるわたしを見ようとしない。


 彼は、普段は厳格そのものなのに、時々こうやって気を遣ってくれる。しかもそのときの態度ときたら、このとおり不器用そのものだ。


 そのさまが微笑ましくて、自然と笑みが浮かぶ。


「お気遣い、ありがとうございます。少々高揚してはいますが、大丈夫です」


 とたん、彼ははっとしたように目を見張り、まっすぐにこちらを見てきた。


「高揚……もしかしてそれで、あのような捨て台詞を?」


 捨て台詞。それって、ネイサンとユナにがつんと言ってやった、あれのことだろうか。


 思いっきり好き勝手言ってやったことに、後悔はない。むしろ、すっとした。ちょっと乱暴な物言いになってしまったけれど、今までの恨みつらみをぶつけるには、あれくらいでちょうどいいとも思う。


 ただ、アルティスにもあれを聞かれてたんだなと、今さらそんなことに気がついて……ちょっと恥ずかしくなってしまう。


「ええ、そうかもしれません。少々はしたないかとは思いましたが、どうしてもあのふたりに、一度きちんと思いを伝えておきたくて」


 決まりが悪いのを微笑みでごまかしつつ、それでも本心を語っていく。


「……ケイエルの屋敷にいたころは、ずっと何も言えずにいたので。愛人を連れ込んでいるのを見かけたときも、わたしは隠れてその姿を見ていることしかできませんでした」


 そうしたらつい、そんなことまで語ってしまった。あの屋敷でのことなんて誰にも話したくない、心の奥に封じ込めておきたいって、そう思っていたのに。


 アルティスはわたしの告白を聞いて、一瞬目を見張った。それからふっと柔らかく、切なげに微笑みかけてきたのだった。


「そうか。……よかったな。……この言葉が適切かは、分からないが」


 彼が初めて見せた表情に、どきりとしてしまう。動揺をとっさに押し込めて、笑顔を返す。


「はい。それに、あなたに協力してもらったおかげで、あの人たちともすんなりと縁を切れそうです。重ね重ね、ありがとうございました」


 頭を下げると、とまどったような声が返ってきた。さっきからアルティスは、いつもより表情が豊かなように思える。


「いや、私はただ一筆書いただけだ」


「あなたの一筆は、ネイサン様の背中を押してくれました。あれがなければ、彼はわたしの説得に応じなかったかもしれません」


 あの紙を見せてなお、ネイサンはあれこれとごねていた。アルティスに協力してもらわなかったら、さらに面倒なことになっていただろう。


「それどころか、わたしの提案に乗るのは嫌だと、そう言い出していたかもしれません。あの方には、そういうところがありますから」


「……それはあるかもしれないな。横で盗み聞きしていただけだが、彼は少々、性格に難があるようだったし」


 わたしの言葉に納得したのか、アルティスが苦笑した。


「それに、あなたがわたしを見てくれたおかげで、冷静になることができました」


「……そうか」


 どちらからともなく、くすりと笑いあう。


「ところでアルティス様は、どうしてあそこまでついてこられたのでしょうか。……もしかして、わたしがきちんとやりとげるか、見届けにこられた、とか……」


 ずっと気になっていたことを口にすると、アルティスは軽く目を見張って固まってしまった。


 どうしたのかなと思っていたら、彼はわたしから視線をそらしてしまう。困惑しているような、照れているような、不思議な表情だ。


「ああ、それもある。……だが、その……」


 ためらうそぶりを見せながら、彼はぽつぽつと話し始めた。


「万が一君が苦戦するようなら、少しくらい、手を貸してもいいかもしれないと……そう思ったのだ。私は公爵家の当主だから、いざとなれば地位をふりかざしてネイサン殿を威嚇することもできなくはない」


 地位をふりかざして威嚇だなんて、どうにも彼らしくない。けれど彼がわたしに力を貸そうとしてくれたのは、間違いないようだった。


「お気遣い、ありがとうございます」


「いや、別に、礼を言われるようなものでは……結局私は、何もしていないのだし……」


 こみ上げる嬉しさを乗せて明るく礼を言ったら、なぜか彼は口ごもってしまった。不思議だなと思いつつ、さらに思いを伝えてみる。


「それでも、嬉しいんです! あなたが少しでもわたしの味方をしてくれたということが」


「あ、ああ、そうか……」


 視線をそらしたままの彼の頬が、うっすらと赤みを帯びていた。どうやら、照れているらしい。


「だ、だが、フォンテの件については今まで通り、厳しく判定するから、そのつもりでいてくれ」


 そして照れていることを隠そうとしているのか、急に話を変えてきた。意外に子どもっぽいところもあるのだなと思いつつ、大きくうなずく。


「はい、もちろんです」


 しかしその拍子に、ずっと気にかかっていたことを思い出してしまう。


「あの……ついでにもうひとつ、聞いてもいいでしょうか。その……フォンテの、精霊についてのことなのですが」


「なんだろうか」


 すっかり話題が変わりそうな気配を察してか、彼もいつもの冷静な態度に戻っていた。


「あなたは、精霊を研究していると聞きました」


 リリアからそのことを聞いて、そしてフォンテの正体を知ってから、ずっと気になっていた。


「でもあなたは、精霊のことをよく思っていないように感じます。ならばどうして、研究しようなどと思われたのでしょうか」


「別に、害獣を研究しているようなものだと思えばいいだろう」


 アルティスは少しも動じることなく、さらりと答えた。


「好き嫌いとは関係なく、人に害を及ぼすかもしれないものを調べ、脅威に備える。それだけのことだ」


 しかしその言葉を聞いて、余計に疑問が増えてしまった。ちょっとだけ考えて、また問いかける。


「実際に、精霊が人に悪さをしたという前例があるのでしょうか」


「……さほど、ない。少なくとも、記録にはほとんど何も残っていない」


 そもそも精霊は、人前にはめったに出てこない。わたしも、フォンテに出会うまでは、精霊はおとぎ話の中の存在だと思っていた。害をしようにも、接点がない。


 首をかしげつつ、独り言のようにつぶやく。


「……けれどそれにしては、あなたが精霊に向ける感情が……あまりに、その、とげとげしいような」


 しかしすぐに、返事がやってきた。


「……精霊と人間が深く関われば、そこには悲劇しか生まれない。そんな実例を、ひとつ、知っているからだ」


 彼の苦しげな表情に、ひとりでに言葉がこぼれ落ちる。


「その、実例とは……」


 普通なら、こんなことを尋ねたりはしない。でも今の彼を見ていたら、彼が話したがっているように思えてならなかったのだ。


 アルティスはこちらを見ないまま、ふうと息を吐く。それから弱々しい声で、ぽつりとつぶやいた。


「……私の母は、精霊だった」

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