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12.意外な援軍

「やはり、苦戦していたか」


 やってきたのは、アルティスだった。手にノートのようなものを持って、ずかずかとこちらに近づいてくる。テーブルにつっぷしていたフォンテが顔を上げ、ぐっと眉間にしわを寄せてアルティスを見た。


「駄目よ、フォンテ」


 ホホー。


「ううー……」


 わたしとヴェンティルが、あわてて声をかける。フォンテは恨めしい顔でアルティスをにらんでいたけれど、何もしなかった。


 そのことにほっとしていたら、アルティスがフォンテの隣の椅子にどっかりと腰を下ろしてしまった。フォンテが飛び上がって椅子から降り、そのままわたしの背中に隠れてしまう。


「このヒト、やだ!」


「フォンテ、そんな言い方をしないの」


 しかしアルティスは動じることなく、ふんと鼻を鳴らしている。


「やれやれ、嫌われたものだ。それも当然か。とはいえ、力を使わなかったことだけは褒めてやろう」


 彼の言葉を聞いたリリアが、驚きに目を丸くしている。わたしも驚いた。


 まさか、褒められるとは思わなかった。フォンテはアルティスを嫌っているけれど、アルティスもフォンテを警戒していたし。


 というかそもそも、彼は何をしにきたのだろう。


 わたしたちの物言いたげな視線に気づいたのか、アルティスはふうと息を吐いてフォンテを見すえた。


「聞け、フォンテ」


 フォンテは犬みたいにうーと小声でうなっていたけれど、ひとまずおとなしくしている。


「いいか、人間たちは、精霊たちと違って群れで過ごしている。森のシカたちと似ているな」


 まだ警戒をあらわにしつつも、フォンテがうなずいた。


「だったら分かるだろう。誰かが……つまり君が群れの中で暴れたら、他の者が困る」


「フォンテはこまらないよ」


「そうかもしれないな。しかし、君が母と慕うカルミアは困ることになる。もしかすると、君のせいでカルミアも群れから追い出されるかもしれないな。かわいそうに」


「それ……だめ……」


 むすっとしていたフォンテが、急に悲しげに眉を寄せる。それを見たアルティスの口元に、かすかに笑みが浮かんだ。


「ならば君は、暴れてはならない。人間の子どもは、とにかく弱い。ひとりでは何もできない。ひとまず、どうするか悩んだらカルミアにすがりついておけばいい」


 それでもまだ、フォンテは不服そうだ。自分の力を使えばいいだけなのに、と幼い顔に書いてある。


「ママは、フォンテがまもるの……」


 すると、アルティスが深々とため息をついた。気のせいか、一瞬ひどく悲しげな目をしていたような。


「……フォンテ。そもそも君には『母親』という概念がないはずだろう。『ママ』という呼び方を、どこで覚えた」


「フォンテ……はやしで、くらしてた……ときどき、ヒトがとおって……ちいさいこが、おおきいヒトに『パパ、ママ』っていってて……いいな、うらやましいなって、いつもおもってた」


 突然変わった話題に反論するでもなく、フォンテは素直に答えている。こういうところは、普通の子どもと変わらない。


 それはそうとして、そんないきさつがあったから、彼はわたしに出会うやいなやママと呼んできたのか。


「ならばそれと同じように、これからも人の子どもを見て、まねをしていけばいい。できるな?」


「うん……」


 さっきまでアルティスに敵意をむき出しにしていたフォンテが、ちょっぴり納得のいっていないような顔をしながらも、こくりとうなずいている。


「……伯父様、教え方がうまいですわ……」


「ええ、意外ね……」


 ホー。


 そんなふたりを見ながら、わたしとリリアとヴェンティルは、それぞれに感心したような声を上げていたのだった。




「以上、しっかりと胸に刻んでおくように。私からはこれだけだ」


 さらにひとしきり喋ってから、アルティスが話をしめくくっている。そこを見計らって、そっと口をはさんだ。


「あの……ありがとうございます。まさか、力を貸してくださるなんて……」


 深々と頭を下げ、また上げると、決まりの悪そうな顔で肩をすくめているアルティスの姿が目に入った。


「別に、君たちのためを思ってのことではない」


 不機嫌そうに眉を寄せて、アルティスがきっぱりと言い切る。


「今のままのフォンテを追い出せば、行く先々で問題を起こしかねない。遅ればせながら、そのことに思い至っただけだ。公爵家の当主として、民に危険が及ぶのを見過ごすことはできない」


 ぶっきらぼうな口調で、さっきよりもやや早口に語る彼。ちらりとリリアを見たら、彼女は懸命に笑いをこらえていた。


「私は精霊について研究している。その知識を応用すれば、この子どもの指導に活かせるかと思った。そしてその試みは、成功したようだ」


 こちらを見ないまま、彼はまくしたてるように話し続ける。先ほどまでと比べると、やけに落ち着きがない。


「そう、だから私が君に感謝されるいわれはない。私はただ、研究の一環としてフォンテに接触したにすぎないのだ」


 こほんとひとつ咳払いをして、アルティスが顔をきりりと引き締める。そうして、きっぱりと言い切った。


「いいか、忘れるな。私はいつでも、君たちを追い出せるのだから」


 堂々とふるまってはいるものの、よく見ると彼の視線はふらふらと泳いでいる。とまどっている……のだろうか。


 そのとき、ふと気配を感じた。リリアがアルティスに気づかれないように、何やら口をぱくぱくさせている。ええっと、あれは……「照れてますわ」って言おうとしているの?


 ぽかんとしながら、もう一度アルティスをじっと見つめる。さまよっていた彼の視線が、こちらを向いて……目が合った。


 とたん彼は、ぷいとそっぽを向いてしまう。あ、確かにあの表情は、照れている。


 第一印象は最悪だったけれど、アルティスも案外いいところがある……のかもしれない。それに、かわいいところも。


「……彼らは、人間ではない。その力は危険だ。しかも、人間の倫理観は彼らには通じない」


 妙な笑みが浮かぶのをこらえていたら、彼は突然そんなことを言い出した。その目つきが、鋭くなっていく。


「彼に色々と教えるうちに、そのことが実感できただろう。私が精霊たちを危険視している理由も、多少は理解できたかと思う」


 そうして彼は、まっすぐに私をにらんできた。さっきの照れの名残など、もうどこにもない。


「いいか、彼らにうかつに気を許すな。下手に情が移ると、後々面倒なことになるぞ」


 それだけを言い放って、彼はまたすぐに部屋を出ていってしまった。


「……あの、先生?」


「ママ?」


 ホー?


 アルティスが出ていった扉を食い入るように見つめているわたしに、みんながそろそろと声をかけてくる。


「……前言撤回」


 先生、何かおっしゃっておられたかしら? というリリアの言葉を聞き流して、さらにつぶやく。


「あの方と仲良くなれるかもって、少しでもそう考えたわたしが、甘かったわ……」


 こうなったら、アルティスが本気で感心して謝罪したくなるくらいにしっかりと、フォンテをしつけるしかない。


 これまで以上にやる気がわいてくるのを感じながら、ひとり大きくうなずいた。

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