06 機械知性も放心する
あれから襲いかかってくるメタルビースト、ダーツストーム、こっそり絡みつこうとしてくるクロスミミックを切り刻み、ダーツストームの渦の包囲さえも切り裂いて突破する。
包囲を抜けるや人型形態から戦闘機形態に移行し、全速力でラヴァナール異常重力帯を脱出した。
エネルギーの心配。そしてパイロット不在という問題を解決したヴィルダの速度に宇宙怪獣たちは追いつけず、異常重力帯から出る前に追跡は止まった。
「初陣にしては良い戦果だったんじゃないかな?」
神経同調操縦という慣れない感覚に、慣れない武装、そして初見の敵、宇宙という環境……取り巻くそれらの中でイオは戦い切ることができた。
結晶刃という武器が思った以上に丈夫で切れ味がよかったのが功を奏したのだが、しかしだからと言って、残り全ての功績は自分のおかげだと思うほど傲慢ではない。
反射レベルでの思考をタイムラグなしに実現しつつ、それらの行動を宇宙という環境に合わせて調整し続けたのがヴィルダであることは、イオも体感で理解していた。
「どう思う?」
「ほへ〜?」
イオの質問にヴィルダは奇妙な声を返した。
「ヴィルダ?」
「ちょっと待って、さっきまでの戦いを受け入れ中」
「そうか?」
受け入れ中というのはどういうことかとイオは首を傾げ、モニター越しの宇宙空間に目を向ける。
現在は神経同調操縦を解除され、ヴィルダ任せの自動操縦となっている。普通の操縦技術のないイオは任せるしかなく、のんびりと宇宙空間を眺めつつ、自身の気持ちの整理に時間を使うことにした。
流れ流れて宇宙にやってきてしまった。
現代日本のなんでもない高校生だった小鳥遊衣緒は、異世界召喚によって魂を抜かれて剣と魔法の異世界にやってきた。
そこでいまの体を与えられて活躍し、最後には疎まれて英雄から戦争犯罪人の魔王として扱われ、しかも討伐のために新たに勇者の召喚までされた。
勇者によって封印追放を受け、気がついて見ればいまの状況だ。
むしろ、あの世界で意識を取り戻さなくてよかったと思ったほどだ。
もしそうだったら、たとえ一万年後の世界であったとしても燃やし尽くすための活動を開始していたことだろう。
だがいまはそんな憎悪は微塵もなく、この広大で面白みのない宇宙空間を見ながらこの後をどうするかと考えている。
この状況は正解なんだなと思うことにした。
しかし、ではこれからどうするかとなると、イオにはまるで情報がない。
情報源であるヴィルダはいまだに沈黙中だ。
体調の確認や、アイテムボックスの中身を思考によって確認し終わっても、ヴィルダは沈黙したままだった。
「ヴィルダ。俺はさすがにこのままだと餓死してしまうんだが、社会に馴染む方法はないか?」
「ん? うあっ、ああ、そうだねぇ」
もういいだろうと声をかけてみると、ヴィルダは相変わらずぼんやりとした様子で答える。
「まぁ、私もエネルギーの補充はともかくとして、メンテナンスできる場所が欲しいんだけど……さっきも言ったように、私って逃げ出しているから、近くのコロニーや星系なんかには近づけないと思うんだよね」
「なら、どうする?」
「帝国のテリトリーを出るのは無理にしても、せめてこの星系国家から出ないとね」
ダグワーレン銀河帝国というのは、この宇宙に数多存在する星系国家をまとめる大帝国なのだと聞いて、イオは驚きを隠せなかった。
ヴィルダの説明は続く。
逃亡するためには領域内で整えられた安全圏航路を潜次元航法《Dドライブ》で進むか、未整理の宙域を自ら切り開いて進むかの二通りしかない。
「どうして未整理の宙域では潜次元航法は使えないんだ?」
潜次元航法の説明を聞いて、イオは首を傾げた。
話を聞く限りは、つまりはワープとかハイパードライブとか、宇宙の膨大な空間を移動するための手段であるというのはわかるというのだが、それを安全圏航路でしか使ってはいけない理由がわからない。
「危険だからよ。安全圏航路以外で使うと、まず失敗して他次元から化け物が溢れたりするのよ。宇宙怪獣の一部も、そういうのの末裔って話よ」
「なるほどな」
「それにMAP化されていない宙域なんてすぐに迷子になれるわよ。救難信号も届かないような場所で迷子になったら、生きている間に戻るなんて無理でしょうね」
「ああ……なるほどな」
それこそ宇宙ならではということか。進む方向の角度が一度違うだけでも、距離を進めばその差は致命的となる。
「なら、どうすればいい?」
「私の開発者たちに協力を頼むしかないんだけど、その前に安全に通信とかできる方法があればいいんだけど」
「通信か。それは思いつかないな」
魔法による連絡方法なんてここで使えるとは思えない。
人間が魔力を練る行為にさえもヴィルダがあんな反応を示した時点で、この宇宙……少なくともダグワーレン銀河帝国に魔法使いがいないことははっきりとした。
「ううん、どっかに非合法な通信手段を持った連中とかいないかなぁ」
「そんなのがいるのか?」
「そりゃあいるわよ。宙賊っていうんだけど」
と、ヴィルダが言ったところで、コックピット内に警報が響いた。
