53怪物と戦場04
星守専用艦サンジョウがキメラウィルス怪物に飲み込まれていく。
『あかん、退避!』
『ダメです! シールドを破れません!』
『撃ちまくるんや!』
『ダメですエネルギーの反射で我が艦にもダメージが……』
『やるしかないやろう!』
抗うフォクサと艦橋スタッフの声が響く中で、イオは身動きできないでいた。
いま動けば、ヴィルダの高速演算が無駄になる可能性がある。
だが、動かなければリリスミアとフォクサがたすけられない。
自分はたすけられておきながら、相手はたすけないのか?
その葛藤が頭に浮かびながら、それでもイオは動けない。
いや、動いてはいけないという選択をすでにしてしまっている。
キメラウィルス怪物を倒すには、どうしてもいましていることは必要なのだと。
だから動くなと。
『イオさん』
「っ!」
混乱の艦橋からリリスミアの声が届いた。
『私たちのことはいいです。逃げてください』
「……」
『あなたをたすけたのではありません。これは皇女としての意地です。私の顔で帝国を乱すなんてことを二度も許すわけにはいかないのです』
『ほうや。あんたのためではあらへんからな』
フォクサの声も届く。
『なあに、こんなところで負ける星守やないで。見とき、華麗な脱出をしてみせるわ。まだ星殻装攻も見せとらんしな』
そんなことを言っている間に、星守専用艦サンジョウは自身のシールドに守られたまま、キメラウィルス怪物の肉によって包まれていく。
『必ず、倒してください』
最後に、リリスミアの声がそう告げた。
リリスミアは、信じているのだ。
イオたちがこの怪物を倒すことを。
突然の挙動の変化にはなにか意味があるのだと。
だからこそ、あの特攻はあったのだ。
『自身の姿の悪用を許さない』その気持ちもたしかにあるのだろう。だが自分で倒すことよりも、倒す手段を模索しているイオを守ることを選んだのだ。
「……」
イオは無言でその場から離れた。
星守専用艦サンジョウが肉によって埋もれる姿をセンサーに捉えたまま、距離を取った。
やがて、キメラウィルス怪物の頭部が元に戻る。
その巨大さと比べれば、星守専用艦三条の大きさは、歯の一つ分程度でしかない。
しかし、その突貫力は頭部一つを粉砕するパワーを秘めていた。
そんな戦力を犠牲にしてまで守る価値があると、リリスミアが求め、フォクサがそれを認めた。
だから、イオは生きている。
「ヴィルダ、まだか?」
じっと我慢していた声をイオは漏らす。
あるかどうかもわからない可能性のために時間をかけているヴィルダを焦らせたくないが、この状況はイオを我慢の限界に挑ませていた。
まだ間に合う。
いまならリリスミアたちをたすけに行くことができる。
そう思いながら、時間が秒単位で消失していくのを見守るのは苦痛だった。
そして、ついに……。
「できたよ!」
「よくやった! 協力しろ!」
「うん!」
ついに、ヴィルダが叫んだ。
その内容を聞くよりも早く、イオはキメラウィルス怪物の頭部に向かって飛ぶ。
本来の速度を取り戻した戦闘機は瞬く間に再接近を果たす。
キメラウィルス怪物は、接近するイオを見て口だけは笑って見せた。
「付与・炎」
人型に変形し、結晶刃を握る。
物質化した刃に炎が宿る。
宇宙空間での炎は、揺らぐことなく赤いプラズマとなって結晶刃を輝かせる。
赤の一閃はシールドを破り、戦闘機は内部に突入する。
星守専用艦三条が飲み込まれた場所は、把握している。
その部分に対して結晶刃を振るえば、肉が蒸発し戦艦の後ろ部分が露出した。
だが、一目でわかる。
もはや、あの戦艦は飛べない。
あちこちに穴が空き、そこにキメラウィルス怪物の肉が侵入していた。
「リリスミアたちを救出してくる」
「イオ!」
「うん?」
答えたその時、イオはわずかに立ちくらみのようなものを感じた。
そして大量の情報が入り込んでくる。
「必要な情報をそっちに送ったよ」
「わかった。ヴィルダはこの後、あれをもらいにセンダナルのところに行け」
「うん。絶対に戻ってきてね」
「当たり前だ。こいつは絶対に殺す。ああそうだ……」
イオはある予感から、センダナルへの伝言を頼んだ。
「うん。わかった!」
「よし、行くぞ」
ヘルメットを被り、腰に差した結晶刃の柄の感触をたしかめ、イオは開いたハッチから宇宙空間に飛び出した。
パイロットスーツは元から真空での活動が可能となるようにできている。
