47ニセモノの恋
ワタシハニセモノダ。
「うむ、本物そっくりだな」
意識が芽生えて最初に与えられた言葉がそれだった。
「お前は新たな第五皇女となるのだ」
誰かの偽物になれと、命じられた。
そしてそれに疑問を持つことはできなかった。
生まれた時から脳を弄られ、そう思考するように作られてしまっているのだ。
私はダグワーレン銀河帝国皇帝の第五女。
リリスミア・ファーラ・ダグワーレン。
そうなるように求められ、そうなるために作られた。
だから私は、そうなった。
だけど……私が第五皇女でいられたのはほんのわずかな時間だけだった。
与えられた服装で、与えられた化粧で、与えられた表情で、カメラの前で与えられて暗記した原稿を読み上げる。
ただそれだけの時間しかなかった。
本物の第五皇女が私の存在に異議を唱えたから。
お前は偽物だと言ったから。
そして本物である証を……私にはない記憶という形で与えたから。
「やはりダメだったか」
「まぁ、そううまくはいかないだろうね」
「救出されて皇帝の前まで連れて行かれてしまえば大成功だったのだけどな」
「失敗を嘆いたって仕方ない」
「そうだな。それなら、次の段階に移ろうか」
「ああ、一度セットしたものは使い切っておかないとね」
「危険物だからな」
私の創造者たちは、私の前でそんなことを言い、そして私を見る。
「後腐れなく、全て消えてしまわないと困るんだ。だから、頼むよ」
そう言って、創造者たちは私に一つのスイッチを渡して、最後の命令を囁いて去っていった。
「二時間後にそのスイッチを押しなさい」
誰もいなくなった部屋で、スイッチを掴んだ私は、震えていた。
「あ、ああ……」
初めて、怖いと思った。
体が震える。
このスイッチを押すとなにが起こるのかわからない。
わからないけれど、嫌なことが起こることはたしかだ。
思考らしい思考も満足にしないまま、なれと言われた第五皇女にもなれず、ゴミ箱のゴミのように捨てられていくのだ。
「たす……けて……」
初めて、命令されていない言葉が口から出た。
たすけを呼ぶ?
誰がたすけてくれる?
私は偽物の第五皇女。
しかも、みんながそれを知っている。
誰もたすけてはくれない。
本物の第五皇女をたすけたようなパイロットは現れてはくれない。
イオルード・ティンバーライン。
アクセンブル社に所属するパイロット。
いまはセファタタ星系にあるアクセンブル社の支社コロニーにいる。
第五皇女をたすけたように、私をたすけてはくれないのか?
私と第五皇女はなにが違うのか?
遺伝子は同じだ、姿は同じだ。
記憶なんてものは、私にこれからがあればいくらだって積み上げられる。
だから!
「あ、ああ……イオルード……イオルード・ティンバーライン」
たすけて。
スイッチは硬い抵抗の後でそんな音をさせた。
パルミナエル星系国家の首都星パルミナエル。
第三皇女にして星守No.05カリスティア率いる五人の星守がそこに到着した。
すでにパルミナエル星系国家の王と王子は捕らえ、そこからバーンズ星系の交易コロニーで起きたD事故に関係する人物の捕縛が続く中で、潜次元技術兵器の研究所と工場があるとされる首都星を包囲することになった。
本来なら部隊を降下させて関係する研究所と製造工場を占拠、あるいは破壊し、関係者を拘束するはずだった。
五隻の星守専用艦に随伴させた空母たちにはの一万人の降下兵とその装備が満載されている。
だが、包囲を完了させて数日が経過した後でも、カリスティアは首都星に一兵も送ってはいなかった。
キメラウィルスがすでに猛威を振るっていたからだ。
『焼き払うしかないのでは?』
カリスティアの専用艦イシュタールの会議室に四人の星守を写したホログラムが集っていた。
発言したのはNo.55バルバ・ローツ・バルバロンだ。
帝国男爵位を持つ彼は、カイゼル髭の先をピンと立てて言い放つ。
『D事故の犯人として捕まるぐらいならばと自暴自棄の末の犯行でしょう。そんなものに付き合って兵士たちを消耗する必要もありません。大気圏外からの艦砲射撃で地表を余すことなく焼き払い、キメラウィルスを駆除すべきかと』
『おっさんにさんせ〜い』
とNo.199のテララ・テトラも手を上げる。
『あんなスプラッターなところに潜って嫌な思い出とか作りたくな〜いで〜す。ねえ、ミッテーシャちゃん?』
この場で最年少のテララは、少し年上のNo.118ミッテーシャ・ユグランに同意を求めた。
『まぁ、ね』
ミッテーシャは不満を溜めた顔でテララを睨み、頭の上にある猫耳を動かした。
『私も賛成です』
No.167サンファン・ジンは起立して同意すると、会議室の中央に映像を表示させた。
そこには地上で思うがままに闊歩する怪物の姿がある。
地上の人類とそれ以外の生物を、差別なく問答無用で取り込み、一つの生命体へとなっていく。
だが、整合性が整わないその姿は、異様としか表現のしようのないものだった。
映像を見たテララが『うえ〜』と呟き、『ホラー反対!』と叫ぶ。
しかし、サンファンは映像を消さない。
戦場では「まぁまぁ」としか言わなかった曖昧な態度と言葉を引っ込め、冷静な官僚の顔で意見を述べる。
『キメラウィルスの猛威は凄まじく、対抗薬を完成させる前に首都星パルミナエルの全ての生命を取り込んでしまうことでしょう。偵察ドローンによるサンプル採取は完了しております。ここは完全焼却が無難かと』
「だが、それでは真犯人の情報が得られぬ」
サンファンが発言を終えるなり、カリスティアは口を開いた。
発言が終わるのをギリギリまで待った。
これ以上は我慢ができぬと言わんばかりのタイミングだ。
「あきらかな証拠隠滅と嫌がらせを兼ねた所業だ。ただの爆発では済まさないと犯人どもはこんなものを使ったのだ。こんな……ものをな!」
会議室の中央に浮かんだ映像を睨み、カリスティアはたまらずに叫んだ。
そんなカリスティアを見て、サンファンは密かに微笑む。
そんなサンファンの様子を、他の三人が「げ〜」という顔で見ている。
『サンファンってああいうところあるよね』
『カリスティア様が反対するのをわかっておって……性格が悪い!』
『粘着サドとか、気持ち悪い』
三人に嫌悪の視線を向けられてもサンファンは気にせず、いまにも暴れ出しそうなカリスティアを見守っている。
カリスティアは映像を睨む。
そこに映っている怪物を睨む。
怪物はおそらくウィルスの感染源となった人物を主人格とすることで、融合を進めていくつもりなのだろう。
増え続ける体積はその姿を維持することに注がれ、上半身は人に近い姿を保っている。
その姿は……カリスティアを激怒させるその姿は……。
妹、リリスミアにそっくりだった。
望遠カメラの視線に気づいたかのように、怪物が上を見た。
リリスミアに似た、しかしなんの感情も宿っていない瞳が映像を介してカリスティアの視線と交錯する。
だがその瞳はカリスティアなど相手にせず、ここにはいない何者かの姿を求めているかのように別の方向に向けられたのだった。




