52怪物と戦場03
イオから新しい魔法を作れと言われたヴィルダは混乱した。
しかしそれはあくまでも感情のみの話であり、その裏で彼女の脳はその可能性の考慮を始めていた。
魔法。
イオが召喚された世界にのみ存在した独特の技術体系。
エネルギー化されたマナ粒子を使用するという点では現在の銀河帝国の代わりはないが、あちらは個人でそれを行うという。
それは、こちらでいう特異発生体のような性質を全員が持っていたということにもなる。
その独特なエネルギー使用方法には興味があるが……。
いまはない知識を有効活用する可能性など、考えるだけ無駄だ。
わかるわけがない。
しかしならば……その前段階であるイオの脳へのアクセスは可能なのか?
これは、あの日から禁止にしていたが、イオ自身が認めるのであれば可能だろう。
神経同調操縦もある。
そしてアルケミアゲイザーに感応物質を施して後、イオへの干渉がよりやりやすくなっていることも事実だ。
神経同調操縦による反射と機体制御の齟齬を修正するのが機械知性の主な役割だったはずだが、搭乗時間が増えていくたびに一体感が増していくのがわかる。
戦闘機とパイロットと機械知性……この三つが融合しているかのように感じられるのだ。
だからこそ、いまならあの時よりももっと簡単に、イオの脳にアクセスし、そしてもっと奥へ入ることができることを、ヴィルダは確信している。
だけどそれは……。
「いまここでそんなことをしたら、機体の制御で私が関われなくなるよ」
「かまわん、一人でなんとかする」
「それだけじゃなくて、イオだって頭の中を調べられるんだから、なにが起こるかわからないよ?」
「死ななければ安い」
「う〜〜っ!」
イオの答えに迷いはない。
戦いの種類は違えど、死戦を潜り抜けた数でならば、この戦場の中でもイオは断トツでトップに立てる実績がある。
やらなければ死ぬ、やらなくてもジリ貧で死ぬのなら、やって生きる道に突き進むという選択肢に全力を傾ける。
経験則から導き出された思い切りの良さは、機械知性をも凌駕する。
「俺だって、できれば万全の状態を整えて余裕を持って勝ちたいが、どうやってもそんなに上手くいかない方が多い。特に現場はな!」
蛸足の表面からは無数の手を、蛸足の本体は逃げ場を塞いで肉製の檻を作ろうと動く中、戦闘機は障害物を潜り抜けている最中とは思えない速度で潜り抜け、脱出を成功させる。
「やるんだ。ヴィルダ。俺たちですごい魔法を作ってやろうぜ」
「なんかその言い方、センダナルっぽい」
「そうか?」
ヴィルダに言われたが、イオにはわからなかった。
「だけど、わかった。あんなのを倒したのが私たちなんて、超絶ドヤれるもんね!」
「ああ、まさしくな」
どこまでも伸びて追いかけてくる手の群れを引き剥がす。
キメラウィルス怪物は方向転換して戦闘機を追いかけようとしたが、艦隊の艦砲が何箇所かのシールドを破り、本体を焼いたためバランスを崩した。
手足が剥がれることはなかったが、傷口からはメタルビーストが発生して艦隊へと向かっていく。
「なら、いくよ。神経同調操縦を一人でやると、いろいろ《《ズレる》》からね。気をつけて」
「わかった」
承諾した瞬間、全身にかかる負荷が増えた気がした。
そして……。
「ぐっ」
頭の中に入ってきた。
頭のどこかに穴が空いて、砂を流し込まれるような感覚に襲われる。
実際に内部に砂が詰まっていくという感触はないのに、音が耳の中に何重にも反響し、脳の神経を撫で回していく。
そして、無作為に頭の中にさまざまな映像が浮かぶ。
ヴィルダが接触した記憶が映像化されて脳内に浮かび、そして一瞬で消えていく。
超高速紙芝居のような現象が頭の中で起こり、それが視覚に影響を与える。
「これはきついな」
感覚の遮断ではなく、撹乱だ。目隠しされるだけなら耳を澄ましてなんとかするのがイオであるが、今回は自身の記憶映像と声が超高速再生され続けながらの中、追いかけてくる惑星サイズのストーカーから逃げ回らなくてはならない。