さらに結界の魔法をシールド代わりに張り、飛行の魔法を使って星守専用艦サンジョウに向かった。
イオの存在を感知して肉の手が無数に発生し追いかけてくる。それらを速度で振り切り、星守専用艦サンジョウに到着した。
戦艦を貫く肉の一つ結晶刃を突き込み、付与・炎を叩き込む。燃え移った炎はコロニーのエネルギーチューブほどに太かったが、瞬く間に燃え尽きた。
余波の炎が、イオに迫っていた肉の手をも焼く。
真空を無視した延焼はキメラウィルス怪物の他の部分にも届いていく。
「敵を焼く魔法の炎だ。魔力が切れるか、敵が炭に変わらない限り消えることはない」
そう言い残し、戦艦の中に入る。
戦艦の内部での戦いは、もうほとんど終わりかけのようだった。
通路の壁や天井には黴の侵食のように肉が張り付き、軍服がそこに巻き込まれている。
一部には顔が残ってもいる。
ここで生活していた時に見た顔もあった。
戦闘機のシミュレーションで挑んできたパイロット。
星殻装攻を見せてくれた整備士。
フォクサとの訓練後にスポーツドリンクを持ってきてくれた女性士官。
そんな顔が恐怖を貼り付けて壁の一部になっている。
戦いは半ば以上終わっていた。
だがまだ、終わりきっていたわけではない。
音と振動を探ってドックに繋がる通路へと辿り着いたイオが見たのは、戦いの終わりの瞬間だった。
「無念」
フォクサが腹を肉触手に貫かれていた。
彼女の手から落ちた結晶刃が乾いた音を響かせる。
「フォクサ!」
フォクサの背後で、リリスミアが悲鳴をあげている。
そして、そのリリスミアにも壁を伝って肉触手が迫る。
接近したイオがそれらを切り裂いた。
「イオさん!」
「待たせた!」
それだけを言うと、イオはリリスミアを自身の背後にやる。
イオが間に合ったことで、戦いは延長された。
振り返ったリリスミアが見たのは、肉触手に貫かれたまま結晶刃を拾うフォクサの姿だった。
「フォクサ! そんな!」
「ぐっ、うう……」
狐耳を乗せた顔には無数の筋が走り、噛み締めた歯の隙間から泡となった唾液がこぼれ落ちていた。
血走った瞳がイオに刺さる。
そこに宿る念のようなものを、イオは受け取った気がした。
いや、受け取った。
「リリスミア、もう少し下がれ」
「イオさん!」
「星守No.38フォクサ・アンヘイン」
イオは呼びかけ、自身の結晶刃を構える。
「元サーべルージュ王国将軍、鋼鉄兵団団長、最後の呼び名は鋼鉄の魔王。いまはアクセンブル社所属のパイロット。地球での名前は小鳥遊衣緒。現在名はイオルード・ティンバーライン!」
ガクガクと震えていたフォクサの体が機敏に反応し、結晶刃を上段に構えた。
その顔は喜んでいるようだった。
「いざ尋常に……」
「「勝負!」」
二人の声が重なり、二人の姿がその場からかき消える。
そして間に置かれた空間のその中央で両者は衝突した。
以前にもあった戦いのように、決着は一瞬。
フォクサの白い刀身は空を裂き……。
イオの青い刀身はフォクサの腹部を貫いていた。
そこは、フォクサに侵食する肉触手が刺さっている場所でもあった。
「主人を最後まで守り抜いたな。見事な騎士道だ」
「は、はは……」
フォクサは笑いながら、脱力してイオの肩に顎を置いた。
「あんたはほんまに、ええ男やなぁ」
そう言ったフォクサは、空いた左手でイオの頬を撫で、そして自分に顔を向かせると唇を合わせた。
血の味が伝う。
「ご褒美はもろうとくよ」
左手は次にイオの胸を押す。
「後、交換や」
そう言って、腹に刺さったままの結晶刃を掴むイオの手に左手を重ね、代わりに自身の結晶刃の柄を向ける。
「こいつがあればうちの星殻装攻が使える。それで姫さんを護衛しい」
「わかった」
そうしてフォクサは安堵の瞳でイオを見、そしてリリスミアを見た。
「フォクサ……」
「フォクサ・アンヘイン。ここまでです。どうかお許しを」
「っ! よく務めました。褒めてつかわします」
「もったいない、お言葉です」
「フォクサ……」
泣き崩れそうなリリスミアを引っ張り、ドックに向かう。
「フォクサ!」
リリスミアの叫びを受けて、フォクサは微笑んでいた。
ドックの扉が閉まる前に、イオは結晶刃に仕込んでいた炎の魔法を解放した。
「フォクサを利用させはしない」
炎は通路を伝って戦艦中に広がり、その全てを赤に染め、キメラウィルスの怪物を拒否する。
「いいや、その戦艦の、誰も」
その炎の中から一筋の光に守られて脱出艇が飛び出した。




