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13.人の中での学び

 アルティスが去ってから、わたしたちはみんなで話し合っていた。


「あの物言いについては思うところが山ほどあるけれど……フォンテの教育に手を貸してくれたのは事実だし、アルティス様には一応感謝しなくては」


 多少頭も冷えたので、そんなことを口にする余裕も出てきた。もっとも、「感謝」の前に「一応」がくっついてはいるけれど。


「伯父様、普段は無愛想ですが優しい方ですのに、どうして精霊のことはあんなに敵視するのでしょう?」


 リリアが不思議そうに、首をかしげている。


「そうね。それはわたしも疑問に思っているの。アルティス様は精霊を研究されているという話だから、なおさら納得がいかなくて」


 あそこまで精霊が嫌いだというのなら、どうしてそんなものをわざわざ研究しているのか。精霊が危険だから、それに備えておきたいというのならまだ分かる。


 でもそれなら、自分で研究する必要はない。しかるべき人間を雇って、そちらに任せておけばいいだけの話だから。彼の立場なら、それも十分に可能だ。


「あのヒト、よくわからない……こわいのに、フォンテのこと、きらい……じゃない?」


 フォンテはさっきから、ずっとこんな調子だ。その言葉からすると、アルティスは悪い人ではなさそうだけれど……でもやっぱり、彼のことをすんなりと受け入れたくはなかった。


 ホッホホ!


「えっと、『おもしろいかたでしたわね』だって」


 どうやらヴェンティルは、この状況すら面白がっているらしい。椅子の背に止まったまま、優雅に羽づくろいをしている。


「面白い……色々と気になる方ではあるけれど……ヴェンティルは余裕ね……」


「『ながくいきていると、しげきがほしくなるのよ』っていってるよ」


 ……アルティスも変わっているけれど、ヴェンティルも変わっている。


「ともかく、アルティス様の謎についてはいったん横に置いておきましょう。今は、フォンテの勉強をどうするかよ」


「べんきょう……」


 その言葉を聞いて、フォンテが露骨にげんなりした顔になった。


「フォンテ、さっきアルティス様に言われたことを覚えている? 人間の子どもを見て、まねをしろっていわれたでしょう」


「うん」


「だから、一緒に町に行きましょう。そこでたくさんの人たちを見て、まねっこするのよ」


 正直、アルティスの教えに従うというのはちょっとしゃくでもある。けれど今は、それが一番効果的な方法のように思えていた。


「わあい! まち!」


 実際、勉強は嫌だと主張していたフォンテが、すっかりご機嫌になっている。


「それでは、おふたりでいってらっしゃいませ。わたくしやヴェンティルがいると、目立ってしまいますから……今回は、あくまでも人々の普通の姿をフォンテに見せるのが目的でしょう?」


 ちょっぴり残念そうに言ったリリアの肩に、ふわりとヴェンティルが舞い降りてくる。コケ、と短く鳴いたのと同時に、わたしたちが囲んでいたテーブルの上に小さな小さなつむじ風がわき起こった。


