07魔王流宙賊基地制圧方法
宙賊の基地は安全圏航路から外れた先にある小惑星を改造したものだった。
かつて採掘船によって開けられた穴をそのまま各施設のための空間として利用したようで、イオの目からでは、オオアリクイに狙われる蟻塚に見えなくもなかった。
ならば、オオアリクイの立場はイオとヴィルダとなるのだが、今回は蟻塚の方が大きい。
「さて、どうやって落とすんだ?」
イオはまずヴィルダの意見を聞いてみることにした。
「ううん、どこかからシステムに侵入して、まずは基地の管理機能を掌握したいのよね。さすがにこっちの兵器だけだと制圧は無理だし」
ヴィルダとしては管理機能を掌握し、空調システムをダウンさせて中にいる人間たちを窒息させるという手段を考えていたようだ。
「エグいことを考えるな」
その方法には、戦場でさまざまな死に様を見てきたイオも苦笑いを浮かべた。
「とはいえ、ちょっと時間がかかるし、確実でもないのよね。宙賊とはいえ宇宙民なんだから空気漏れ対策ぐらいはしてるだろうし、並行してこっちから攻撃を仕掛けて一隻ずつ潰していくのがいいかなって」
「俺が内部に潜入する」
イオはヴィルダの言葉を遮った。
ヴィルダの提案でも問題ないかもしれないが、それだと逃亡者を多く出すことになりそうだ。
なるべく逃亡者はゼロにしたいとイオは考えている。
宙賊たちに横の連携があるのかはわからないが、この基地の他にも同じようなものが存在している場合、援軍を呼ばれたり、後々に襲撃を受ける可能性も出る。
そんなことにならないようにするために、この基地にいる宙賊を一人も残さずに処理した方がいい。
「基地のシステムに侵入できるなら、ヴィルダは基地の外に出ることができないようにしてくれ。できるか?」
「システムに入ることができれば可能だけど、むしろ、イオの方が不可能なことを言っているように聞こえるんだけど?」
「そうだな。昔とは勝手が違うかもしれないが……」
イオは掌から魔力を出してみせてから笑う。
「その誤差をたしかめる意味でも、砦潰しはちょうどいいと思うんだ」
「うわぁぁ、怖っ」
その凄惨な笑みにヴィルダはドン引きした。
作戦が決まれば、次は準備となる。
イオの格好は勇者との決戦の時のままであり、ボロボロの状態だ。胸には心臓を貫かれた穴まである。
元より宇宙空間に耐える作りではないので、コックピットに備え付けられた予備のパイロットスーツに着替えることになる。
その前にと、五つのリングを渡された。
「これは?」
「緊急気密リング」
緊急気密リングは、その名の通り緊急時に装着者周辺の気密を保持するフィールドを生み出すリングだ。裸で宇宙に放り出されても一時間は生存できるようになっており、宇宙民であれば着用が義務付けられるレベルの物であるため、ヴィルダのコックピットにも備え付けられている。
緊急気密リングを着け、パイロットスーツを着込んでヘルメットを被り、背中に個人用のスラスターを背負えば、準備完了だ。
「イオが基地に到着したら、中に入れるように誘導する。その間にシステムは掌握しておくから」
「わかった」
「空調を制圧した後はヘルメットを外したり、壊されたりしたらダメだからね」
「了解した。ヴィルダも戻ってくる宙賊がいるかもしれないから気をつけろ」
「うん」
「万が一があれば、逃げてもいいからな」
「そんなことになったら、基地に突っ込んで自滅してやる」
「なんだそれは」
「私が死ぬのが嫌なら、死なないでよ」
「……わかった」
奇妙な脅しにしばし呆気に取られたが、イオは笑みを返した。
「しっかり皆殺しにしてくる」
「それも物騒」
「ははは」
コックピットのハッチが開き、宇宙に飛び出す。
我が身一つで無重力を体験し、イオは改めて自分が宇宙にいるのだと実感した。