気になる映像には我知らず目が向かってしまうし、懐かしい人物の声には思わず耳を傾けてしまいたくなる。
厳しい戦いを強いられることになったが、イオはそれ以上の泣き言を吐くことなく、操縦に専念した。
ヴィルダの言う通り、戦闘機の反応が悪くなった。
全ての行動がワンテンポ以上遅いし、情報の取得も遅い。
見てから反応するなんてことはできない。
周辺レーダーを確認し、こう動くだろうと予想しながら機体の動く先を決めなければならない。
言ってしまえば普通の戦闘機での操縦だ。
神経同調操縦という違いはあれど、パイロットライセンスを得るために実機試験で百時間乗り回した時のことを思い出して対処していく。
だが、鈍くなったのは動きだけではなかった。
速度、そしてエネルギー充填においてもそうだ。
いままではヴィルダの充実したサポートによって、無視できていたそれらの部分も負担となって乗しかかってくる。
エネルギーマネジメントが十分でないため、スラスターに回すエネルギーが足りずにいままでよりも遅くなる。またシールドの損耗からの補充はジェネレーターから行われるのだが、そのジェネレーターを回復させるのはイオの魔力だ。
ヴィルダがそれとなく補充を促して、それを意識して適量の魔力を送り込むという行為……その全ての段階をイオ一人で行うというのは、予想以上の重労働となった。
混乱しそうな状況だったが、それでもイオは弱音を冗談に混ぜて吐き出すこともせず、歯を噛み締めて全てを行っていった。
だが、足りない。
処理速度が足りないために、機体の制御速度が足りない。スラスターへのエネルギー配分が足りない。シールドの回復速度が足りない。
全てが足りない中、キメラウィルス怪物の咆哮が重力震を発生させ、戦闘機は嵐の中の小舟の如くに振り回されることになった。
「ぐっ……」
何度目かの体験だが、今回は一人でやらなければならないために難易度が違う。
横回転しながら流されていく中、自分に向かってくるキメラウィルスの怪物を見た。
リリスミアに似せた顔には表情がない。イオはサメ映画の襲われる瞬間の映像を思い出し、そして実際にそれが超高速再生される記憶映像の中に混ざった。
サメや爬虫類への恐怖は、表情がまるで読めないところにあるとイオは考えている。
それらと目の前にある作り物のリリスミアの表情が重なるということは、二つの根底にあるものが同じということなのかもしれない。
すなわち、人間とは相容れない。
そんな余計な感想をなんとか隅に放り投げて、機体の制御を取り戻すことに必死になる。
ここでそれができなければ死ぬ。
死ぬかキメラウィルス怪物の一部となってしまう。
それがどういう状態を示しているのかはわからないが、ここまで流れてきた人生の終末がそれでいいとは思っていない。
全力で抗っていたその時。
白い戦艦が偽物のリリスミアの頬を殴った。
艦首を食いつかせる突撃によって頬の肉を破り、口内に飛び込む。
そして艦砲による射撃が内部で炸裂し、その顔を焼き払った。
『はっはぁ! やってやったで』
『イオ、早く逃げてください!』
通信でフォクサと本物の方のリリスミアの声が響く。
『どうしたんや? なんか不調か? お姉さんがたすけにきてあげたで』
「バカヤロウ、早く逃げろ!」
イオはそう返すのが精一杯だった。
なんとか戦闘機は機体の制御を取り戻したが、星守専用艦サンジョウはいまだキメラウィルスの顔に突き刺さったままだった。
引き抜くために一度、後退してからか、あるいは頭部を全て砲撃で焼き付くしかない。
『たすけてやったのに、挨拶やな』
「いいから早く!」
『慌てんでも、シールド破ったんや。すぐに周りを焼き尽くしたる』
星守専用艦サンジョウは、後退ではなく艦砲で焼き尽くす方を選んだようだ。
だが、この怪物の弱点が頭であると決まったわけではない。
生命活動が止まったわけでもないのに、油断をするわけにはいかない。
それはすなわち死に繋がる。
ほぼ形を失っていた頭部をシールドが覆った。
そして、焼けこげた首元から現れた新たな肉が星守専用艦サンジョウを巻き込んで再生を開始したのだった。