「なんだ?」
「救難信号を受信。輸送船が宙賊に襲われてるみたいね」
「なんてタイムリーな」
「ほんとに。でも、これはチャンスね」
「つまり、宙賊の基地にならそれがあるっていうことなんだよな?」
「そういうこと!」
イオの確認に答え、ヴィルダは速度を上げた。
安全圏航路は潜次元航法を使用するための安全は確保しているが、治安という面において万全であるわけではない。
航路の潜次元航法的な安全を維持するための中継基地が各所にあり、治安維持艦隊も駐留しているが、それでも航路全体を守り切ることはほぼ不可能である。
これもまた宇宙の広大さ故といえる。
そういう場所に宙賊は出現する。
潜次元航法で安全圏航路を行く輸送船に狙いをつけ、トラクタービームによって通常宙域に引き摺り出し、荷物を、時には搭乗している人たちさえも奪い去っていく。
イオを乗せたヴィルダが到着したのはまさしくそういう場面が進行しているところだった。
「オープン通信開いたわよ。どうぞ」
「俺が?」
「そうよ。もうあなたの戦闘機なんだから」
「ああ、わかった……救難信号に応じて来た。状況は?」
『援軍? 戦闘機? とにかくたすかった! 敵味方信号を送る!』
『はぁ⁉︎ 戦闘機だぁ? 小蝿がでしゃっばってんじゃねぇよ!』
イオの呼びかけに二種類の反応が返り、思わず口の端が緩くなった。
「なら、鬱陶しい小蝿のいいところを見せてやるよ」
操縦桿を握ると、即座に神経同調操縦が開始される。
「射撃練習をしよう、ヴィルダ」
「むぎぎ! 小蝿扱いしたことを後悔してやる」
襲われている輸送船は四隻、護衛と思しき小型戦闘艦が二隻いた。
すでに二隻が穴を開けられて戦闘不能となっている。
対する宙賊は護衛の戦闘艦よりもさらに小型のものではあるが、その数は八隻だった。
戦闘艦というのは、単独で活動する宇宙船型兵器の種類を示す言葉であり、大きなものでは戦艦、小さなものではコルベットと呼ばれる。
ここにいる戦闘艦は全てコルベットの範疇に入る。
とはいえ、基本的に戦艦や空母、専用の中型艦などに搭載されて運用されるのが基本となっている戦闘機よりも戦闘能力が高いのが通常だ。
戦闘機一機の援軍は輸送船側にとっては来ただけマシ、宙賊側にとっては小蝿が一匹増えただけでしかなかった。
だが、この戦闘機は通常のそれとは違う。
まずは輸送船のシールドを削ることに専念していた一隻に向けて主砲の重レーザー砲を放つ。
戦闘機と舐めて回避行動すらしなかったその一隻は、あっさりとシールドに穴を開けられ、艦体を貫通させられた。
『なっ⁉︎』
『重レーザー砲だぁ⁉︎ 戦闘機の装備じゃないぞ!』
『くそっ! 潰せ!』
宙賊艦の何隻かがこちらに向かって攻撃を仕掛けてきたが、ヴィルダのシールドに触れることさえもできなかった。
『くそっ、速ぇ!』
『いいから潰せよ!』
『小さいから当たらねぇんだよ!』
宙賊たちが動揺している間に、さらに重レーザー砲で一隻を落とし、別の一隻には通り抜けざまに下部パルスレーザーの連射を浴びせかける。
「うまいね、イオ」
「ヴィルダのサポートのおかげだ。わかってきた」
「なら、このまま片付けちゃおうっ!」
「そうだな。基地に戻られて、防衛の準備なんてされたら困る」
その後、宙賊たちはほぼヴィルダによって撃墜された。
『本当に、鹵獲品はいらないのか?』
撃墜した宙賊の残骸は鹵獲品として勝者側が確保するのがこの世界での基本だ。
奪う側だった宙賊も敗北すれば奪われる側となってしまう。
とはいえ、宙賊の鹵獲品で得られるものといえば小型艦や輸送船に無理やり武装をくっつけたようなメンテナンスも不十分な船や装備、多少の食料や酒、麻薬などの非合法品程度が普通だ。
それでも売れば幾らかの金……銀河帝国通貨はダッカという……ダッカになるのだから、船の容量に余裕があればかき集めておくのが普通だ。
「ああ、いらない。ご覧の通り、あまり持ち歩けない状態だからな」
戦闘機が一般で使用されにくい理由は、積載できる荷物の容量がほぼない、という点も大きい。
イオの場合はアイテムボックスを利用すれば、厳選する必要もなく全て収納できるのだが、ここでは非常識な方法であるようなので見せるわけにもいかないと全てを放棄した。
『わかった。礼の代わりじゃないが、あんたらはここでの戦闘に参加しなかったってことにしておいてやるよ』
と、護衛艦の艦長が言った。
『登録番号とかもわからん戦闘機だ、訳ありなんだろ?』
「……たすかる。では、行かせてもらう」
『ああ、それじゃあな』
護衛艦の艦長の発言は、好意からだったが、同時に情報漏洩の危機が存在することをイオに予感させた。
ともあれ、目的の宙賊基地の情報は手に入った。
また、ヴィルダは護衛艦が鹵獲行動に入る前に撃沈した宙賊艦のシステムに潜入し、それらの記録は見つけ次第に消去した。
破壊された船ではシステムへの侵入は万全ではないが、これでヴィルダたちの行方が終われる可能性は減るだろう。
次なる目的地に向かうべく、ヴィルダは安全圏航路から外れた。