スラスターのコントロールはヴィルダによって行われ、無重力下での行動に慣れていないイオの体をスムーズに宙賊基地の外壁にまで届けた。
ヴィルダは宣言通りに、無防備な通信装置から宙賊基地のシステムに潜入し、イオを内部に招き入れるとともに宙賊艦が収められた各所のドックを始め、外へと出るための全ての手段を封鎖するとともに空調をダウンさせた。
「……さて」
基地の内部には重力がある。
床に足をつけられることにありがたさを感じながら、イオはアイテムボックスを開き、それらに出撃を命じた。
「宇宙仕様じゃないが、まぁ重力はあるんだ。対応してくれよ」
アイテムボックスの口……空中に現れた黒い穴から続々と飛び出してくるのは直径で1mほどの金属製の球体だ。
「おい、お前なにしてやがる!」
通路に立って金属の球体を放出し続けるという異常事態を見咎めて、男の声が響く。
その男の前に転がりついた球体は突如として変化した。
球体表面に線が引かれ、その線に従って開いていく。中から現れたのは同じ金属で構成された人型だ。
魔導技術によって作られたそれはゴーレムと呼ばれる。
「戦闘ボット!」
だが、宇宙民たちにすればそうとしか見えない。
反応してレーザーガンを抜こうとした宙賊の男に球体ゴーレムは内部に収められていた腕部分を向けた。
そこに手はなく、金属の断面があるだけのようにしか見えない。
見えないが、そこから無形の衝撃波が放たれ、男は上半身を消滅させた。
「威力が高いな? 魔法への対策がされていないからか?」
球体ゴーレムが放ったのは衝撃波の魔法だ。内部にセットされた術式に魔力を流し込むだけで発動する機械的な仕組みの魔法であり、そこまで強い魔法ではない。
建物内の一般兵などを制圧する目的で作られており、勇者との決戦では役に立たないと判断されて、出番のないままアイテムボックスで眠っていた五十体の球体ゴーレムはいま、基地内の宙賊を制圧するべく転がっていく。
イオ自身も宙賊を制圧するために魔法を使っていく。
運動神経はヴィルダの人型形態を動かすことで使った気になったので、今回は魔法がどれだけ使えるか、そして通用するのかを試すことにした。
簡単な射撃魔法から始め、広範囲を巻き込む爆裂魔法、雷撃魔法、対象の精神に入り込む睡眠、催眠、相手の行動を束縛する捕縛など、周囲を破壊しない程度で思いつく限りの魔法を使っていく。
移動はヘルメットのバイザーをモニターにしてヴィルダがマップを表示してくれているので迷うことはなかった。
しかも生き残りの宙賊を光点として表示してくれるのでわかりやすい。
中には捕虜や裏切り者に対して行う拷問室や違法の人体改造を行うバイオ工房などがあり、イオの表情を歪めさせたが、手こずるという言葉は欠片も存在を許されることはなかった。
およそ一時間ほどの攻防戦と呼ぶにはあまりのあっけなさで、宙賊基地の殲滅は完了することになる。
「なんなの?」
宙賊基地のドックに入るヴィルダを出迎えたイオはまずそんな言葉をかけられた。
「なんでいきなり、戦闘ボットが大量出現するのよ?」
「魔法だが?」
「魔法って……ええ……」
否定しようとしたが、すでにイオの非常識さの片鱗は見ているため、結局ヴィルダは言い返せなかった。
「それより、ここは仮の住まい程度にはなるんじゃないか?」
「……そうね。宙賊どものおかげで資材には困らないだろうし、しばらくは使えるんじゃないかな? 治安部隊に見つかったら終わりだけど」
「なら、それまでの間に、しっかり準備をするとしよう」
「イオの話も聞きたいわ。もっとちゃんと、あなたのことを知らないと。このままだと常識が壊されそう」
「いいさ。相棒だからな。だがまずは、掃除だな」
「そうね」
そういうわけで、イオとヴィルダは、仮の住まいを手に入れたのだった。