「『でしたらリリアは、わたくしとさんぽしましょう。わたくしがあなたをまもりますわ』っていってるよ」


「まあ……ありがとう、ヴェンティル」


 リリアは笑顔で、肩の上のヴェンティルに礼を言っている。精霊が危険だとはとても思えないくらいに平和な、穏やかな光景だった。




 その少しあと、わたしはさっそくフォンテとふたりでアニマの町に出ていた。もう午後だけれど、それでも夕方までまだ数時間ある。今は、とにかく時間を無駄にしたくない。


「ママ、あれなに?」


「あれは、町を守る衛兵ね。リリアのところにもいたでしょう?」


「うーん……おぼえてない。あのヒトたち、なにをしてるの?」


「悪い人がいないか、大変なことが起こっていないか、確認しているのよ」


「わるいひと? フォンテ、てつだえる?」


「手伝ってはだめなのよ。ほら、あっちを見て」


 衛兵の仕事に興味を持ち始めたフォンテをうながして、別のほうに目を向けさせる。近くの広場では、子どもたちが数人、追いかけっこをして遊んでいた。


「こども、いっぱいいるね」


「そうね。一緒に遊んでって、お願いしにいきましょうか」


 とにかく色んな人と関わらせるのが、今のフォンテにとって必要なことなのだろう。年の近い子どもは、ちょうどよさそうだ。


 ……リリアもまだ八歳だし、『年の近い子ども』のくくりに入ってはいるけれど、彼女は年の割にしっかりしていて、考え方もふるまいも大人びているから、フォンテが参考にするにはちょっと向いていない。


 フォンテの手を引いて、子どもたちに近づいていく。わたしたちに気づいた子どもたちが足を止めて、目を丸くしてこちらを見る。


「こんにちは。わたしはカルミア、この子はフォンテ。よければ、遊びにまぜてくれないかしら」


 子どもたちはわたしの言葉を聞いて、きょとんとしたまま視線を見かわしあった。やがて一番年かさの子が、にっと笑ってうなずいた。


「ああ、いいぞ。今は、鬼ごっこのとちゅうなんだ。よし、逃げろ!」


 彼のかけ声とともに、子どもたちが四方八方に散っていく。フォンテも顔を輝かせて、ぱたぱたと走り始めた。


 わたしは広場の中央の木の下で、走る子どもたちをのんびりと見守る。


 子どもたちはきゃあきゃあと声を上げながら、広場中を元気よく走り回っていた。


 時折大人たちも広場にやってくるけれど、子どもたちの邪魔にならないよう広場の端のほうを歩いている。大人も子どもも、みんな笑顔だ。


「あっ」


 べちっ。


 子どものひとりが足を滑らせて転び、泣きべそをかき始めた。ちょうど近くにいたフォンテが、途方に暮れた顔で辺りを見回している。


 あわてて駆け寄ると、フォンテがわたしのスカートをつかんでうつむいた。


「……みず、だせれば……まもってあげられた。でも、だめなんだよね」


「そうね」


 どう声をかければいいのだろう。守れるはずのものを守れなかったことについて、きっと彼はとてももどかしく思っているに違いない。


 するとそこに、他の子どもたちもわらわらと集まってきた。


「あーあ、ひざ、すりむいちゃった。そこの井戸で、洗ってこいよ」


「わたしがいっしょにいくから、ね?」


「……う、うん」


 仲間に次々と声をかけられていくうちに、転んだ子の表情が変わっていく。今にも大泣きしそうだったというのに、ぎゅっと顔を引き締めて、袖でぐいと目元を拭っている。


 そうしてその子は、他の子に付き添われて広場から出ていった。やがて、また元気よく広場に駆け込んでくる。すりむいたひざは、きれいに洗われていた。


 また鬼ごっこを再開した子どもたちを見て、フォンテがぽかんとした顔をしている。


「……フォンテは、みずをだせる。ヒトは、みずをだせない。それでも、なんとかなるんだね……」


 その声が、どんどんか細くなっていく。


「……フォンテのちから、いらない?」


「いいえ。もし、あなたの力を使わなければ誰かが大変な目にあうとか、そういう場合はためらわずに使いなさい。でもそれ以外のときは、大切にしまっておくの」


「うん!」


 どうやら少しだけ、フォンテは自分の力の使いどころを学べたようだった。やっぱり、町に連れてきて正解だった。


 それからもう少し子どもたちと一緒に遊び、夕暮れ近くなってきたので屋敷へと足を向ける。


 フォンテと並んで歩いていたら、突然声がした。


「カルミア?」


 聞き覚えのある、しかし絶対に聞きたくなかった声に、そろそろと振り向く。


 そこには、わたしが捨ててきた夫と、その愛人の女が立っていた。

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