45キメラウィルス
セファタタ支社コロニーの周辺は星系脱出のために様々な船が集っている。
すでにコロニーの許容量はオーバーしている上に、コロニー自体が撤退準備中であるため、受け入れは最低限しか行われていない。
イオたちの乗る工房艦グランダラも船で溢れているドックには入らず、コロニーの周辺に停泊していた。
その周辺には自然とアクセンブル社の警備艦隊で固められてしまう。
この数日、イオはセンダナルの手伝いをしていた。
センダナルに相談されたことを形にするために図面を書き、その図面通りのパーツがプリンターから吐き出される。
そしてそのパーツに刻まれた線を手作業で修正してから感応物質を流し込んでいく。
「ほほう」
それをセンダナルが隣でじっと見ている。
「面白いものだねぇ。いまどきはプリンター排出されたものを組み合わせるだけだから、そんな手作業なんて滅多に見ないよ。しかもプリンターが作ったものを修正するなんて」
「機械は正確だが、正確だからこそできないこともある」
ペン型の回転ヤスリを使ったとはいえ、硬い合金製のパーツの細い線を削る作業は途方もなかった。
「正確でなにが悪いんだい?」
「……魔法陣は知っているか?」
どうやって教えようかと悩んだ末に、イオはそう聞いてみた。
「知っているよ。ただし、エンタメムービーの中での話だけどね」
「それでいいさ」
イメージだけでも通用するなら話が早いと、イオは説明を開始する。
「魔法陣ていうのは円や四角の中に魔法という世界の法則を組み立てるものなんだが、その外周となる円や四角は真円や真四角であれと言われている。その方が魔法陣としての精度が上がるとな」
「ほうほう」
「だが、別に真円でなくともかまわないんだ。むしろ、やりたいことによっては歪な円の方がいい場合もある」
「うん?」
「真円や真四角なんていうのは、教科書的な基礎であって、実際には応用を効かせるからその法則も微妙に変化する。このプリンターは魔法のことまではわかってくれないから、その辺りを再現できていなかったってことだ。まぁ、俺の図面が下手だっただけかもしれないが」
「ううん、難しいねぇ。君の図面に入力的な不備があったとは思えないが……」
「その辺りは多くの検証の末、みたいな話になるんじゃないかな」
なんていう話をしている内に感応物質の流し込みが終了した。
「ふふふ、できたね〜」
「さて、これをはめ込んだらどうなるのか」
イオたちの作ったパーツはアルケミアゲイザーに使われる予定のパーツだ。
以前にゴーレムに使った際の効果検証とその後の実験で、通信速度の上昇とエネルギーバイパスの伝達速度がかなり上昇していることが判明した。
小型の銃を作って実験などをした末に、アルケミアゲイザーにも使用してみることになった。
「早速テストしてみたいねぇ」
「とはいえ、いまは待機中だから勝手に外に出るわけにもいかない」
「むむう。焦れったい」
星系脱出計画が開始される日が近づきつつある。
各所に連絡を送ったとはいえ、全てからの応答が来るとは限らず、また無事にやって来れるとも限らない。
待っているだけというわけにもいかず、またそういう人々を待っていた結果、作戦そのものが失敗になるわけにもいかない。
アクセンブル社はただの私企業であり、星系や国家の安全を担っているわけではなく、その義務もない。
つまり、これ以上は待っていられない、である。
警備艦隊や各船の責任者たちで移動開始時期や船団の配置などの話し合いが行われる中では、感応物質を使った戦闘機の大々的な改造もできない。そんな日々にセンダナルの我慢が爆発し、アルケミアゲイザーだけでも……ということになったのだ。
「はい、注目!」
工房の作業ボットたちがアルケミアゲイザーの組み立てていくのを見物していると、ヴィルダとママスカヤがやってきた。
二人は警備艦隊の機械知性たちと協力して別の仕事をしていた。
それはP7反乱軍からの潜入員の捜索だ。
「スパイ、見つけたよ」
「しかも危険な作戦が進行している可能性があります」
「ほう、それはなんだい?」
騒動の臭いを嗅ぎつけて、センダナルの興味が向いた。
「例のキメラウィルスが持ち込まれている可能性です」
「うわぁ、それはやばいねぇ」
まったくやばそうと思っていない声だ。
「そんなものに近づくわけにはいかないね。どこの船だい? もちろん封鎖だろ?」
「はい。会議に来ていた船長もすでに拘束され、出席者全員が医療ポッドで検査をしている最中です」
「船はこれ」
と、ヴィルダがホロモニターを出現させ、その外観映像を表示させる。
「いまは警備艦隊の特殊安全部隊が船に潜入して犯人とウィルスの確保に向かっていますが……」
「あっ」
ママスカヤが言っている間に、映像に映し出された船の一角で爆発が起きた。
外装の一部が吹き飛ばして外への伸びた炎は、火花のように弾けて消える。
空いた穴は即座にシャッターが降りて、船内の気密は守られただろう。
だが、目的はどうなった?
「作戦は失敗。ウィルスの入っていたと思われる保護ケースと共に犯人は爆死しました」
「自爆? それとも」
「その爆発でウィルスを撒いたとでも思っているのか?」
センダナルが言葉を濁して考えこむ内容にイオは首を傾げる。
爆発の中でウィルスは生きていられるものなのだろうか?
なにより、あの勢いで宇宙空間に放り出されたのではないか?
「続報です」
考えている二人にママスカヤが告げた。
「ウィルスの発症が確認されました。特殊安全部隊は撤退します」
「あちゃあ」
「すでにウィルスは使われたということだな。それなら、スパイの持っていたという保護ケースはブラフか。いや……」
イオが呟く。
潜入員がやろうとしたことを考えるなら、感染者たちをここに集まる他の船の人々と交流させて爆発的に感染を広めることのはずだ。
だとすれば、後生大事に保護ケースを持っていたとは思えない。
しかし、ウィルスの感染速度が異常であるなら、そんな悠長なことはできない。
「……保護ケースの中にあったのは、ウィルスの潜伏を強制的に終了させるなにか、だったとか?」
「っ! それはいい点をついているかもしれないねぇ!」
イオの呟きに、センダナルが食いつく。
「すでにあの船にいた人々の移動記録を調べています」
「いまのところ、船長以外は外に出ていないよ。その船長も感染はしていないみたい」
ママスカヤとヴィルダの返事にセンダナルは箱な体を軽く揺すって安堵のジェスチャーをした。
「それなら、致命的な危機はとりあえず逃れたみたいだね。あとは、あの船をどうするかだね。中の様子は見られるかい?」
「侵入完了。出すよ」
と、ホロモニターの表示が変わり、監視カメラが捉えた船内の様子が映し出される。
それは、一言で表現すれば凄惨であった。
逃げ惑う人々の体が見る間に形を失って崩れ、触れ合った人々と重なり、繋がり、一つとなる。
粘液のようになった肉体を伸ばした触手をつなげ合い、引き摺り出された骨は無茶苦茶に接合されていく。
新たな生命はその形も定まらないままに、試行錯誤をその内部で繰り返しているかのようだ。
「もう間に合わないな」
とセンダナルが言う。
イオにも否定の言葉はなかった。
「もう船ごと焼却するしかないと思うけど……ああ、司令たちはいま医療ポッドか。どうするか?」
ここはセンダナルがアクセンブル社の階級的な特権を使う必要があるかと悩んでいたが、事態はそんな時間も与えられなかった。
船の外装が吹き飛び、肉の蛇が外に飛び出してきたのだ。
「怪物退治の時間だな」
と、イオが言った。




