48パルミナエル星系脱出劇
妹の姿を怪物に模倣されたカリスティアは激怒していた。
だが、その怒りはパルミナエル星の大気圏内で成長を続けるキメラウィルスで生まれた怪物にではなく、その裏で蠢動する輩たちに向けられていた。
奴らの正体を暴き、同じ運命に遭わせ、その上で永劫の苦しみを与えなければこの怒りが収まるはずもない。
そのためには地表に存在する研究所や工場から情報を収集せねばならないのだが、それは難しい。
偵察ドローンを始めとした無人機による作戦は機械知性による情報戦によって失敗し、パワードアーマーによる降下作戦はキメラウィルス怪物の肉圧によって全て薙ぎ払われた。
キメラウィルス怪物は、目標であろう研究所とその生産工場をその肉によって取り込み、増え続ける重量で押し潰したのだった。
「おのれっ!」
その光景を映像で見たカリスティアは結晶刃の柄を握りしめて吠える。
キメラウィルスへの感染を警戒して出撃を止められた結果、証拠は全て潰されてしまった。
裏にいた者たちの情報が手に入らなくなったのである。
「焼き払え! もはやこの惑星の全ての生物を焼却してしまえ!」
それ以外にキメラウィルスの猛威を止める術はない。カリスティアの激情は、自身の迷いによって長い苦しみを与えてしまった無辜の民たちへの詫びの意味も含まれていた。
艦隊による砲撃がパルミナエル星に降り注ぐ。
星守専用艦、随行してきた戦艦たちによる雨のごとき砲撃によって山が溶け、大地が裂け、海が枯れた。
荒れ狂う熱によって多くの生命が焼却されていく中、キメラウィルス怪物は生き残った。
怪物は宇宙港に移動すると、周囲に残っていた宇宙船をその肉の中に取り込み、体の各所から推進器の噴射装置を生やした。
重力遮断粒子がその巨体を宙に浮かせ、大気圏脱出のための上昇を始める。
「落とせ。宇宙に出すな」
カリスティアの静かな命令で放火はキメラウィルス怪物に集中する。
菌糸の様に惑星上に伸ばしていた肉たちをまとめ、間に合わないものを切り捨てたキメラウィルス怪物はただ上昇するだけであり、砲火を避けることなどできるはずもない。
故に、弾いた。
いまだリリスミアの面影を残す顔を守るようにシールドが展開し、収束された砲火を拒否したのだ。
ありえない光景に、カリスティアも絶句した。
生物が機械を取り込んだこともそうだが、宇宙港にあった船のシールド機能程度、星守専用艦を始めとした帝国最精鋭の戦艦たちの収束砲火を受け止めるような性能などあるはずがない。
ならば、どうしてこんなことになったか?
「……特異発生体の性質も取り込んだか?」
カリスティアが推測を口にする。
特異発生体とは、マナ粒子をエネルギーに変換できる特異体質の持ち主たちだ。
星守になれるほどのエネルギー量を誇る者たちは希だが、それ以下の才能であれば一億人に一人ほどの割合で存在する。
多くは無自覚のままだが、中には星守になれるかと夢見る程度には能力を発現する者が出現し、そして多くはフロッピー《なりそこね》の烙印を押されていく。
キメラウィルス怪物は、宇宙船という機械さえも自身の能力として取り込むことができる。
ならば、取り込んだ人間の中にいた特異発生体の性質を取り込み、束ねることもできるのではないか?
束ねられた特異発生体は星守に匹敵、あるいはそれ以上のエネルギー量でシールドを強化しているのではないか?
その論で考えれば、肉の中に機械を取り込んでいるのではなく、技術者たちの能力が肉の中で宇宙船を分解し、再配置させているのではないかと考えることもできる?
推論の正答率はともかくとして、現実として推定五億トン以上の異形生物が空を飛び、シールドを展開し、大気圏脱出を果たした。
カリスティアの指揮によって艦隊はキメラウィルス怪物を追いかけ、激しい砲火を叩き込む。
何度かシールドを破ることに成功はしたのだが、その肉を焼き切ることはできなかった。
そうした追走劇はやがて別の危機を呼び込むことになる。
タンパク質の匂いが大好きな宇宙怪獣たちがそんな巨大な存在を見逃すはずもない。治安の乱れたパルミナエル星系中から集結しキメラウィルス怪物に襲いかかった。
パルミナエル星系には、ラヴァナール異常重力帯という宇宙怪獣の群生宙域があることも不幸を後押しした。
艦隊は宇宙怪獣という壁によってキメラウィルス怪物への追撃を諦める他なかった。
「くそっ」
「大丈夫ですよ。このまま宇宙怪獣の餌となって終わりです。我々はその後始末をすることになりそうですが」
カリスティアを慰めるように副官が言う。
「……はたしてそうかな?」
だがカリスティアには嫌な予感があった。
大気圏を脱出する際に、キメラウィルス怪物の核となっているクローン・リリスミアの表情を見たからだ。
その表情はとても恍惚としていた。
まるで、いまから大好きな人にでも会いにいくかのような……幸福と執念に彩られていた。
キメラウィルス怪物という肉体を支えるあの精神力を前に、宇宙怪獣という物量は障害となるのか、それとも……。
結果は、数時間後に現れた。
「そんなバカな……」
カリスティアの星守専用艦イシュタールの艦橋に戸惑いの声が溢れる。
宇宙怪獣に取り囲まれたキメラウィルス怪物は、奴らの嗜好品として消費される未来しかないと誰もが思っていた。
だが、現実には宇宙怪獣の数は徐々に減っていき、キメラウィルス怪物の質量は比例して増大していく。
「宇宙怪獣を取り込んでいる?」
「そんなことがあるわけない!」
「生物として根幹から違うんだぞ⁉︎」
艦橋に専門の学者はいない。
だが、そんな素人の集まりであっても、地上の生命体と宇宙の生命体では肉体の構造がそもそも違うのだということは理解できる。
真空に晒されても破壊されないよう、細胞単位で作りが違う。
宇宙空間で生命活動を続けるために、摂取するエネルギーが違う。
無重力空間を移動するために、獲得した形が違う。
キメラウィルスがなにを基点として生命を溶かし融合しているのか、それがわからなくなった。
「生きているものを全て取り込むつもりか?」
ただそれだけなら惑星単位の生物災害でしかなかったのだが、宇宙に飛び出す能力まで獲得しているとなると星系レベル……いや銀河レベルの危機にまで発展することになる。
「なんとしてここで倒すのだ。そして、一刻も早くキメラウィルスを解明し、抗体を作るように伝えろ」
カリスティアの命令により、再び攻撃が開始される。
しかし、艦隊の奮闘も虚しくキメラウィルス怪物を取り逃すことになる。
戦艦の一つが取り込まれたことをきっかけとして、キメラウィルス怪物はワープを手に入れたのだ。




